第十八話 金剛石
「昨日はあのあとどうだったの?」
「ちゃんとお仕事してきましたよ」
「ふぅん」
まだ何もないが
国の一大事業であるインフラ整備、蒸気機関や地熱発電、上下水道工事がうまくいっているようだ。
灯りはすべて電球になり、和紙で作られたランプシェードが美しい。
冷暖房もしっかり効くようだ。今はまだなくても快適に過ごせるが、この先梅雨を経て夏になった時、その真価が問われるだろう。
「なんですか? 一緒に行きたかったんですか?」
「別にぃ。なんでもないわよ」
初夏の風が気持ちよく通り過ぎていく。
御簾は形としては残っているが、その役割はガラス戸に譲ったようだ。
薄い色の木で作られた引き戸にはめ込まれた水面のように光が揺れる硝子窓がとても美しい。
冬、池に出来る薄い氷のようで、つい食べてみたくなる。
「
「私可愛いでしょう? どのくらい可愛いか見極めるために、ちょっと街を歩いてみたの。少し着飾って」
「ほお」
「もうすごいのよ! たくさんの人に話しかけられちゃったわ! 連絡先教えてくださいって」
「それはよかったですね」
「でしょう? でも、私ってあんまりがっちりした体格の人にはモテないみたいで。みんな私より弱そうなの」
「……はあ、左様ですか」
「恋愛ってままならないものなのね」
「よくわかりませんが、何か勉強になったならよかったです」
「ねぇ、誰か紹介してくれない?」
「わたし、そもそも友達が少ないので……、あ」
「何⁉ 誰かいいひといるの⁉」
「人っていうか、火車なんですけど。ちょうど昨日一緒に仕事をした友人はとてもいい子ですよ。それに、真の姿はけっこうがっしりしてます。人型じゃないときの身長は三メートルくらいですかね」
「あら! いいじゃない!」
「今度聞いておきます」
「ありがとう、
「いえいえ」
他愛のない話。おだやかな気候。居心地のいい空間。
忘れてしまいそうになる。
この葦原国に連続殺人鬼がいるということを。
「あ、これ見て! 昨日、イケメンから『君、とっても可愛いからプレゼント!』ってもらったの。何かのサンプルだって」
竜胆が見せてきたのは、零・壱カラットの光る石が付いた指輪だった。
インクルージョンが無く、無色透明。
「これ……、人工
「綺麗よねぇ。最近若い子の間で流行ってるんだって。天然のよりも安いから」
「そうなんですか……」
竜胆から手渡された
「うわぁああ!」
「よ、
血しぶきが新品の床板に広く飛び散った。
間違いない。
「うっ……。り、竜胆には悪いのですが……、そ、そのダイヤ、砕いても、い、良いですか」
「なんだかよくわからないけど、もちろんいいよ!」
わたしは
パリン、という音と共に
「な、なんだったの⁉ すぐに手当てするね!」
「す、すみません」
痛い。痛すぎる。
しかし、
「お、おそらくこのダイヤは、人間の骨から造られ、
「そんな!」
竜胆はテキパキとわたしの腕の血を拭い、消毒し、
「どうしてこんな……。私には何ともなかった……。そうか、私の
「そうです。わたしにはもともと
わたしは大きな思い込みをしていたことに気づいた。
殺人鬼は人形師ではない。人工
ただの人間ではない。
錬金術に科学、魔術や呪術にも造詣が深い人物。
でも、その人物には魔力が無いから痕跡を追うことが出来ない。
(罪を犯すのにここまで完璧な条件を持った人間がいるなんて……)
「落ち着いた? 大丈夫? まだ痛い?」
「ああ、大丈夫です。一時間もすれば完璧に治ると思います」
「よかった……。……ってことはだよ? あのイケメンが
「そうとは限りません。サンプルって言われてもらったんですよね?」
「うん。ジュエリー店の宣伝だって言ってた」
「じゃぁ、ただの仕事熱心な店員さんですよ。わざわざ顔を覚えられるようなことをするとは思えません。顔を見せるのは殺すと決まっている相手にだけでしょう。犯人はこのダイヤモンドを制作している奴です」
わたしは包帯が巻かれた右腕をさすりながら事の重大さについて考えた。
犯人は生体物質にならなんにでも強い
もしそうならば、珊瑚や真珠も危ない。
人間の生体組織限定でも、
いや、そもそもまだ何も確定した情報は持っていない。
いたずらに不安にさせるのは得策とは言えないだろう。
(まだ
竜胆が不安そうな顔でわたしを見ている。
「大丈夫ですよ。申し訳ないのですが、床を拭くのを手伝っていただけますか?」
「もちろん! というか、
「手伝います」
「いいのいいの。怪我人の手を借りるほど大変な掃除じゃないから」
「ありがとうございます」
「それより、今日のお仕事どうする? 受けるのやめとく?」
「いえ。陛下のところへ行きましょう」
「もう。仕事しすぎよ、
「仕事は情報を得るのにも役に立ちますから」
「ふぅん」
竜胆はいささか不服そうではあったが、今日も一緒に働いてくれるだろう。
これまで以上に厳しく、正確に。
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