第八話 妹
内裏の上空。
内裏とは完全に切り離し、その奥に豪奢な後宮を造るのだという。
皇后を
女性の地位向上と社会進出というのが、皇帝が掲げている政策の一つにある。
(いた。
工事現場の中心で、設計図や完成予想図を見ながら大工たちと真剣に話し合いをしている皇帝を見つけた。
わたしは降下しながら皇帝に声をかけた。
「陛下! 緊急事態です! お話ししなければならないことがあります!」
「ん?
皇帝は持っていた鉛筆を地面に落とし、目を見開いて叫んだ。
「ここでは……」
「清涼殿へ! そこで話そう!」
「かしこまりました!」
皇帝は近習たちに素早く指示を出し、一人で清涼殿へと向かった。
人払いをしてくれたらしい。わたしが降り立った時にも、そこには皇帝しかいなかった。
「さぁ、話してくれ。日奈子は無事なのか?」
「ええ、無事です」
「よかった……。それでは、何があったんだ?
「どれも違います。が、緊急で御考え直し頂かなくてはなりません」
「考え直す……? 一体、何を……」
けげんな表情を浮かべる
「日奈子長公主は
途端に、
「な、なぜ⁉」
「祈祷の力が足りないのです」
「そんなことはない! 特級陰陽術師三人のお墨付きだぞ⁉」
「あれらは人間です。人間の中では十分なのでしょうが、
「そ、そんな……」
脱力する
「そこで、一時的な提案ではありますが、代理の巫女をたてるのはどうでしょう。玖藻神社には厳しい修業を乗り越えた優秀な巫女がおります。陛下や
少し卑怯かもしれないとは思ったが、日奈子長公主に幸せになってもらうためには、大きな嘘をつくしかなかった。
日奈子長公主の祈祷の力は十分すぎるほど強い。斎宮になれば、三代先の御代まで安泰させることが出来るだろう。
でも、人生を棒に振ることになる。すでに子供と夫がいるのに、それだけはさせられない。
だから、〈
長公主は斎宮に
幸い、玖藻神社に日奈子長公主と同じくらい祈祷の力が強い巫女がいる。魔女族と人間の間に生まれた女性で、家柄も申し分ない。
「本当に……、本当に日奈子ではだめなのか?」
「はい。足りません」
「そうか……。まぁ、これも神から与えられた試練なのかもしれないな。いいだろう。代理の巫女をたてるとしよう。日奈子には不名誉な噂が流布してしまうな」
「大丈夫です。噂が盛んな間、日奈子さまにはわたしの知り合いが護衛に付き、別の場所で静養していただこうと思っておりますので」
「別の場所……?」
「この時代においていまだ清浄さを保っている山です」
「そんな場所があるのか」
「はい。烏天狗たちが住まう山です」
「なるほど……。彼らはたしか太陽神の使いと呼ばれている種族だよな?」
「その通りです。そこならば、日奈子様も充分な休養をとれましょう」
「うむ……。あいつのことだ。帰りたくないとか言ってそのまま住んでしまいかねないが」
「まぁ、それも選択の一つではありますね」
「むむむ……。まぁ、いい。君に任せる。日奈子を無事に烏天狗たちの山へと連れて行ってくれ。なるべく、他の者に見られないようにな」
「はい。おおせの通りに」
わたしが頭を下げ、再び姿勢を直したとき、ちょうど
その表情には先ほどまでの動揺はなく、どこか光を放っているような、そんな美しさがあった。
「はぁ……。前途多難だが、それを攻略していくのがなんとも楽しいではないか。我が治世は栄えるぞ! 今までよりもずっとな」
「ええ。そう信じております」
「世辞はいらん。そのうち、本当に信じてくれればいい。今は私のことを疑い、怪しみ、十分な叱咤激励をくれ。おべっかは役人たちで腹いっぱいだ」
半分くらいは本心のつもりだったが、
「わかりました。では、さっそくですが、後宮を御造りになるのなら、そこに住む予定の皇后陛下や、他の
「な! そ、そうだな……。私もまだまだ未熟だ。ありがとう。さっそく明日から妻たちに参加してもらうとするよ。今日は健康診断に行っているからな」
「期待しております。では、わたしは日奈子様の旅支度などがありますので、これで失礼いたします。政治的なことはお任せしますね」
「おう。日奈子によろしくな。愛していると伝えてくれ」
「……十分に伝わっていると思いますよ。では」
わたしは再び深く頭を下げ、清涼殿の簀子縁から空へと飛び立った。
吉報を伝えに行く道中というのは、なんとも心が弾むものだ。
わたしにしては頑張ったと思う。
久しぶりに、自分をほめてあげたくなった。
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