第六話 呪術師
夜明けを待つ黎明の中、ある美しい装飾が施された
何の色にも染まっていない、刺繍すらもない洗いざらしの
その先頭には漆黒の
「思っていたよりも地味なのね」
「失礼ですよ、
「敬語辞めてってば」
「ああ、つい」
わたしと竜胆は陰陽術師たちに交じり、新しく
光栄なのかはわからないが、わたしと竜胆の位置は輿のすぐ後ろ。
先ほどから竜胆は人間と関われることへの好奇心で口数が増えている。
声は限りなく小さいが、周囲に聞こえてはいないかと、わたしは少し困り気味だ。
「大丈夫だって。美しい雅楽の旋律が響き渡っているし、この人数に合わせてさらに見物人がひしめき合ってる。誰の声も聞こえてないわよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「ねぇ、私たちも日奈子長公主の顔は見られないの?」
「輿を降りるときに少しだけお顔合わせできるかもしれない」
「それは楽しみ! だってさっきから輿の中からはとても爽やかな花の香りがするんだもの。きっと可愛い子よね」
「その発言は不敬」
「ありゃ、ごめんあそばせ」
「はぁ……」
まるで世間知らずのお姫様の相手をしているような気分になる。
(でも、陰口を叩くような奴らよりはマシかな)
わたしは自分につけられている
異質な者に対する恐怖心からつけられたものだとは理解はしているが、心は傷つくのだ。
「ねぇ、
「あ、ああ、なんですか」
「もう。敬語直らないんだから。あっちの方角、嫌な気配がする」
竜胆が指さした方向に、赤い靄が見えた。
「敵方の呪術師ですかね」
「多分。赤い靄は『人間』が血を使って外法を行使している証拠」
敵、とは、主に皇位の簒奪を目論む一派のことである。
現在ならば、本当は次期皇帝になるはずだった先帝の直系の一族とそれに従う公家たち。
「親族同士で争うなんて、人間も鬼もそう変わらないのね」
「そうですね」
わたしは近くにいた陰陽術師の一向に目配せすると、その場から杖に乗って飛び立った。
竜胆も、精霊種の牡鹿に乗ってついてくる。
「出てきなさい。皇帝家に弓引く者は許しません」
藪に声をかけると、影のように黒い
「簒奪者の一族を護るというのか」
「今上帝は皇帝家の正統な王。何人たりとも害することは許されません」
「この忘恩者が」
「わたしのことは好きに呼べばいい。さぁ、立ち去りなさい」
「殺す!」
呪術師たちは親指を噛み切り、流れ出る血を太刀に擦り付け、血炎刀に変化させた。
その刃は斬られた者の血を体内から沸騰させ、死に至らしめる。
「竜胆さんは視認外の者をお願いします!」
「あら、それは大役ね」
気配は五つ。わたしからは見えない場所に、蒸気機関銃を持った奴がいる。
火薬のにおいがそれを告げていた。
わたしは杖を大鎌に変え、藪ごと切り裂いた。
「仙術師なのか!」
「裏切り者! お前たち仙術師はもともと先帝の一族に仕えていたはず!」
わたしは大鎌を振り回しながら答えた。
「わたしが仕えているのは昔も今も、あくまでも皇帝家。本流も支流も関係ない」
「クソガキが!」
視界の良くなった戦場で距離を保ちつつ、大鎌で太刀につけられた呪術をはぎ取っていく。
「くそ、近づけやしねぇ!」
「仙術師め!」
「お高くとまってんじゃぁねぇぞ!」
呪術師の一人が飛び道具を手にしようとした瞬間、藪の向こうから二つの悲鳴が聞こえ、途中で切れた。
そしてその方角から美しく可愛らしい、薄桃色の
「終わったよ。銃って、そんなに強くないのね」
「お帰りなさい。加勢、頼めますか?」
竜胆は三人の呪術師を見回し、含み笑いをした。
「加勢って、あと一歩で
護りの
たしかに、加勢してもらっても意味はなさそうだ。
「じゃぁ、倒した呪術師を縛り上げておいてください」
「はあい」
竜胆が微笑みながら向こうへスキップしていくのを見届けると、わたしは大鎌をもって跳びあがった。
「な!」
それが呪術師の最後の言葉だった。
わたしは大鎌を斜めに八の字を描くように振り下ろし、呪術師たちの腕を肩から折った。
「ぐはぁああ!」
呪術師たちはただ垂直にぶら下がる両腕を抱くように地面へと倒れ、のたうちまわった。
「
「くそ! くそぉ……」
わたしは三人の足を縛り、それをさらに近くにあった木に括り付けた。
ついでに、
「ちゃんと縛って来たよ」
「ああ、ありがとうございます」
「さすが
気絶した三人の呪術師を見て、竜胆は嬉しそうに笑った。
「そんなことないですよ。人間でも優秀な人はいくらでもいますから」
「また、謙遜しちゃって。じゃぁ、列に戻る?」
「そうですね。長公主様の元へ戻りましょう」
竜胆とわたしは再び玖藻神社へと向かう斎宮の列へと戻っていった。
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