分配

 闇夜に紛れて前回と同じくオッサンの家の裏口に立つ。軽くノックしてドアを開けると、既に家の中には美味しそうなすき焼きの甘い匂いが充満していた。

 勝手口から入ってすぐがキッチンなのでエプロン姿の美月と目が合う。


「邪魔するぜ」


「邪魔するなら帰って~」


「あいよー」


 大阪の劇場でよく使われるフレーズで美月と言葉のキャッチボールをする。美月もよく眠った後なのか心なしか元気だと感じる。


「もうちょっとで出来るからリビングで耳島のおじさんに事の顛末聞いておいて」


「おうよ、すき焼きは任せたわ」


 任せてと美月の言葉を背中に受けながらリビングに向かう。

 リビングでは三島の爺さんとオッサンが将棋を指していた。見た瞬間にわかるほどオッサンがボロ負けである。


「お、来たな来たな。爺さん悪いが将棋は止めだ」


「別に一局終わるまで打ってもいいよ」


「そもそも三手で詰みじゃ」


 俺が来たのを救いの手と見たのか、オッサンは対局を終えようとするが俺と爺さんの慈悲なき正論でボコボコにされる。

 大人しく負けを認めたオッサンはテーブルの上の道具を片付けて小ぶりのダンボール箱を置いた。

 三島の爺さんがキッチンに酒を取りに行ったので、俺とオッサンが二人きりでテーブルをはさんで向かい合う形になる。数拍おいてオッサンが口を開いた。


「まず、緋緋色金の件は『明日への栄光』が後ろ盾になってくれると約束してくれた。

 買い取り金額は一千万、このダンボールに入ってる。確認してくれ」


 スッと押し出されたダンボールのガムテープをペリペリと剥がして開封する。

 中には札束が詰まっていた。


「思ったより少なく感じるな」


「百万で一センチしかないからな、全部で十センチだ。札束風呂なんかにゃできねぇよ」


 Btubeの企画でやったら面白そうだと思ったんだけどなぁ。


「当然だが魔法金属の値段としては法外も法外で安すぎる。理由は奴らにつけた条件にある」


「条件? オッサンに任せたからなんでもいいけど、いったいどんな条件なんだ?」


 俺が疑問に思うと、オッサンは咳払いをして全てを話し始める。


「一つは、お前の後ろ盾になること。政府がお前を狙って誘拐を目的として襲撃してきた場合などに全力で手助けしてくれる。これでお前は商店街の外に出ることができるようになる」


「マジかよ! やっとまともに買い物できるのか!」


 外出ができるようになるなら緋緋色金を多少買い叩かれても文句はないぜ。


「二つ目、お前がBtubeをやりたいやりたいとうるさいので『明日への栄光』の事務方に依頼して代理でチャンネルを立ててもらう手はずにした。

 収益化やら口座やらでお前の正体がバレる可能性があるって美月に教えてもらったからな、こっちで手を打っといたから今度『明日への栄光』のホームに顔を出して打ち合わせすること」


「オッサン……。マジで有能じゃん」


 なんかスキンヘッドの頭から後光が差して見える。ありがたやありがたや。


「三つ目だが、これは相手側からの提案だ。

 『明日への栄光』の採取したドロップ品を緋緋色金のように有用なものに出来るかどうかを調べてほしいってよ。簡単に言うと二匹目のドジョウ狙いだな。

 これは良ければって話だが、受けとくのを勧めとくぜ。協力もせずにただ護ってじゃ利益が届かないクランの下っ端なんかはやる気が出ないだろうからな」


「なるほど。蜜の味を教えれば自然と向こうから寄ってくる……」


「言い方はアレだが概ね合ってる。もちろん謝礼はちゃんと払うそうだ」


「わかった、『明日への栄光』のホームに赴いた時に返答しておく」


 ニッコリと笑ったオッサンに、百万の札束を一つ差し出す。

 困惑した表情のオッサンがひどく面白い。


「おいおい、なんのつもりだ?」


「礼金だよ。美月にも爺さんにも渡すから気にせず受け取れよ」


「金目当てで間に入ったと思ってんのか?」


 少し怒りの感情を見せたオッサンにありがたく思う。だがそれとこれとは別だ。働いた分はもらってくれないとな。

 頑なに受け取らないオッサンをどう説得しようかと考えていると、キッチンからやってきた爺さんが缶ビールを飲みながら。


「もらっとけよ尻の穴のちいせえ奴だな。どうせこの先、ボンは大金持ちになるんだからよ。その手助けをした手付金だと思えばいいじゃねぇか。俺はありがたくもらうぜ」


 ひょいっと百万の束を摘まんで懐に仕舞う爺。やるつもりだったが当たり前のようにやられるとそれはそれでむかつくな。

 さらに、キッチンからすき焼き鍋をもってきた美月が援護攻撃する。


「そうそう、お金なんていくらあっても困らないんだから。

 本当に欲しくないなら、そのお金でタカに何か買ってあげたらいいのよ。

 それで丸く収まるでしょ?」


 鍋敷きを設置して大きなすき焼き鍋を優しく下す美月。流石に一人で二つの店を経営する女傑だ、考え方が図太い。

 美月に束を渡すと、彼女も懐にしまい込む。


「これは集会所のアンタの資金プールに入れとくわ。欲しい素材ができたら相談すること、いいわね」


 頼りになる幼馴染である。

 すると、オッサンも決めたように懐に入れて一言。


「預かっといてやる。なんか金が足りなくなったら俺に言え」


 オッサンは俺の銀行代わりになってくれるようだ。

 まったく、人の縁に恵まれているな俺は。


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