寄生虫

魔王軍の襲撃により王都から少し離れた駐屯地に移動してから数日間、俺たちは地獄の様な日々を過ごしていた。


「おい!獣に料理なんかやらせんじゃねぇよ!毛が入るだろうが!」


「ミーニャ、大丈夫。後は俺が一人でやるから」


「……ごめんね、オーグ君」


見張りの兵士が槍を地面に突き立てながら、俺と一緒に料理をしていた兎人の少女を怒鳴り付ける。彼女は俺に一言謝ると、施設中を掃除している生徒の一団に逃げるように走っていった。


今は金竜の刻。

見張り以外の兵士が寝ているこの時間に、俺以外の生徒は起きる事を強要されている。

約四百人の兵士が生活しているこの施設で、魔王軍の襲撃から王国を守るために派遣されたはずの亜人の生徒達は雑用としてこき使われていた。

大鍋をかき混ぜながら、俺は前世で学校の給食調理員だった頃を思い出す。あの時の職場環境も酷いものだったが、今はその比じゃない。


金竜の刻には起床して駐屯地にいる全員分の兵士の服を干し、料理を作り、掃除をする。訓練はその合間に少しだけ行われるが、陣形などの実践的なものではなく、全員で木刀の素振り。後衛の魔法使いや弓使いであろうがお構いなしの適当なものだった。


「後衛だからって前衛に頼りっぱなしじゃだめだぞー」


教官代わりの一般兵は生徒の方を見向きもしない。

何より一番苦痛だったのは、俺だけは違ったことだ。朝の仕事も、適当な訓練も、俺は最小限の手助けしかさせてもらえなかった。

人間の冒険者学校生徒である俺がこき使われていたという情報が流れれば、王国における兵士達の立場が揺らぐという事をこいつらは知っているのだ。これでは内部告発も出来たものじゃない。


そして天使の刻。

座って酒を煽る兵士達の目の前に、男女混在の亜人達が一列に立って並ぶ。

フェイやディセラを含んだ一部の女亜人は、少し離れた場所に座る俺の近くで固まって立っている。

薄暗い部屋の中、それぞれの部屋長の兵士達はトランプをしていた。


「やりぃ!おい!二十七番!今日は俺らの部屋な」


「くっそ、狙ってたのによー。じゃあ俺ら四十五番」


勝敗がつき、勝者から順に指定した番号の亜人達を部屋に呼び出した。呼び出された亜人は怯えと憎しみを湛えた表情で、それぞれの部屋の中に連れ込まれていく。


「俺ら三十番!」


「三十番は例のガキが庇ってる」


「じゃあ二十九番……チッ。かわい子ちゃんだけ囲いやがって、妖精なんて滅多に見ねぇからラッキーだと思ったのによ」


最後の二人の兵士は俺を一睨みし、亜人を連れてそれぞれの部屋に入っていった。

先程まで兵士達の笑い声に包まれていた広場が嘘のように静まり返る。


「それじゃあ、俺たちも行こうか」


俺は周りにいる複数人の亜人を連れて、用意された部屋に戻った。


毎晩毎晩、代わる代わるで兵士の相手をさせられる亜人達。

魔王軍の手先と認定されるのを恐れて、逆らうことすら出来ない。

俺はそんな亜人達を少しでも守るため、自室に入るだけの亜人を選定した。見た目の綺麗な女、前衛と比べて体力の低い後衛、より弱い者を選定し、部屋で庇っている。だが……


「うっ、うっ、ミーニャ……」


定員に入れず連れていかれた、友人の名前を呟きながら涙を溢す者。


「嫌だ。嫌だ。もう嫌だ」


なんとか難を逃れるも、いずれ自分の番が来ると怯え精神を病む者。


そのいずれも、人間への憎悪を膨らませている。


「オーグ……」


「分かってる」


ベッドに仰向けで寝ている俺の、胸ポケットの中にいるフェイが不安そうに呟いた。

このままではダメだ。

あの急な魔王軍の襲撃は兵士達に恐怖と亜人に対する疑念を植え付け、それによる差別や理不尽な仕打ちが、亜人族に人間への憎悪を植え付けている。

感情と言う人の内側に宿り、間接的に操る。まるで寄生虫だ。


「なんとかしないと」


俺は一人、決意を固めた。














金竜の刻。俺はこの施設の司令官の部屋に訪れていた。

廊下からは見張りの兵士であろう怒鳴り声と、亜人たちの悲鳴の様な返事が聞こえてくる。

怒りを胸に、俺はドアをノックした。


「学徒隊隊長のオーギュスト・エスコフィエです。司令官にご相談させて頂きたい事がございまして、御時間頂きたく存じます」


「入れ」


「失礼します……っ」


部屋に入った瞬間、噎せ返るような淫臭が多量の湿度と共に鼻を抜けた。思わず顔をしかめてしまう。

山積みの書類が置かれた長机には、兎人レーヴィル狼人ウェアウルフ猫人ケットシーの少年少女が全裸の状態で横たわって積み重ねられている。生きてはいるようだが、気絶しているのか全く動く気配がない。

俺は怒りを悟られぬようなるべく平静を装いながら、手短に話した。


「学生全員の帰還許可を下さい」


「却下だ」


長机から離れた場所にあるソファに腰掛けている司令官は考える素振りも見せずに答えた。


「何故です」


「生徒である君達が知る必要はない。それに、エスコフィエ君は我々一般兵と同じ扱い方をしているはずだ。何が不満なんだね」


亜人族への扱いを明確に差別していると、さも当然のように司令官は言った。

その後俺が何を言おうが、司令官は聞く耳を持たなかった。


その日の淫魔の刻。俺はフェイとディセラ、アクセルと、賛同した全ての亜人達と共に駐屯地を抜け出した。

立派な王国への離反行為。だが、もうこんな所には居られなかった。


「フェイ、追手は」


『大丈夫。気付かれてないみたい』


追手を逐一確認しながら、俺達は真っ暗闇の森を走る。

アクセルが道を先導し、俺とディセラは両翼の安全確保、フェイは空から偵察だ。


『オーグ!これからどうするの!?』


『……このまま王国に帰れば、退学では済まないかもしれんぞ』


精霊越しのアクセルとディセラの問いに、俺は考える。

アクセルの言う通り、王国にはもう帰れない。退学で住めば良いが、軍からの逃亡はどれだけの罪が課せられるか未知数だ。

俺には一つ考えがあった。冒険者の活動拠点としては王国と同じ位の規模を誇り、王国の裁決が適応されないもう一つの大国。


『帝国に行こう』












「ダンテ、只今参上しました」


「待っていたぞ、勇者よ。突然で悪いが、君に直接依頼させて欲しい」


オーギュスト達が駐屯地を抜け出す少し前の天使の刻。冒険者学校の校長室に、勇者パーティーが招集されていた。


「ガヴレイン校長の依頼であれば、断る理由はありません」


「うむ。では、勇者ダンテとそのパーティーに依頼する」


ガヴレインは感情の読めない表情のまま頷くと、書類をしたためた。

内容は、行方不明となった二人の王女の捜索依頼。依頼元は……


「良いか皆。僕達は明日、帝国へ出発する」
















ズルズルズル

何かが自分の周りを這いずり回っている。

外回りでゆっくりと、自分を構成する核のようなモノに絡みつく。

それは段々と、段々と、纏わり締め付けるかのように、自分の大事なモノに近付いてくる。


苦しい。


五感以外から感じる妙な不快感。

だがどれだけもがこうと、体を動かすことも、目を開ける事も、匂いを嗅ぐことも出来ない。

ズルズルズル


「あ」


蛇の様に蠢く闇が魂に触れた時、自分は声を出すことが出来た。

手を握る。体も動くが、縛られているのか身動きは取れない。


「こんにちハ▲おニンギョウさん?」


自由になった目を開くと、目の前は道化師がいた。

記憶を辿る。自分は何をしていた?


「コンランしてるトコワルいんだけど■キミはもうシにました●」


何を言っているんだ?自分は体を動かせるし、意志もある。


「そりャあイシはあるよ▼キミのタマシイだもん♪」


自分の、魂……?


「キミのタマシイはワタシのタマシイがタべてマルマルウツしトッちャッた■」


写し取った……?一体、どういう


「つまり♪キミはニクタイもタマシイもシんだおニンギョウさんッてコト?」


自分は、ジブンは……何者なんッスか?


「おめでとう●チョウドスペードがアいてたんだ▼キミにはアタラしいナマエをツけてあげる■魔王様がオシえてくれたナマエのヒトつ♪……イミはワスれちャッたけど?」


今までの記憶がグチョグチョに溶けて、混ざって、消える。

不安で不安で泣きそうなジブンに、道化師は笑顔を縫った。

丁寧に、丁寧に縫い合わせた。

口の端と目尻、唇と口輪、上瞼と眉を、ドロドロに歪んだ糸で。


「ほォら、デキアがり▲」


「ジブン、は……」


「リベイロイア」


道化師ジェスターの姿はもうない。

ジブンの役目は、タマシイが理解した。


「ジブンは、王国を、メチャクチャにするッス◆」


それは、笑顔の道化師スペード

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る