急ごしらえの戦略

人間からの歓声に勇者は片手を上げて返した。

一層高まる歓声は彼の人望を表しているかのようだった。

試合開始の笛が鳴り、歓声が止む。

その瞬間、二人の重戦士が勇者の目の前に現れた。

木の後ろに隠れて居たのか、誰もいないと思っていた場所から突如として現れたように見えた。


「格上相手は先手必勝!!」


二人が持つ二振りの大剣が、それぞれ違った軌道を描いて勇者に襲いかかる。

後方に避けても、剣で防いでも、どちらかの剣は勇者を捉える。

後方では勇者がどこに避けても良いように弓を構え、弓使いを奇襲から守るために真横に魔法使いが待機している。

流石戦士組エクセレント。動きに無駄がない。


おそらく狙い通り、勇者は後方に回避行動を取った。

寸止めがルールだということを忘れているんじゃないかと思うくらいの重い斬撃が勇者の首を捉える。


しかし次の瞬間、戦況はひっくり返る事になる。

迫りくる二振りの剣戟を前に、勇者は薄く笑った。重戦士の斬撃を後方に回避すると、ヘンダーの大剣を片手剣で防御パリィしたのだ。

弾かれた剣は宙を舞い、尻もちを着いたヘンダーの背後に落下した。

その先の弓使いと魔法使いは、勇者パーティーの魔法使いに完封されていた。

試合終了の笛の音と共に、またしても勇者に歓声が送られる。

勇者はヘンダーの手を引いて立ち上がらせた。


「ごめんね、ヘンダー。気を落とさないで欲しい」


「気にすんな。本気でやらないと意味ないからな」


あの日の態度が嘘のように優しい雰囲気を醸し出している。

勇者の背後から修道士のような格好をした女生徒と、後衛二人を完封していた女魔法使いが姿を表した。二人は勇者の両隣に立ち、押し付けるように身体を寄せている。

鮮やかな青髪と赤髪の組み合わせは、よく見ると二人共入学初日のあの日に見覚えがあった。

先に赤髪の魔法使いが、少し不貞腐れた様子で口を開いた。


「私達、ボルドと一緒に休憩してても良かったんじゃないの?」


「矢除けの魔法、意味なかったですぅ」


「休憩だと?、俺はマリアを守るって重要な仕事がだな……」


「そうそう、ボルドはマリアを守って、マリアとフレイヤはボクを守ったんだ。実際、矢が飛んできてたら危なかったよ」


ボルドと呼ばれた戦士の大男は言い訳じみた調子でブツブツ言っている。

勇者の言い分に、マリアと呼ばれた修道士は頬を染め「そんな事ないですよぉ~」と体をくねらせている。フレイヤと呼ばれた魔法使いは納得いかない様子だ。


「あんな矢、飛んできてもなんともないくせに……」


「よしよし、続きは寮で聞くから、ね?」


「……うん」


しかし勇者が髪を一撫ですると、今までの態度が嘘のように軟化しあっさりと引き下がってしまった。

そんな寸劇を数分間続けた後、勇者ダンテ率いるパーティーは休憩室へと消えていった。



ダンテが勇者。

受け入れたくはないが現実は現実だ。奴は大剣の一撃をそれの半分程度の大きさの剣で、しかも刀身を見せずに受け止めたのだ。

そんな圧倒的な力と人望を備えた奴から、俺はフェイを守れるだろうか。

そんな傲慢な事を考えながら観戦をしていると、クラスメイトの大した分析もできないまま自分の番が回ってきてしまった。


休憩室に向かうと、他の三人は既に準備が整っているようだった。

ここで俺はある重大な問題に気が付いた。


「俺たち、お互いの出来ること把握してなくね」


パーティーとして致命的な情報の欠陥に、つい心の声が漏れる。

フェイ、アクセル、レーネの三人も固まっている。


「そ、それじゃあ作戦会議と行きますか」


試合開始3分前の、突貫戦略会議が始まった。






「どんどん行くぞー。妖精組、キャシー。同じく、オーギュスト」


いつの間にか進行がマーシェルに変わっていたようだ。やる気のなさそうな声が会場に響く。

キャシーは確か小柄な女子だったはずだ。しかし、彼女がどんな事ができるのか、パーティーメンバーが誰なのか、一切把握していない。

だが、それは相手も同じこと。つまり、先に見つけた方が有利だ。

隣に立つアクセルに目線を送る。


「それじゃあアクセル、頼んだよ」


先ほどの戦略会議で、お互いの特技を発表しあった。最低限の連携は出来るだろう。

アクセルはこちらを見向きもせず、試合開始の笛と同時に刀に手を添えて腰を落とす。


「ああ。お前もな」


それだけ言い残し、アクセルは一瞬で姿を消した。

俺は常に周囲の気配と、真後ろにいるレーネに気を配りながら森の中を真っ直ぐ進んでいく。

俺たちの作戦は簡単だ。俺がレーネを守り、背後から元素魔法エレメントで支援してもらう。その間にアクセルが森を駆け巡り敵を翻弄する。


体感で森の中枢あたりに差し掛かったあたりで、右耳から虹色の声が聞こえてきた。


『いた!オーグ、前方に人間!』


フェイだ。しゃべり方こそいつもと同じだが、精霊を介しているため声が違う。彼女には試験場のちょうど真ん中真上を飛行して、見た情報を俺たちに伝えように頼んでいる。


彼女が言った通り、すぐに相手の姿が見えた。

軽装鎧を着た戦士風の男だ。名前は覚えていない……。

かなり距離が開いているため、まだ俺たちに気付いていないようだ。


「レーネさん、魔法の準備をしてほしい。一気に距離を詰めて叩き込む」


真後ろに居るレーネに指示を出す。彼女は俺の真横にくると、右手を天にかざし詠唱を始めた。


「冷気よ、我が手に集え。その身で流れる風を捕らえ、凍てつく刃を顕現せよ」


その内容通り、空気の体感温度が急激に下がり始めた。右手には風が集まり、小さな竜巻を形成している。それは冷気を纏い徐々に大きくなっていく。

魔法の詠唱を初めて聞いたが、やけに具体的な所まで説明するらしい。

詠唱内容を聞いていれば何が起こるかわかるなら、人間相手に正面から使うのは危なさそうだ。


「……これが水と風の属性混合元素魔法ミクスティックエレメント、フィブルブレイドです」


詠唱が終わり、竜巻の細剣はレーネの肘から手首ほどの長さで落ち着いた。冷たい風切り音と冷気を放っている。


「おお、すげぇ」


「そ、そんなことないよ」


初めて見る元素魔法に、思わず心の声が漏れる。

レーネは照れくさそうにして、標的の方へ向き直る。


急激な温度変化に気付かれるんじゃないかと思ったが、幸い冷気の範囲は狭いようだ。

事前に聞いた情報によると、この魔法はいわゆる一撃必殺のようなもので、一撃をお見舞いしたら効力を失ってしまうらしい。つまり、相手に気付かれていないこの状況で使うのがベスト。


あれから虹色の声は聞こえてこない。奇襲するなら今だ。

情報は命とはよく言ったものだ。フェイが周囲の情報をリアルタイムで報告し相手の死角を取るこの作戦は、即興とはいえ完璧に機能しているように思えた。

俺たちはお互いに頷き合い、攻撃を仕掛けるため距離を詰める。


「不意打ちは卑怯じゃにゃい?オーギュスト君!」


しかし背後から近付こうと木の陰から姿を表した瞬間、俺たちの更に背後から甲高い声が響いた。

レーネと同時に振り向くと、そこには猫耳を付けた盗賊シーフ風の女子生徒が手に持ったダガーを俺に振りかぶった。

抜いていた剣で咄嗟に防御し、距離を取る。


「それ人の事言える!?」


「キャシーは暗殺者アサシンだから良いんだにゃ~」


暗殺者を自称する猫耳の少女は、サバイバルナイフのような形状の得物を手でくるくると回しながら冗談めかして言った。

俺は軽口で余裕を見せつつ、しかし内心では焦りを抑えられずにいた。

フェイの情報共有は強力だが万能ではない。俺たちに対して情報を送ることは出来ても、俺たちから送ることはできない。つまり俺たちが奇襲に乗り出したあの瞬間、フェイはアクセルに意識を向けていたのだ。


初歩的なミス。計画段階で気付けたはずの事だったが、今は後悔してる場合じゃない。

フェイを下がらせ、俺は剣を構える。村での鍛錬以外では初めての対人戦。

相手は機動力重視の装備で、正直目のやり場に困るくらいの軽装だ。

腰を落とし、狙いを定める。

一撃で決める必要はない。二撃目、三撃目にどう繋げるかを意識しろ。

おじさんに教わった剣術の基本を反芻し、踏み込む。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


一撃で決める必要はないが、一撃目に全力を込めろ。

教え通り全力で、真上から叩き切るつもりで打ち込む。

もちろん殺してしまったらいけないので寸止めだが、本当に斬るつもりで。


「うわこわ!それ寸止め出来てた?」


「一応ね。避けられたけど……」


だがキャシーは俺の一撃をひょいと躱してしまう。

そのまま二撃、三撃と続けざまに剣を振るうも、すべて軽く避けられてしまった。

そして彼女は、全力をあしらわれ軽く放心状態の俺に一言。


「オーギュスト君って……意外とパワー系って言うか、不器用にゃんだね」


「不器用……ッ」


言葉を選んだ感想は、逆に心に深く刺さった。

しかし落ち込んでいる場合ではない。そういう場合ではないんだと、その後も何度か攻撃を続けたが全てあしらわれ、女子生徒に呼ばれた軽装鎧の男子生徒も駆け寄り、2対2で向き合う形になってしまった。


「マイケル!遅いにゃー!」


「いやいやこれでも走ったほうよ?」


軽口を言い合う二人からは、俺とは違う本当の余裕を感じさせる。

ダガーとロングソード。相手はどちらも近接戦闘型でほぼ休み無く攻撃を仕掛ける事が出来るが、レーネは魔法使いだ。この状況を打破する魔法を使えることは知っているが、当然魔法には詠唱が必要だ。

先程のキャシーとの一合で分かる通り、詠唱中の彼女を二人から守る力は残念ながら今の俺にはない。


ここで俺は自分が落ちこぼれであることを思い出した。俺はただ人生を二周してるだけで、特別な力があるわけでも、高い身体能力があるわけでもない。全ては自分の努力次第なのだ。

これは妖精組が戦士組に昇格できるかもしれない重要な試験だ。ほとんどの生徒たちは全力で挑んでいる。

急ごしらえの戦略でどうにかなるほど、世の中は甘くないのだ。

前世で散々思い知った事のはずだったが、どうやら俺は異世界転生というイレギュラーな運命に、少し酔っていたらしい。

頬を叩き、緩んでいた気合を入れ直す。


悔しいが、今レーネの右手にある冷気の刃をどちらかに確実に当て、2対1の状況を作り出すしかない。


「レーネ、聞いてくれ」


レーネに耳打ちをし、作戦を立て直す。フェイたちに情報を送ることは出来ないが、あちらは上手くやってくれると信じる他ない。


「いくぞ!」


力強く踏み込み、一直線にマイケルを狙う。

さっきので俺の攻撃がキャシーに当たらないのは分かった。まずはマイケルに俺の剣が通用するかを試させてもらう。


「ふんぬっ!!」


攻撃を全て避けるキャシーとは違い、マイケルは俺の一撃を真っ向から受け止めた。

しかし幸いにも腕力は僅差で勝っていたようで、鍔迫り合いの形で硬直するが徐々に押している。


「うぐぐ、押し込まれる……っオーグって見た目より力強くねぇ?」


「それキャシーにも言われたよっ!」


でも今回は褒め言葉だ。単純な力勝負に持ち込めば、剣技は関係ないからな。

足払いなどの搦め手を警戒しつつ、ジリジリと剣を押し込む。


「オーグ君!避けて!」


鋭い声に突き動かされ咄嗟に後ろに回避すると、斬撃が風切り音と共に鼻先をかすめた。

一瞬でも回避が遅れていたら、俺の鼻は削り取られていただろう。

お互いに睨み合い、間合いを取る。


「それ寸止め出来てないでしょ!」


「それはお互い様にゃ!」


先に動いたのはキャシーだった。

恐ろしいほどの跳躍力で距離を詰め、短剣を振り抜く。


「シッ!」


「うおおぉぉ!!!」


一撃、二撃、三撃と、立て続けに繰り出される空中乱舞。

あの細い足のどこにそんな脚力があるのか、それとも何か特殊な力でもあるのかわからないが、キャシーは一度も地面に足を付けずに斬撃を繰り出している。


彼女だけなら一撃も貰うこと無く全てをいなす事が出来る。

だが当然、一騎打ちを許してもらえるほど相手も甘くない。


「俺の事も忘れるなよ?」


キャシーが地面に足を付け、一息付けると思った瞬間に大ぶりの斬撃が襲いかかる。

間一髪で弾き返し体制を立て直した頃には、もう既にキャシーは跳躍の準備に入っており、すぐに空中での連撃が再開される。


「くっ……!」


終わりなき連撃に疲弊し、防御しきれなかった箇所に浅くない切り傷が刻まれる。

ここに来て初めて、相手の攻撃で傷を負った。


痛い。


訓練で味わった痛みとは違う、本物の痛み。殺意の痛み。

死なない事はわかっている。本当に危ないときはマーシェルが介入するだろう。

だが、この殺意は本物だ。目の前に居る二人は俺を殺すくらいの気持ちで戦っている。


だが、それは俺も同じことだ。

俺は勝つ気で戦っている。


「人生2週目を、舐めるなよ!!」


二人の連携の継ぎ目。

キャシーが着地した瞬間に飛んでくるマイケルの一撃。

その力強い横薙ぎを、俺は剣で防御パリィしそのまま剣を手放した。


「なっ!?」


受け流したままの力でマイケルは俺の後方に流され体制を崩す。

そして出来た一瞬の隙で、俺はキャシーに……

「にゃっ!?」


抱きついた。キャシーの跳躍を真似て少し前屈みに飛んだため、顔面が柔らかい物に埋まっている気がするが、今はそんなこと考えてる場合じゃない。


「へーえ!にまだ!(レーネ!今だ!)」


「ひにゃ!?しゃべるなぁ!」


キャシーはどうにか俺を引き剥がそうと暴れ、頭や胴に鈍痛が走る。

だが、俺は絶対に離さない。

意識は朦朧としているが、彼女を抱きしめる力は一切緩めず、むしろ強く。


「そんなとこっ!触るにゃ!」


そして長すぎた一瞬が過ぎ去った時、頭上に冷気を感じた。


「フィブルブレイド」


柔らかな声とは裏腹に凄まじい速度で振り下ろされた冷剣は、寸止めにも関わらずその余波で辺り一面を霜で凍らせた。


勿論、俺も。






……グ、オーグ!


「オーグ!」


赤色の、よく響く声で目を覚ました。

目の前には声の主であるフェイが俺の目と鼻の先でこちらを睨みつけている。

どうやら試合は終わり、医務室で寝ていたらしい。


「おはよう、フェイ。……もしかして負けちゃった?」


「勝った。あのあとレーネが時間稼ぎしてくれたおかげでアクセルの回復が間に合って、一対一でアクセルが勝ったわ」


フェイは、なにがおはようよ……と、ボソボソと何かを呟きながら、事の顛末を教えてくれた。

だがその声は赤い、怒りを帯びたままだ。


「勝ったなら良かったじゃないか。なんでそんなに怒ってるんだ?」


「もう次の試合が始まるからよ!」


試験中の怪我で出場不能になった生徒がいた班はその時点で失格となる。

俺が戦ったのは最後の試合だ。つまり、俺は戦士組対妖精組の最後の試合まで寝てた事になる。それは怒るわけだ。


「ごめん。すぐ行こう。それで、相手は?」


華奢な簡易ベッドから飛び起き、武器を取る。

早足で試験場に向かいながら、フェイに次の対戦相手を聞いた。


「勇者よ」


きっぱりと告げられたそれに、つい足が止まる。

勇者ダンテ。あの日、フェイをいじめていた集団のリーダー。


この感情は悪なのだろう。いじめをしていたとは言えそれはフェイに対してであって、俺はそれに対して憤慨しているわけではない。俺はもっと自己中心的な怒りを覚えていた。

これは昔からの、前世からの怒り。


役割とは、それに相応しい人格や能力を持つ器に与えられるべきものだ。

だがこの世界では

産まれた瞬間から力を持ったあいつが、どういう人生を送ってきたかは知らない。

だが、弱者を顧みない者が「勇者」と呼ばれる事を疎まない世界なら。


「フェイ」


「なによ」


「勝つぞ」


「……当然よ」





「役割」なんて、糞食らえだ。

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