2

「……?」

自身の花を棚に置き、サヤは怪訝な顔を隠せない。

その哀れみを含んだ左目で、立ちはだかる相手をじっと見たかと思いきや、その綺麗な足を前へと進める。

パラパラと、彼女の周りに花が咲き始め武器ばかりだったその場所に彩りを加える。

「キミ達は、待っているだけでいいわ」

これまでにできた初めてで最後の友達のような存在に、彼女は優しく声をかけ相手へと向く。

「ホシィ、ホシィ………」

「何がよ」

天を仰ぎながらその影は何かを欲するように腕を広げ、いつまでも上下している。

そんな相手に厳しい罵声を浴びせながらサヤは腰を下ろして今度こそ、身構えた。

先手必勝。





ダッ!!





力強く地面を蹴ったかと思えば、サヤはすぐさま影の右足めがけて腕を振り下ろす。

音速にも近い速さ、だったはずだった。

その超速の攻撃は、右足から出た闇に飲まれてしまったのだ。

「…は?」

わからない

わからない

何が今自分に起きているのか、何を相手が仕掛けているのか。

この闇は何なのか…

引き抜こうとしても、抜けない。

焦燥感が彼女を襲い、内なる焦る気持ちを奮い立たせる。

だが、抜けない。



どれほどの時が経ったのか。

いつしか彼女の心の中に諦めの気持ちが浮かんだ時、その腕は黒く変色しそのかわり、黒いナニカの腕が人間色に鮮やかに変色した。

「………は?」

やがてそれはサヤの焦燥感を他所に引っこ抜かれる。

黒く変色した腕は動かそうとしてもびくともせずまるで石のようになってしまった。

「……クソ」

ぶらんと、使い物にならなくなった左腕がぶら下がっている。

攻撃の手口が減ったことに変わりないサヤの顔は、焦りと怖さで強張る。

そして、そんな彼女を見て、黒い影の口角は、ニヤリと上がる。



「怖いか?」



戦慄が、廃物しかないはずの場所に流れる。

それほどまでの、存在感。

サヤは完全に、心からへし折られてしまった。




「まあ、そう死を急ぐな。私たちの出会いは、星共が宙でぶつかるくらい低い確率から成り立っているのだから」

「………星?」

「ああ、そうだ、君が今頭の中で思い浮かべている物そのものだと思ってもらってもいい。だが一つ勘違いしてほしくないのは、私と君では必ず考えていることが違う、ということだ。例えば君は、そこら辺に落ちている小石を見て、何を思う?」

……

ここで、本心は口に出せない。

手札は、死ぬギリギリまで多くとっておきたい。

「………汚い……」

「……そうか、合うと思った私を罰するべきなのか、どうなのだろう?まあ、そんなことはどうだっていい。君が汚いと思った物を、私はこう感じたのだ」

「…」

「孤独だ、と」



バゴォン!

遠くで石が割れるような音が響く。

それはまるで室内に響くかのような重厚感。



「無駄話が過ぎたな」

「……」

「そろそろ、死んでもらおうか。その使い物にならない腕以外は、欲しい」

「…」

サヤは地面にうつ伏せになったまま。

誰も邪魔をする者は、いない。

「これで私も、体を持てる!!!!URYYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!」

雄叫びを上げ、「立つ闇」はサヤの心臓めがけて拳を放つ。

そして、運命の時は来た。



ズボォ!



大量の出血と、ぽっかり空いた穴がその先を想像させる。

そう、死だ。

あまりにもあっけなすぎる。

そう殴った本人も思った。

(なんだこの感触のなさは………)

すぐさま腕を抜き取ろうとする。

だが離れなくなったのは、今度は立つ闇の番だった。

「な、なんだこれは!!!まるで先ほどの私のような……」

「その通りよ」

「………!!」

突然の声。

誰のものか深く考えずとも予見できてしまうような状況を闇は恨み、



「生きているのか!この死に損ないがぁ!!!!」



拳をまたもや繰り出す。

だが相手の手の内を先に知った、いや知ってしまったのはサヤの方だった。

「……まだ気づかないのか?」

「…………!」

サヤに諭された闇は拳を引っ込め、だが、片方はどうにかしても動いたりはしない。

歩を進めるサヤを片目に見ながら、闇は焦りで体を持ち上げてしまう。

「お前が今引っかかっているのは私の枝。だが頭の中で引っかかっているのは、私の策略でしょう?」

「……な……に?」

自身の考えを先に読まれた闇は、その肢体の力を抜く。

「だが勘違いするな、私とお前では考えていることが違う、のでしょう?今私は、神にでも祈りたい気分だ」

「……」

片手の花を鼻まで近づけ祈るサヤの姿に、闇は何も出来ない。何も言えない。

「人は目的のためだけに生きる、でもあなたみたいな化け物もそれは同じ。知っている?生まれた時人は皆平等な才能を持っている。だがそれをすり減らして故人への道を辿ってゆく」

「何が言いたい」

答えを急ぐ闇に対してサヤはゆっくりとした口調で告げた。

「あなたたちに、それは無かったようね」





ザクッ





植物が切られるような音とともに、荒野は元通り何もない灰色の世界へと変わる。

彩の緑はすぐに消え、意外にもマッチしていた闇はもういない。

この世界の所有者は今、いない。




地面へと軽く、サヤが手をかける。





色褪せた翠が、地面を覆った。









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