第3章・8
やがて汽車は完全に止まり、汽車から全員が南門へと降りた。
地面を再び生きて踏みしめた我々を出迎えたのは、戦闘態勢の母や城の魔法使いだった。
その唖然としたような、何故ここまで出向いて来たのか分からないという顔は、少しだけ面白かったと思う。それは、やっぱりちょっとだけ自慢かもしれないのだけれど。
「龍は、どうしたのです?」
お母さん――今は、大統領代理が真っ先に声を上げた。
「龍は、我々が倒しました」
ホヅディルさんの発言に、母の顔に「?」が浮かんだのが分かった。
「倒した?」
「ええ、我々で」
彼は、すぐに何があったのかを語って聞かせた。
エルフの長・ガブリエットさんが何をしたのか。
ドワーフのリーダーの一撃が、龍の翼を斬りおとしたことを。
そして、最大の功労者は、あなたの娘と私の家族だと。
彼は、言ったのである。
その言葉に、わたしも、ユールも救われたに違いない。
すぐに我々は、城へと呼ばれた。
英雄の表彰という名目ではあったが、正しい目的は我々への事情聴取だった。
もはや、ここに何かを隠しておく必要もない。
国家の危機なのだから。
簡単な軽食の用意された城内の晩餐室で、話を聞き終えた大統領代理は大きなため息を吐きつくすと頭を抱えた。彼女に話したのは、祖母がしていた謀の証拠だった。
「けれど、謎も残りますね。何故、他の姉妹全員も姿を消したのか?」
「みんな、何をしていたんですか?」
わたしが尋ねる。
国家の中枢を担う叔母さんたちの仕事は、落ちこぼれのわたしには知らされてない。
「みんな、外遊に行ってたのよ」
「外遊……」
「特に、一番上の姉は、大統領の密命で遠くの地方に向かってたようだけど」
そして、はっとしたような顔になった。
「向こうで何かを見つけたって話をした後、どこかに行った……。それも入念な調査をして。探知能力を持った子――テルトって言ってたかな、あの子も使って」
「テルトっ!」
思いがけない名前だった。
あの日、大統領から頼まれていたのは、これだったのだろうか。
「あなたの友人と聞いているけど、その子に遠くの地までの魔力完治を頼んでた。それの結果がおそらく出たんだと思う」
「で、それは、どこなんです?」
彼女の口からは、信じられない言葉が飛び出した。
「たしか、『パルガレフ』と」
この星の、真裏の大陸にある国である。
そこになにがあるというのか。
わたしたちには、まだ疑問が残り続ける。
◇
パチパチと薪が燃える音だけがしていた。
わたしとユール、そしてホヅディルさんは、あの日のように汽車の車庫の前でたき火を囲んでいた。
優しい――あの苛烈な火と戦った後だからこそだが――焚火の火は、心を落ち着かせる。
また工事を再開しなければ、彼は呟いた。
けれど、車庫の中にある汽車は、ボロボロだった。
「その前に、これを直さないと。まずはそこからだ」とユール。
「ああ、材料から何から調達だな」とホヅディルさんが、無精髭の伸びた顎を撫でて呟く。
「木は、ガブリエットに注文すればいいよな?」
「金属は、ドワーフだ。奴らなら、喜んで走って持って来るさ」
「そうだな」
ユールが呟く。
そして、言葉が途切れた。
彼女は、あまり見たことのないような顔をして、モジモジと体をくねらせる。
「な、なあ」
意を決したかのように声を上げたが、それは明らかに上ずっていた。
「なんだよ、気持ち悪りぃな」
「いや、ほら、あれだよ。さっき『家族』って――」
「ああ……、あれな。ほら、もうジジイのとこに入って俺も長いからな。妹のことくらいは、ああ紹介するしかないだろ」
「え? オレって妹なの?」
ふと考えてみれば、ユールの育ての親はヘイロンさんだった。
そうか。それは妹だな。
「こんなおっさんが兄って、オレの年が疑われる。訂正しろ!」
「うるせえ、そもそも親父はあのジジイだから遅えよ。てか、そもそもお前は、何百歳のババアだろうが!」
ぎゃあぎゃあと喧嘩する二人は、確かに兄妹のようだった。
遠くの森で、獣の遠吠えが聞こえた。
「さて」とホヅディルが、通信の札を取り出す。
「森の向こうにいるゼンダルとジョルジュを呼び戻さないとな。一旦工事は中断して、車両の整備をするってよ」
「大変ですね」
わたしは、呟く。笑顔は、うまく出来ていただろうか。
さっきの晩餐会で、わたしは祖母から言い渡された役職を解任させられたのだ。
理由は、簡単だった。「そもそもエルフの森を通工事の話し合いが難航しているという問題と、リヒトの技術屋を見張れというのが目的だったはずだし、もう仕事は良いでしょう。アナタにはもっと違う仕事をしてもらいます」と言われたからだ。
もうわたしは、彼らに付き添っていられない。
これが、最後の夜になるだろう。
「そうね、大変な仕事ね」
母の声が、急に入り込んできた。
瞬間移動で、ここまでやってきたらしい。
「というか、まだまだ仕事あるんじゃないの?」
「いいえ、これも仕事です。アナタに新しい仕事を持ってきたの」
「新しい、仕事……」
その言葉が、わたしの心に影を落とす。
これがそのまま最後の夜になるのかと。
「でも、その前に、一つ言わないといけないことがあるの」
「なに?」
彼女はまっすぐにこちらにやって来て、わたしを抱きしめた。
何? え? どうなっているの?
わたしの頭は、何をされているのか理解できなかった。
「ありがとう、ポド。あなたの御蔭で、街は守られた」
「わたしは、何も」
そう言った。
でも、心の中のわたしの感情は、ただただ一つに集約され、溢れ出した。
目から溢れる水滴は、母のローブを濡らし、わたしから言葉を奪った。
こうされるのは、もう何年ぶりだろうか。
まるで、子どもに帰ったように、しばらくそうして泣き続けた。新しい仕事のことなど、どこかへ行ってしまっていた。けれども、現実は必ず訪れるし、時間は待ってはくれない。
「さて、あなたには新しい任務を与えます」
わたしは、母からとっさに離れた。
もう、この時が来たのか。
目を、そちらに見やる。
今、しっかりと家族になった彼らとともに違う仕事をしてみたかった。
そう、思ってしまう。思わずにはいられない。
「新しい仕事は彼らと共に、新しい道を切り開くことです」
「え? 彼らって?」
母は、ホヅディルさんに向き直る。
「あなたたちのせいで、娘は変わってしまった。これではまともに魔法使いの世の中には戻れないでしょう。それに、魔法使いの治世も終わるでしょう」
「これからは、二人で――いや、みんなでやればいいだけのことです。血筋だけにとらわれない世界を、一から。またヒトとしての一枚岩の世界を」
彼は、手を差し出した。
母は、どうするのだろう。
「……」
彼女は少しだけ考えて、ホヅディルさんの手を握る。
二人の握手が、この夕闇を明ける一筋の光のようだった。
「話を戻しましょう。ポド」
「はい」
わたしは、母の前に真っ直ぐ立つ。
「あなたの新しい任務は、今後とも技術発展に貢献することです。機械と魔法がともにある世界を目指していく。『科学大臣』というポストを新たに設けます。そこについてもらう」
「はい」
ん? ということは?
「今後とも、彼らの会社に出向しながら、世界の発展に協力し続けるのが仕事になります」
「え? は、はいっ! 頑張らせていただきます」
「ただし、条件が一つだけ」
母の顔は、険しくなる。
よほど、難しい条件なのだろう。
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