第3章・1

 暗い森が割れると、青い空が見えた。

 わたしとホヅディルさんがエルフの森に厄介になっていた数日で、工事はかなり進んでいた。というのも、盛り土の工事の終盤、死んだような目をしていたドワーフたちが嬉々として工事を進めたらしいので、進捗は想定の三倍ほどの速度で進んでいた。

 森のエルフたちが、貸してくれた馬を使わずとも工事の中心地のキャンプへ容易に辿りつけるほどであった。


「こんなにも早く」


 わたしの驚きを、ホヅディルさんはただ頷いて見せた。

 森からは、ガブリエットを含む数人のエルフが付いてきた。


「あれが、ヘイロンの言っていたものか」

「ええ」


 ガブリエットさんは、不思議そうに彼らの工事風景を真剣に見つめていた。

小石の上に、線路幅よりも少し長い木を等間隔に置いて行く。

 その上に長い鉄の棒を二本並べて、頭が変に一方だけ大きい釘で木に固定する。

 鉄の道は、そうして作られて行った。都の外れの置かれていた鉄の棒が、線路を作り上げることで長い距離を運ばずに済んでいたようだ。

 ドワーフは、一人で鉄の棒を軽々と持ちあげて、所定の場所へと固定する。

 これだけでヒトの数倍早い。


「ドワーフ族も工事を?」

「勿論」とホヅディルさん。「それこそ、うちの従業員の二人は、ドワーフですし、一人巨人族もいますからね――おっと、そんな顔しないでくださいよ、正真正銘最後までこちらの側で戦った戦士の末裔ですから」

「別に怒ってなどいない……彼らの軍の頭数を考えれば、仕方ないことだ」


 巨人族たちは、その個体数の少なさが故に生存の道を選んだだけだ。

 だが、その分地獄を見せられたのも事実。

 大きな巨体が迫ってくる恐怖は、計り知れない。


「エ、エルフだっ!」


 山のドワーフの一人が、こちらを見て叫んだ。

 それに反応して、数人のドワーフがざわざわと騒ぎ始めた。

 そして、手には白銀の武器を手に取るものもいた。

 彼らにとってはまだ因縁をなすり付けて、戦争を仕掛けてきた相手でしかない。頑固者のドワーフたちが戦争の原因を説明されても理解してくれるのかは分からない。

 ガブリエットさんも、どうしていいのか分からないようであった。


「ドワーフは……俺らは、まだ何も分かってねえ」


 ドワーフの中から、一人が前に進み出て言った。

 それは、エディルさんだった。

 彼の手が武器を下せと命じる。


「恥ずかしながら、アンタらに対して最初に手を上げることを決めたのは、俺の大叔父だった。ヴィスド王は、血の気の多いドワーフの中のドワーフというような男だった」

「だからこそ、自分も宣戦布告する――というような男には見えんが」


 ガブリエットは彼から目線を外さず、馬を降りた。

 二人の間に緊張が走る。


 ん? というか、つまりは……エディルさんは王の血筋?

 そんな人が、働いていたとは。


「ああ、そうかもしれない。俺は、学んでしまったんだ――リヒロの在り方、社会の在り方とかいろいろをな。だからこそ、俺はアナタとの対話を望む」

「対話か……頑固で戦争でしか解決できないと言っていたドワーフも、このように変われるのだ。我々も変わろう。頭でっかちで、賢者と持てはやされる時代は終わったんだ」


 そして、彼女は細く白い腕を彼の前に差しだした。

 対して、彼が出したのは無骨で、小さく泥に汚れた手だ。


「すまんな、仕事中で汚れているんだ」

「構わないよ」


 ガブリエットさんの指輪が光り、手に水流が巻きつく。

 繋がれた二人の手は、キレイに清められた。

 二つの美しい手が、固く結ばれた。それがこれからの世界を紡ぐ、二本の糸のように。


 

 GYAAAAAAAAAWOOOOOOOOOOO!


 

 二種族の国交の樹立に湧く完成は、空に響く恐ろしい声に引き裂かれた。

 強い西風が広い原野を吹き抜け、その風に載るように声が轟いた。

 声のする方向からは、絶えず強い風が吹いてくる。傾きかけた日と強い風で、私なんかは目も開けてられない。夕日の向こうで、何かの影が微かに見えたような気がした。


「全員、武器をとれ!」


 ガブリエットさんが、叫んだ。

 彼女の目は、風にも負けずカッと開き、西のかたを見る。

リドンだ」

 

 WOOOOOOOOOOO!

 

 龍の雄叫びがはっきりと聞こえた。

 わたしにもその姿が、見える。

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