第2章・5
馬車を降り、崖の中に作られた門を潜った先にあったのは、不思議な空間だった。
瀧の下の空間に、エルフたちは静かに暮らしていた。
円形に掘られた大穴の壁面には、いくつものバルコニーがあり、多くのエルフたちがこちらを興味深く見つめている。その顔が分かるほど、妙に明るいことに気が付いた。
その秘密は天井にあった。
川の底が見える。
この空間の天井を水が走っている。でも、こちらには一滴の水も落ちてこない。
魔法だ。
美しい、水の魔法。
この技術の難しさを、わたしは知っている。うちのおばあちゃんは、土の魔法を得意とする魔法使いだけれど、同じくらいの技術を持った水の魔法使いでもいなければ、水の天井を作るなんて不可能だ。
「これがエルフの都・レトリアス=エンディエルシスですよ」と女騎士。
「すごいな……これは」
わたしも、ホヅディルさんもうっとりとそれを眺めるしかない。
「では、ホヅディル殿、王の間へ」
「こいつはどうするんだ?」
女エルフは、少し考えて「やはり、お話が済むまではどこかに勾留させていただくしかないのではと思いますが」と答えた。
「うう」
頑張って、悲しそうに呻いてみた。
「可哀そうだろ?」
「ですが……」
彼女が言いよどむと、声が響いた。
どこからともなく聞こえた大きな声、何かの魔法かもしれない。
『では、その子の相手は私がしよう』
「ガブリエット様!?」
女エルフが、驚きの声を上げる。
声の主は、女性のようでもあり、いや高い男性の声にも聞こえる。
「ですが、アナタ様自ら、魔法使いに会うなどと」
『いえ、私だからいいのです』
「はい。では、そのように」
女エルフは、深く声に頭を下げる。
その姿には、明らかに格上のものに対する敬意があった。ホヅディルは王に会うことになっているらしいから、声の主は王ではないわけだが……わたしは、今から何をされるのだろうか。
「ホヅディル殿、すみません、先に他の者に案内させます。私は、彼女をガブリエット様の元に連れて行きます」
「ああ、わかった」
わたしたちは、別々の方へと歩く。
エルフの彼女が、わたしの手を掴み、右へ左へと歩かせる。
階段を上がることもあったが、どちらかといえば下がる方が多かった。面倒な複雑な手順を何度も踏み、わたしたちはその扉の前に立った。
『ありがとう、アルリブロン』
「はい」
分厚そうな石の扉から声がして、アルリブロンと呼ばれた彼女は最敬礼をして下がった。
やはり、この中に居るのが相当の人物なのだと思わせる。
「お入りなさい。ポド・フランドイル・エイドゥ=クゼ」
石の扉は勝手に開いた。
薄暗い部屋に、一つのベッドと机があり、こちら向きに置かれた椅子に一人のエルフが座っている。金色の髪は椅子に座っていながら床にまで垂れ、それが部屋中、彼女が動いた道を示すように伸びている。
いったいいくつの年月を重ねれば、髪はここまで伸びるだろうかと思わせるほどに、この牢獄のような空間に髪の束が出来ている。
ここは牢獄なのか?
「牢屋みたいとでも思った?」
「うう」
一応首を横に振り、否定しておく。
「いえ、心は読めるから、意味はないのだけれどね。あ、そうだ、そのままでは喋れないのだった」
「う?」
不必要なことは考えないようにしないと。
そう考えた矢先、しゅるりと手が抜け、口の猿轡が消えた。
彼女が動いた形跡はない。やはり魔法が使えるみたいだった。それも多くの魔法使いがするように呪符を書くのではなく、思い通りに魔法が使えるタイプの――そんなもの特例中の特例なのに。
「魔法って、誰が考えたのか――あなたは知っている?」
「魔法使いが、それを考えたのではないのですか?」
「でも、私は魔法使いではない」
そうだ。たしかに、そうだ。
でも、わたしはそう教えられた。
「教えられたから、そう答えるのではあまりに学がない。こうすればエサを貰えると、教えられた犬よりもおろかだ。そうは思わないか、クゼの孫娘よ」
「おばあちゃんを、知っているんですか?」
「私は、あの小娘よりもはるかに長い時を生きているんだよ?」
おばあちゃんは今年1264歳だったはずだ。
魔法使いよりも、長く生きているエルフなんて――
「そんなエルフなんていないと?」
「ええ、そう聞いています」
そう聞いている。
聞いていた。
これもまたおばあちゃんから。
「君たちの常識が、本当に、本当の真実だと誰が決めた? いや、こう聞こうか――」
だれが、定めた?
それは――
答えは、一つしかない。
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