第20話

 お話を伺うためにトレス様に手紙を送ったところ、お会いしてくださるとの返事を快くいただけました。

 学園内ではエスト嬢との遭遇が怖かったので、王宮でお願いしたのです。


 本宮殿から一番遠い離宮が、トレス様とお母様のお住まいとなっています。

 不便ですし、そのお立場を強調される不遇の扱いなのですが、人が少ないことに少々の気楽さを感じてしまいますね。

 そして――人員が少ないからでしょうか。こちらの離宮の使用人は、皆相応に仲が良い感じで、居心地もよいのです。


「殿下。ラクロア様をお連れいたしました」

「ご苦労。入っていい」


 部屋の中のトレス様から許可が出て、わたくしを案内してくれた侍女が扉を開きます。


「ご機嫌麗しく、トレス様。急なお願いを受け入れてくださって、ありがとうございます」

「構わないさ。ほとんど毎日暇だからな。……外で言ったら刺されそうだな、今のは」

「トレス様は『何もしていない』のではなく、『何をすることも許されていない』だけですもの。どうぞ、お気に病まずに」


 仕事に忙殺されるのも辛いですが、何もさせてもらえないのも辛いものです。肩身が狭くて堪りません。けれど言った通り、それはトレス様ご自身の責任ではない。


 ……とはいえ、完全に開き直られたらそれはそれで複雑な気も。気に病み過ぎず、病まな過ぎずを求めているのでしょうか、わたくし。

 人に苦悩してほしいだなんて、褒められた思考ではありません。猛省します。


「まあ、ゆっくりして行け。お前と話ができるのは嬉しいから、どんな用でも歓迎するぞ」

「どんな用でも、ですか?」

「ああ。たとえば、特に意味のない雑談とか」


 意外です。


「殿方は、女性のする話が苦手なのだと思っていましたわ」

「生物として、思考と感覚がかなり違うから合わないことがあるのは否定しない。けど話をしないで相手を知ろうなんて、絶対無理だろ。俺はお前が好むもの、苦手なものを知りたい」

「トレス様は……本当に、不思議な方ですわ」


 男性の好みに女性が従うのが当然で、しかしその逆はあまりありません。少しでも気を遣ってくださる方がいれば、とても素晴らしい夫となってくれるでしょう。

 なのにトレス様は、わたくしの趣味などにまで興味を持ってくださると……。


「我慢して付き合ってもらっても、嬉しくないからな。でもまあ、先に用件の方を聞こうか」

「では、単刀直入にお聞きしますわ。トレス様は、女性が淑女らしくない贈り物を殿方にするのを、どう思われますか?」

「俺は大体気にしない自信があるが、それ、俺の話じゃないよな? ロアが常識が許していないことをするとは思い難い」

「うっ……。はい、そうです」


 たとえ話、何の意味もありませんでしたわ。

 いえ、一つありましたか。やはりトレス様は大らかな方でした。

 たとえ貴族の慣習を破っても、そこに相応の理由があるのなら、トレス様は許してくださるのでしょう。


「具体的に、誰の話だ?」

「セティ・レイドル様とクロエ・アキュラ様のお話です」

「あー……。無関係じゃない話だな。で、セティに何を贈ろうって?」

「研ぎ石や飾り剣などが候補に挙がっていますわ」

「いやちょっと待て」


 止められてしまいました。


「それアリシア発案だろ。あいつは本当、もう少し現実見て柔軟性をだなあ……っ」


 お姉様発案な部分まで気が付かれてしまいました。

 いえ、まあ、そのような突飛な発想をなさるのは、お姉様か、それこそエスト嬢だけだと思いますが。


「実用性は認めるぞ? セティに贈る品としても間違ってないぞ? ゲーム的にも現実的にも」


 ゲーム……?


「ファディアが贈るのはアリだ。あいつは平民で、セティにとっては『女性』じゃないからな。だがクロエが贈るのはやめとけ。受け取るだろうが、怪訝に思われるのがせいぜいだ」

「そうですか……」


 困りましたわ……。


「それよりは、好みの図柄の刺繍でもしてやった方が喜ぶだろう。あとはベタだが手料理とかか? なんといっても一番大事なのは、『自分のために、自分を想って骨を折ってくれた』のが伝わることだと思うぞ。現実は、プレイヤーに都合のいいプログラムで動いてるわけじゃないんだからな……」

「それは確かに、そうですわね」

「奇をてらう必要なんかない。気持ちが誠実であれば充分だ。特に、今のレイドル家とアキュラ家なら」

「分かりました。参考にさせていただきますわ」


 帰ったら、お姉様と再度会議をしてみましょう。


「けど、刺繍か。ちなみに俺は、聖獣なら不死鳥が好きだぞ」

「えっ」

「ロアは?」

「わ、わたくし? わたくしは、海竜が好きです」


 ……はっ。

 いけません。とっさについ、本音が。


「……意外なところが来たな」

「いえ、あの、冗談。冗談ですわ! そう、聖獣は確かに尊いですが、わたくしはお花のモチーフが好きですから!」

「ああ、うん。そっちが好きなのも本当なんだと思うが。別に限定して聞いただけなんだから、誤魔化さなくてもいいだろう。海竜、普通に人気高いし。海軍とか漁師とかに」


 わたくしは貴族令嬢です……。


「ただ、理由を聞いてもいいか? 愛らしい聖獣じゃなくて、海竜を選んだ理由を。いや、理由っていうか、どこが好きなのか、だな」


 とっさに出た答えを、誤魔化そうとする方が無理がありましたわね。諦めましょう。

 ……それに、仰っているとおり、トレス様はわたくしの趣味に関して、呆れたりといったご様子ではありません。本当に純粋に訊ねていらっしゃるように聞こえます。


「聖伝で、月の乙女が死の王によって地の底に囚われたとき、太陽王を導くために海竜が道を作るでしょう? 太陽王が地の底でも陽の力を受け取れたのは、ずっと道が開いていたからに他ならないと思うのです」


 特に言及はされていません。わたくしがそうではないかと思っただけです。


「海を割るのは、聖獣であっても容易きことではなかった。けれど海竜は友である太陽王のため、道を繋ぎ続けました。そして太陽王と月の乙女の帰還を、ただ喜んだ。とても美しいと、そう思ったのを覚えています」


 そのような友誼を結べた関係性も、友のことを己のことのように喜んだ海竜の在り方も。


「確かに、人のために己の身を削るなんて中々できることじゃない。あの一節は、俺も恰好いいと思ったよ」

「トレス様は、不死鳥のどのようなところがお好きですか?」

「再生の話が多いところかな」


 聞けば、トレス様らしいと納得してしまうお答えが返ってきました。

 不死鳥は炎を纏った巨鳥の姿をしており、その火力は広大な平原を一瞬で焼き尽くすほど。

 ですが聖伝に語られる不死鳥は温厚で慈悲深く、己の力を破壊にはあまり使っていません。


「壊すのは、あまり好きじゃない。同じものを作り上げるには、作ったときと同じだけの力を必要とするし、何ならもう取り返せないものだったある」

「はい。それに、たとえ同じもの、同じ形をしていても、それでも違うものですから」


 この世界に、同じものなど一つたりとて存在しない。そして自分にとってどれほど価値がなかろうとも、他者も同様に感じるとは限りません。

 誰かにとっては、それが至宝かもしれないのです。


 もし誰かにとっての至宝であった場合、安易に傷付けようものならば、報復されたとしても仕方がないことと言えるでしょう。

 人を悲しませて善いことなど、一つもありません。他者が大切にしている柔らかな部分に刃を引くような行いは、したくないものですね。


「……ええと、では。もしわたくしが不死鳥の刺繍をした品を贈ったら、受け取っていただけますか?」

「勿論だ。とても嬉しい」

「そ、そうですか」


 ではぜひとも、トレス様に喜んでいただけるような、慈愛に満ち、かつ勇壮な不死鳥を描き上げなくてはいけませんわね。


 …………あら?

 わたくし、どうして自分の贈り物の話をしているのでしょう……?

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