第18話

 どうやら、お姉様には何らかの心当たりがあるようです。


「大陽王は誰がやるの!?」

「まだ決まっておりませんわ。委員以外からも募集して、それから決める予定になっております。……ただ、セティ様が有力なのではないでしょうか」


 委員長たるレグナ様も言っていらしたし、セティ様も、他に相応しい方がいなければ、という条件付きでしたけれど、うなずいてはいらっしゃいましたし。


「セティルートか……」

「ときに、『ルート』というのはどういう意味でしょう。察するに、篭絡を狙っている殿方、ということでよろしいでしょうか」

「ええ、そういう感じよ」


 この手の単語で、初めて正解をいただきましたわ。

 今回の件に限っては、エスト嬢の行動もヒントになってくれましたけれど。……ええ、まったく喜ばしくありません。ずっと不正解の方がはるかに良かったです。


「セティルートだと、確か婚約者のクロエと組むのよね。そしてヴァルトレスと一緒に秘宝を暴走させる……」

「お、お姉様? そこかしこに危険な単語が聞こえますわ」


 ただ、今気が付いたのですが――お姉様はどうも、現実で生きているクロエ様、トレス様のことを指して話しているわけではないように思えます。

 そう、まるで物語を諳んじているような……。

 けれど親しくない第三者が聞いては、まず気が付かないでしょう。危険なことに変わりありません。


「ねえ、ロア。ロアって、アキュラ家のご令嬢と面識があったりとか……」

「はい。実行委員として親しくしておりますわ」


 委員会の中で、一番話しやすいのもクロエ様です。

 もし彼女が実行委員になっていなければ、こうも頻繁に言葉を交わすことはなかったかと思います。縁とは、面白いものですね。


「やっぱりか! やっぱり悪役令嬢を作る気なのかこの世界はッ! くぅっ……。負けてなるものか……!」

「お姉様ー?」


 また別の世界に行ってしまわれましたわ……。


「でもなー。セティ狙いなら、どうしてイシュエルに会いに行ったんだろ……。そんな余裕があるなら、武力パラメータ上げてた方が有益なのに……。それともやっぱり、逆ハーなのかな……」


 逆ハー……。

 度々出てきますけれど、ううん。語感からではまったく想像が尽きません。ハーの逆……? そもそもハーとは何でしょう……。


「ねえ、ロア」

「はい、お姉様」


 あ、ご帰還なさいましたわ。


「本決まりになったら、また教えてくれる?」

「分かりましたわ」

「……それと、アキュラ家のご令嬢って、今どういう感じ?」

「少々、不安になっていらっしゃいましたわ」


 お姉様のことです。今日わたくしがクロエ様から聞いたお話――エスト嬢の素行について、すでにご存知なのでしょう。

 そしてその中のお一人に、セティ様が入っていることも。


「そうよね……」

「エスト嬢は、騎士を志しているとセティ様に言ったようなのですが……」


 彼女のこの学園における目標がそこであるなら、わたくしにもお手伝いできますし、そうすることで大人しく過ごしてくださるなら、ぜひそうしたいです。


「どうだろう。セティに言ったんでしょう? ただの好感度稼ぎじゃないかなあ。物語ならともかく、現実でなるには騎士って危ないじゃない。目指す人間、少数派だと思うんだよね。昔から兵役なんて嫌われるものだし。ご飯食べるための最終手段よ」

「ええ、特に平民で、かつ優秀なエスト嬢には、わたくしもお勧めできませんわ」


 聞く耳は持っていただけませんでしたけれど。


「何にせよ、太陽王のキャストではっきりするかもね」

「太陽王の舞い手を選ぶのには、さすがにエスト嬢は関わらないかと思いますが」


 いえ、でももしかしたら、レグナ様は審査員にこっそりエスト嬢を誘うかもしれません。彼女に興味を持っていたようですし。


「だといいんだけど」


 暗黙のルールを彼女が飛び越えてゆくことを、お姉様は予想しているのですね。

 ……何だか、わたくしもそのような気がしてきました。

 事実彼女は、自身の行動と周囲の助けの両方で、平民にはあり得ないことをすでにいくつかやっています。


「ロア。いい加減うるさいと思ってるかもしれないけど。でも、やっぱり言う。この先何が起こっても早まらないで。あと、わたしは何があってもロアの味方だから」

「……はい、お姉様」


 エスト嬢に注意を促したことは、やはり早まったことに入るでしょうか……。

 入り、ますわね。多分。だってお姉様は事前に忠告してくださっていたのですから。

 結局エスト嬢には聞き入れてもらえず、イシュエル殿下の不興を買っただけの行いとなってしまいました。

 もしかしてわたくし、エスト嬢と関わると、星の巡りが悪くなるのでしょうか。


「……その反応。お姉様に何か隠してないかな?」

「かっ、隠していませんわ!」


 うう。動揺してしまいました。


「……」

「……」


 じぃ、と、お姉様がわたくしを見つめてきます。

 目を逸らし、耐えること十数秒――。うぅ。限界です。


「ごめんなさい、お姉様。わたくし、お姉様から頂いていたご忠告に逆らってしまいました」


 正直に打ち明けることにします。


「な、何をしたの……?」

「婚約者のいる男性に、みだりに近付かないように、と……。エスト嬢に注意を……」


 お姉様のご忠告、そのままですわね……。


「やっちゃったのね……」

「はい……」

「う、うん。大丈夫。大丈夫よ、ロア。何やかんやで悪役令嬢を創り出そうとする強制力を、若干感じなくもなかったもの! 次、次の改善策を考えましょう!」

「だ、大丈夫ですわ、お姉様。エスト嬢に言っても無意味であると、わたくしよく分かりました。二度はやりません」


 エスト嬢を説得で止めるのは、おそらく不可能でしょう。つまり、彼女がやろうとしてもできない環境を作る必要があるのです。


「ようは、あの方の無節操で泣く方がでなければよいのです。お二人の間に入る余地などないほど、クロエ様とセティ様を仲睦まじくすればよいのですね!」

「いいかもしれないわ! それなら誰も悪役令嬢にならなさそうだし」


 最終手段、婚約破棄もございます。これを告げておくことで、クロエ様の心情は若干余裕ができるのではないでしょうか。

 アキュラ家の力ではレイドル家に申し入れることから不可能ですが、今のクラウセッド家に不可能はありません。


 とはいえこれは、本当に最終手段です。クロエ様はセティ様を憎からず思っていたようですので、お辛くなることに変わりはありませんし。

 ですが、お飾りの妻として泣き暮らすよりは良いかと思います。どちらを選ぶかはクロエ様ご自身の意思を確認しますが。

 それにしても。セティ様もクロエ様には親しげな様子でしたのに。殿方の考えは分かりませんわ。


 ……トレス様は、どうでしょうか。

 いえ、わたくしがそのようなことを考えるのはおこがましいですね。そもそも、わたくしとトレス様の関係は、クロエ様とセティ様のそれとはまったく違うのですから。

 それよりも今は、クロエ様です。

 方針は決まったと言っていいでしょうが……。


「どのようにすれば、人と人は仲睦まじくなれるのでしょう」


 一番は積み重ねた時間ではないかと、わたくしは考えます。だってわたくしとお姉様が正にそうですもの。

 恋愛と親愛はまた別かもしれませんが、人となりに信頼、好意を抱くには、相手を知る時間は必要だと思います。そうして過ごすうちに、互いにとって互いが恋の相手として魅力的ならば、自然と気持ちが芽生えていくのではないでしょうか。

 最も世の中には、一目で恋に落ちる場合もあるとまま聞きますから、結局は当人同士の問題と言ってしまえばそれまでですね。


 白状しますが、わたくし、恋をしたことがございません。

 将来一緒になる殿方はお父様がお決めになられることですし、恋心を抱くべき相手が今までいなかったのです。お姉様とトレス様が完全に破談になったときのための保険だったのでしょう。


「ふっふっふ。それは任せて。つまり、セティ攻略のルートをアキュラ家のご令嬢になぞってもらえば解決なんじゃない?」


 攻略……。

 エスト嬢も、ご自分の幼馴染みのことをそのように表現していましたが。


「セティ様の何を攻略するのですか?」

「ああ、それはホラ、言葉の綾ってやつだから、気にしないで。ようはセティが好む言動や贈り物を、アキュラ家のご令嬢にやってもらえればいいよねってこと」

「それなら、わたくしたちよりもクロエ様の方が詳しそうですが」


 そして実践していないとも思えませんわ。


「知ってるかもだけど、やれてないことはあるんじゃない? たとえば贈り物。セティは多分、武具の手入れのための研ぎ石とか、油とか、本物が一番だけど精緻な細工の飾り剣なんかも置物として好きな気がする」

「お、お詳しいですわね」

「よ、予想かな!」


 予想ですか。そうですか。

 セティ様の性格を考えて予想できないことはないかもしれませんが、それにしては自信がお有りなような。


「でもそういうのって、普通の淑女が選んで贈る?」

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