転生悪役令嬢の妹は、フラグ回避した姉の代わりに悪役令嬢を引き継いだらしいです?

長月遥

第1話

 ――わたくしのお姉様は、少し変わった方なのです。


「ロア、聞いたわよ! 貴女またドレスを仕立てているそうね!?」


 廊下でばったり会うなりそう言ってきた姉、アリシアに、わたくしは驚いて数秒固まってから、とりあえず挨拶をしました。


「ごきげんよう、お姉様」

「ごきげんようじゃないわよー。ねえ、ドレスを仕立ててるって本当なの?」

「はい、間違いございませんわ。だってもう季節が移り替わろうという時期ですもの」


 答えたわたくしに、お姉様はがっくりと肩を落とします。

 輝く真っ直ぐな金の髪に、青空の様に澄んだ青い瞳。背は高いけれども華奢なお身体で、どこか人形じみた硬質な美しさをお持ちのお姉様だけれど、その表情が活き活きとしていらっしゃるから、彼女が生身の人間であることを疑う人はまずいません。


 一方のわたくし――ラクロアは、銀の髪に揃いの青い瞳。背は……あまり高くありません。スタイルは……あまり声高には言えませんが、お母様似のお姉様よりも、若干、若干女性的です。


「あれほど、あれほど贅沢や散財は駄目だって言ってるのに……っ。なんとしてでも悪役令嬢を創り出そうというの、ゲーム強制力……! 負けるものか。ロアは必ずわたしが護る……!」

「あの、お姉様ー?」


 お姉様は基本的には優しくて真っ直ぐで努力家な、尊敬すべき方なのだけれど、たまに――というか、結構な割合で奇妙なことを仰る。

 特に、わたくしがお姉様の代わりに第二王子殿下の婚約者となってから、多発するようになった気がします。


 そう。わたくしの婚約者であるヴァルトレス殿下とは、本当はお姉様が婚約するはずだったのです。けれど『破滅フラグが』や『悪役令嬢処刑もしくは追放エンドは嫌』などよく分からないことを言い、頑として拒み続けました。


 そして白羽の矢が立ったのが、妹のわたくし、というわけです。

 貴族の結婚は家同士のものなので、先方にしてもお姉様でもわたくしでも、どちらでもよかったということでしょう。

 勿論、わたくしとお姉様は別人なのだから、その扱いに思うところがないわけではないけれど。

 ……今は、そう見なされてわたくしに話が回ってきたことに、感謝しています。


「ロア、お願いだからわたしの言うことを聞いて。民の血税を贅沢三昧に使って放蕩してたら、それをネタに断罪されちゃうのよ!」

「贅沢三昧、というほどではないと思いますわ」


 むしろお姉様が質素倹約に努めているので、出入りの商人たちは少し困っていたぐらいです。

 ドレスを頼まないということは、彼らに仕事を与えない――金銭を回さない行いでもある、とヴァルトレス殿下も仰っていました。


 お姉様の主義もあり、ドレスやジュエリーを作ることに罪悪感を覚え始めていたわたくしは、殿下の言葉に大変心を救われたものです。

 ……ただ、殿下も最後に「まあ、恨みを買っても文句の言えない贅沢なのは否定しない」と仰っていたので、お姉様の言もまた、きっと正しいのでしょう。


「くぅ……っ。おのれ歪んだ金銭感覚の貴族社会め。わたしは、絶対に負けない!」


 お姉様。お姉様は一体、いつも何と戦っているのですか……?




「――と、いうやり取りがあったのですわ、殿下。わたくし、贅沢でしょうか」

「いいや。礼儀の範疇だな」


 不安に思ってお姉様との会話をヴァルトレス殿下に相談してみたところ、そんな言葉が返ってきてほっとしました。

 ヴァルトレス殿下は艶のある赤毛に紅の瞳をした、美しい方です。編み込まれてなお腰まで届く長い髪は、侯爵令嬢として、日々丹念な手入れを受けられているわたくしから見ても、羨ましいほどに艶やか。


「アリシアは少し、周りが見えていない感じがするな」

「……はい。お姉様の貴族らしからぬ振る舞いに、眉をひそめている者も多いと聞きます」


 それと同等、あるいは以上に、優しく闊達なお姉様を好ましく思う者は多いです。わたくしも、少し変わったところはあるけれど、お姉様が大好きですわ。

 けれど問題なのは、お姉様の行動を疎む者には権力者が多いという事です。

 お姉様はわたくしを何かから護ろうとしてくださっているけれど、わたくしはむしろ、お姉様が心配です。


「周りが見えていない同志、気が合うのかね。困ったことに、兄上がアリシアに興味を持っているらしい」

「ええ、わたくしの耳にも入ってきておりますわ。でも、難しいですわよね?」

「ああ」


 わたくしの家、クラウセッド侯爵家は、現在この世の春とでも言うべき程に強大な権力を有しています。ここで立太子されている第一王子、イシュエル殿下にお姉様が嫁いだら、王家さえもクラウセッド家の傀儡になりかねない、と言われるぐらいに。

 クラウセッドの娘がヴァルトレス殿下に嫁ぐのは、王座から程遠い彼に付くことで、王家に対する野心などありませんというアピールも兼ねているのです。


 ヴァルトレス殿下の母君は、男爵家の出身。陛下の寵愛が深く、伯爵家に養子縁組をさせて無理矢理娶ったという経緯があります。

 殿下はいずれ、臣籍降下されることが決まっている方。殿下ご自身も望んでいらっしゃるし、わたくしもきっぱりと表明しておいた方がよいと思っています。


「兄上はともかく、アリシアの方はどうなんだ?」

「ええと。おそらく、気付いてもいないかと……。お姉様はその、ご自身のことに少々疎い部分があるのです」


 今のお姉様は、わたくしを護ろうとしていることで手いっぱいの状態のようです。

 ……わたくし、そんなに危険に見舞われそうなのかしら……。


「自分に手が回せないぐらい夢中になってることでも? ……あぁ、そうか。そういえばアリシアは、俺とお前の婚約を破棄させようと画策しているようだな」

「!」


 ふと思い出したように言われた内容に、反射で肩を震わせてしまいました。

 いけない。動揺を表に出すなんて未熟な証拠。猛省します。


 クラウセッドと殿下の婚約は、国の安定のために王自らが組まれたもの。自分が拒否したのみならず、わたくしの婚約にまで異を唱えようというのなら、相応の覚悟が必要です。

 ましてや影から妨害しようなどと、とんでもない。

 それが分からないお姉様ではないはずなのに。


「その、殿下。お姉様のそれは、画策などと大それたものでは……っ」

「あー、いい。分かってる。むしろ好ましくさえあるよ。アリシアがお前を愛している証拠だからな。一歩間違えば、政治を混乱させようとしていると見なされて、適当な罪を被せられて罰されるかもしれないってのに」

「……はい」


 そうなのです。わたくしはそれを危惧しています。

 お姉様にそれとなく言っても、逆にわたくしが心配されて終わる始末。どうすればよいのでしょう。


「実際、アリシアの危惧はそう間違っちゃない。もし俺が――そうだな。もう少し、見えたままのものだけを受け取る素直な子どもだったら、今頃兄上と父上を引き摺り下ろしたいぐらいは考えただろう」

「え!?」


 まさかの謀反を示唆した言葉に、わたくしはぎょっとして殿下を見つめてしまう。

 そのわたくしに、殿下は苦笑して緩く首を横に振った。


「安心しろ、その気はない」

「そう、ですか」

「それとも、俺に王位簒奪を企んでほしいか? 成功すればお前は、未来の王妃だ」

「いいえ、いいえ!」


 な、なんて恐ろしいことを!

 力一杯否定をしたわたくしに、殿下はうなずく。


「だろうな。普通はそうだ。暮らしや安全を崩壊させてでも何かを成し遂げようっていうのは、凄い覚悟が必要だ」


 そう思います。現状維持である程度平穏に暮らしていけるのなら、無理をしようとは思いませんもの。


「つまりそうしなければならないほど、現実に追い詰められているってことだ。……あぁ、考えの足りない奴って線はあるか」

「けれど殿下はそのいずれでもないのですよね?」

「そのつもりだ」


 でも、先程のお話し振りでは、お姉様は殿下が謀反を起こそうと考えているような言い方でした。

 お姉様とヴァルトレス殿下の間に、当人が隠していることを察せるような、深い接点はありません。お姉様はなぜ、そのように思ったのでしょう。


「俺の母は身分が低い。高官たちの目を気にして、陛下は必要がない限り俺に関わろうとはしない。そして王族に相応しくない血の持ち主だと周囲から洗脳されている兄上は、当然その認識で俺に接する」


 疑問に思ったのが顔に出てしまったらしく、にやりと意地の悪い笑みを浮かべて殿下はそんな話をする。


「な? 陛下と兄上が嫌いになっても無理はないと思わないか?」

「……その、それは」


 話題の相手が相手だけに肯定がし難いですが……。理解できます。


「アリシアが少し宮廷事情に通じていれば想像できなくはないってことさ。この場合は俺と接点がないのが余計に面倒にしているとも言うな。……頑として逃げやがったからな、悪役令嬢。無理ねえけど」


 なるほど。お姉様の視点からだけ見れば、そう考えてもおかしくはない、ということですか。

 というか殿下今、悪役令嬢って仰いました? もしかして皆様の間では一般的な用語なのでしょうか……。


 ……い、一般常識であれば、殿下に訊ねることはできませんわね……。


 い、いえ! それどころではありませんわ。一般常識を知らない人間だと思われてはいけません。今はこの先、話題に出ないように祈りましょう。

 帰ったらすぐに、お姉様に教えていただかなくては!

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