第101話
「困るどころじゃない」
もし現状でルティアの身に何かあれば、王位に一番近くなるのは先王の妹、エルデュミオの母だ。そうなると父ヴァノンが国王となり、貴族から王族になる。
元々の公爵領に、更に王族の直轄地も所領として加わるのだ。圧倒的な力を持つ新国王を、多くの貴族は歓迎すまい。
祖父の代まで遡った血筋を持ちだして、政争が荒れるのは間違いない。
しかも次代が邪神教徒と烙印を押されたエルデュミオになる可能性が高くなる。これは嫌がられるだけでは済まない。敬虔なフラマティア信徒からは暴動が起こってもおかしくない話だ。
「ではクロード殿からの件の交渉を、誰かに任せるしかありませんね。こちらは国で働く適切な人材を送ればよろしいかと」
うちの国が貴国を助けてあげましたよと伝え、この先もマナ関連の事件への対応はストラフォードが一番有能だと囁き、他にも同様の国があると煽り、協力を取り付けてくる。
純粋な外交だ。専門家に任せた方が上手くいく。
エルデュミオが自分で行くつもりだったのは、『救ってあげた』という印象値を高めるためでしかない。
「恩を着せるという意味での印象は軽くなりますが、ルティア殿下の戴冠式の折りに派手な演出を加え、それらしく見せてはどうでしょう」
「遠すぎるぞ。フラングロネーアでのローグティアの演出が、他国で自分たちにも恩恵が与えられたと感じるか?」
フラングロネーアならば、可能だ。それこそローグティアから少し多めにマナを引き出して、光の柱でも打ち立ててやればいい。『実』の方は既に実行されているのだから。
「時間を合わせて世界全土のローグティアに何かしらの演出を加えることは、神樹の寵児たるお前にならできるだろう」
その程度、とでも言いたげにアゲートは言う。それにスカーレットは苦笑しつつ、修正を加えた。
「できはするでしょうが、すべてのローグティアに干渉するには人の身では負担が大きい。狙ったローグティアだけの演出で済むよう、目印をつけておきますか」
「それができるなら採用してもいい」
戴冠式典で女王が奇跡を起こすのは、ストラフォードにとっても有益だ。聖神教会が何を言おうと、己の目で見た現実は強い。
さらにその後で聖王に疑念を抱けば、天秤はますます傾くだろう。
「結局、ルティアは聖王を差し置いて聖女になっちゃうわけですね」
「世情でそう認識されなければ困る。諦めてもらう」
ただ今回の流れで言わせてもらえば、聖王は自ら己の名誉を打ち捨てる愚行を犯したに過ぎない。
(ルーヴェンたちから脅された時点で、さっさと聖王を降りればよかったものを)
利用する権力がなくなった相手に興味はないだろうから。しがみついたからこそ、名誉以上のものを失う羽目になるのだ。
「アゲート。ローグティアへの目印はお前に任せる」
「分かった」
スカーレットにはエルデュミオの侍従長としての職がある。すでに多くの者にそう認識されているので、急に姿が見えなくなれば勘繰られる。
痛い所はないが、鬱陶しい。
「聖都に送る裁炎の使徒は、フュンフと、あいつの推薦でいいだろう」
しばらくフュンフと行動した結論として、彼自身は問題ないと判断した。
「わたしたちはどうしましょう?」
「裁炎の使徒の報告次第で、動いてもらうことになるだろう。それこそ人質が実際に取られていて、監禁されている場合とかな。必要な時のため、引き続き待機していろ」
「エルデュミオ様、もう一つだけ」
そっと手を上げて、シャルミーナが改まって発言を求める。それにうなずくと、彼女は譲れない信念の輝きを持つ瞳で口を開く。
「相手の舞台を利用する利は理解しております。しかしもし罪なき民が暴力にさらされているのなら、そちらだけは一刻も早く救い出すべきだと思うのです」
リューゲルの民を証言台に立たせ、エルデュミオを改めて邪神教徒と知らしめるための演出は、すぐに行われるわけではないだろう。
証言を聞く、第三者の承認も必要だ。
耳目を集める期間が必ずある。そしてその間のリューゲルの民への扱いが人道に沿ったものとは言い切れない。何しろ聖神教会にとっては、邪教国家の国民だ。
「今リューゲルの民を奪い返せば、証言台に立たせないように画策したと見られる。駄目だ」
マダラとアゲートの繋がりが、事情を知る者の中で真実となる。
「しかし罪なき者が不当に扱われるのを見過ごすなど、正義に悖ります」
「……まあ、寝覚めは悪いな」
苦しんでいる者がそこにいると知っていて、助ける力を持ちながら、手を出さない。
正しく教義に忠実であろうとするシャルミーナには受け入れられないことだろう。
無論、言った通りにエルデュミオとて気分はよくない。
「だが不利益の方が大きい。認められない。代わりに、買収工作はしておこう」
「効きますかね?」
「普通の神官なら、そもそも暴力など振るわない。信心のない神官なら、俗世の利益になびく。敬虔な過激派を抑えることで懐に入れた金の疚しさが薄れるから、効果は期待していい」
力なき者を護るのは正しいことなので、神官の立場とも矛盾しない。
肝心なのは渡す相手を間違えないこと。その辺りの選定はクロードあたりから情報を貰いつつ、裁炎の使徒に任せればいい。
「歪んだ思想をすぐに指導しに行けないのは、無念です。ですが急いで真実を語る機を失う損失も分かります。エルデュミオ様が仰る通りにしましょう」
口惜しそうにシャルミーナは妥協を認めた。しかし続きがある。
「ですが工作が効果を出さないのであれば、見過ごせません。わたしはツェリ・アデラにて身を潜めていたいと思います」
「止められそうにないな。勝手にしろ」
シャルミーナはルティアたちの仲間であって、部下ではない。命令する立場にも、聞く立場にもないのだ。信念に関わる部分とくれば、尚更止められようはずもない。
「ご理解、感謝します」
「ああ」
「シャル、騙されてます。してないですよご理解。絶対」
「え?」
ほっとした様子だったシャルミーナへと、リーゼから忠告が入る。
きょとんとしたシャルミーナと、半眼になったリーゼ、舌打ちをするエルデュミオの図で、誰の言葉が正しいかは明らかだ。
「ディー様は個人を見捨てても国を守ることを是としてますから。必ず邪魔されます。自分だって後で傷付いて落ち込むくせに」
「余計な知恵を付けて、鬱陶しい」
「散っ々、誰かさんが身勝手をしてくれたせいですねっ!」
べっ、と舌を出して不満を隠さずに言い返してくる。
立ち直ったシャルミーナは微笑みを取り戻してエルデュミオを見た。
「ありがとうございます、リーゼ。邪魔が入ることも念頭に入れて行動しますね。エルデュミオ様も、どうぞそのおつもりでお願いします」
「……工作が上手くいくよう力を尽くす」
「はい。わたしもそう願います」
げんなりしつつも、エルデュミオは最善の道を口にした。
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