第92話
「他人事みたいに言わないでもらえるか、第五聖席殿。貴殿ら聖席の者たちがもっとしっかり聖王を選定していれば、もしくはその人柄を見抜いて早々に退席させていれば、今の面倒は起こっていないんだ」
「それを言われると耳が痛いですが……。私のような若輩にできることなど、ほとんどないのが実情です。イルケーア伯爵、貴方とて同じなのでは?」
エルデュミオの立ち位置は公爵家子息であって、公爵ではない。伯爵位を個別に与えられてはいるが、領地は持たない宮廷伯である。
父から領地の一部を預けられ、代官として采配を振るうことは許されているが、あくまで代官として。エルデュミオ自身に基盤という基盤はない。
『いずれ』、イルケーア家の所領全てを継ぐだろうと見込まれているだけである。
どこまでも上位者に庇護されただけの力。その点では、確かにクロードと大差ない。
己を庇護している立場の相手に逆らうなら、相当の覚悟と才覚がいる。
「お止めください、このような時に。誰を責めようと、事態は改善などしないのですから」
空気が険悪になり切る前に割って入ったシャルミーナの正論に、エルデュミオとクロードは共に深く呼吸をして、うなずいた。
「ええ、シャルミーナの言う通りですね。私の力不足は否めず、それは私自身の咎です。失礼いたしました」
「いや、そもそもはストラフォードの者が招いたこと。己の咎を棚上げしたのは僕が先だ。謝罪する」
エルデュミオもクロードも、社交性は低くない。互いに譲歩して、無難に決着をつけた。
「クロード殿、貴殿に行き先はあるのか? なければこのまま、僕たちとストラフォードに来る、という選択肢もあるが」
「ありがたい申し出ですが、どうぞお気遣いなく。一度実家に戻ろうと思います」
神官となりツェリ・アデラに本拠を移しているとはいえ、クロードは聖席に上れる背景の持ち主だ。つまりは自国に帰れば有力貴族の血縁である。不自由はしない。
「当てがあるならいい。正直、うちでは平穏を約束できるとは言えないしな」
ルティアは神聖樹を救うことを諦めないだろう。自分たちの死に直結するのだから当然だ。
この先もルーヴェンたちとの敵対は続く。一市民にまで類が及ぶ状況が発生しないとは断言できない。
「どこまで力になれるかは分かりませんが、私も、貴方と同意見ではあります。国に戻り、世界の安寧のために尽力いたしましょう」
エリザがしたよりもさらにぼんやりとした言い様だが、協力関係となることを示唆した言葉だ。今はそれだけでもありがたいと言える。
「感謝する。……明日は早い。色々あって疲れただろう。今日はもう休んだ方がいい」
「そうします。間違いなく、ここ数年の間で一番の運動量でした」
「ああ、それならベッド使ってくれていいわよ。端と端で寝れば大丈夫でしょ」
王族たるエリザが使っている部屋である。設えられたベッドは、十人が寝転がっても余裕がありそうなほど巨大だ。
「ご遠慮申し上げるべきなのでしょうが……。申し訳ない。ご厚意に甘えさせていただきます」
「どーぞどーぞ」
定型句ではなく、本気で言っているエリザは普通にクロードを促した。豪胆である。
「ディー様は寝ないです?」
「僕は流石に……。耐えられない程じゃない。エリザ、ソファを借りる」
「気にしなくていいのに」
「貴女は気にしなさすぎだけどな!」
さもエルデュミオが気にし過ぎだと言いたげに肩を竦めたエリザに、異論を強調するための、やや強めの語調で返す。
「じゃ、わたしもそっちで」
「お前は別に、それこそエリザの隣ででも寝ればいいだろ。同性なのだし」
「シャルがいますし、まあフュンフやディー様の侍従はできるからって女性を襲うような外道ではないですね?」
「当たり前だ」
そんな人物を側に置いていたら、己の見る目がないと喧伝しているようなものだ。フュンフやアゲートがそこまで卑しい人間性の持ち主だと判断していたら、共に行動などしていない。
フュンフは護衛対象に含まれている人物に手を出すほど愚かではないだろうし、アゲートに至っては人間を欲の対象にしているかから疑問だ。何しろ、存在そのものが違う。
「だから大丈夫ですよ」
「……好きにしろ」
「はい」
念のために寝室の扉は開け放したままで、右からエリザ、シャルミーナ、アゲート、クロードの順に並んでベッドに転がった。フュンフは椅子に座って目を閉じ、仮眠の構えだ。
エルデュミオは隣の部屋に移り、ソファに横になる。リーゼはテーブルを挟んだ反対側で、同じように体を横にした。
「……体、大丈夫です?」
「ああ。シャルミーナの呪紋のおかげで、怪我自体は治ってる。疲れてはいるけどな」
「ですよね。すみません、休みましょう」
「別にいい。すぐに寝入れる気分でもないし。……話したいことでもあったんじゃないのか」
あえてエルデュミオに付いてきたのだ。てっきりそうだと思っていたのだが。
「いえ? ただ少し腹が立ったから、離れたくなかっただけです」
「っ……」
ふてくされたように発されたリーゼの言葉は、不意打ちに過ぎた。
どこに対して腹を立てているかも気になるところだが、理由だけは明解である。
リーゼは純粋に、エルデュミオが心配だから近くにいるのだ。
「もっと力をつける必要がありますね」
「同意する」
しかし力を欲したところで、いきなり達人になれるものではない。
技術の習得には弛まぬ努力と、それを続けた相応の時間が必要だ。
だが今から焦って力を磨いても、はるかに長い期間をかけて己を鍛え上げ、目的を達するまでこれからも鍛え続けるだろうヘルムートには到底追いつけない。
自分がそれほど負けているとはエルデュミオは思っていないが、努力では追いつかない才覚の差というものも世の中にはある。
「……もう少し、話しても大丈夫です?」
クロードが寝入ったのを窺ってから、再度リーゼは小声でそう切り出す。やや不穏な気配がした。
「ああ」
「邪神信者といて、大丈夫ですか」
「……」
正面から問いを投げかけられて、エルデュミオは息をつく。
(そろそろ話すべきか)
ヘルムートに、アゲートと行動しているのを見られている。それはこの先不利にしか働かないだろう。
そもそも、リーゼとて不審に感じたから訊いてきているのだ。誤魔化したままでは、いずれより悪い状況で露見しかねない。
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