第93話

「今から少し、突拍子もない話をする」

「はい」

「あいつは、と言うかあいつとスカーレットは魔神セルヴィードに直接仕えている神人だ」

「はい!?」


 存在を信じてはいても、神の世界の住人に直接出会うとはあまり想像しないだろう。リーゼもそうだったらしく、唖然とした声を出した。


「声が大きい。寝ている奴まで起きるだろ」

「す、すみません」


 リーゼやシャルミーナ、そしてルティアに筒抜けになるだろうフュンフには、聞かれても構わないつもりで話してはいる。

 ただ、クロードには関わりないことだ。彼には黙っていられるならそれでいい。誰にとっても。


「面倒なことに、僕はそいつらに世界を救う人材として見出され、加護を得ている状態だ。どうして僕なのかは……まあ、もう想像がつくだろう」

「ディー様が本物の神樹の御子だから、ですか」

「そうらしい。かつて帝国を建国した初代皇帝が、フラマティア神の神人に導かれたように」


 エルデュミオが告げた内容を、自分の中で処理するためだろう。リーゼは少しの間沈黙した。

 そしておもむろに口を開く。


「シャルたちが、というかわたしたちが信仰してるのって、実はフラマティア神じゃないんです? だってやり直しの奇跡を、シャルもルティアも聖神の――馴染み深い属性のものだと判断してたですよ?」

「やり直しは聖神の奇跡で間違いない。今回のマナ喰いの件、癪だが奴ら流に言うと創世の種の件は、聖神、魔神共に看過できない所業らしい。停戦して共闘している、といった様子だな」

「き、共闘とかするですか」

「それぐらい許されざることらしいぞ。創世の種は」


 とりあえずでもフラマティア神の意思と反していないことは、リーゼたちにとっては幸いだっただろう。

 特にシャルミーナにとっては、大問題であるはずだ。


「そして僕は、あいつらの有用性を認めている。お前もシャルミーナもヘルムートに、創世の種に手も足も出なかった以上、神人の加護は手放せない」


 もしエルデュミオがスカーレットの加護を得ていなければ、今頃シャルミーナは生きていない。もっと悪ければ、この場の誰も生き残っていなかっただろう。


「……だから、僕と距離を置きたいなら好きにするといい」

「え。どうしてそうなるです?」

「どうしてって、お前」


 エルデュミオがずっと抱いていたためらいを覚悟と共に切り出せば、予想外のことを聞いたとばかりにリーゼは横にしていた体を起こしてまでそう言った。


「レア・クレネア大陸において、セルヴィードは邪神だ。その力を使う者も、フラマティア神への反逆者として、聖神教会の勢力圏――要は大陸全土で粛清される立場になる」

「でも、実際はフラマティア神も承知の上ですね?」

「それは神の理屈だ。大衆へは証明できない」


 世論は聖神教会の発表を真実だと考えるだろう。それだけの力と信頼が、聖神教会にはある。


「そこはまあ、後でいいです。大事なのは実ですから」

「実だけで言うなら、そうだ」


 リーゼに判別は難しかったかもしれないが、シャルミーナやルティアにはフラマティア神が起こした奇跡だという確信がある。

 二神が共に事態の収拾を図っていることは納得できるはずだ。


「だったら、何も変わりないですね」

「――……」


 さらりとリーゼに言われて、エルデュミオは喉にぐっと空気が詰まるのを感じた。

 せり上がってきた感情ごと、押し戻すように空気を嚥下する。


「ディー様?」

「何でも、ない」


 それでも、声が震えることは抑えられなかった。


「大丈夫です」

「何がだ」

「貴方が貴方なりに考えて、国やそこに暮らす人々のために行動しているのは、もう疑っていませんから。駄目なことは止めますけど、でも」


 一呼吸おいて、リーゼははっきり一音一音、エルデュミオに違わず伝わるように力を込めて、告げる。


「わたしは、貴方の味方です」


 恐れていたものを払拭するリーゼの言葉は、エルデュミオの心にとても優しかった。

 だが、だからこそ。


「駄目だ」


 拒絶する。


(もし僕が。世界の敵として追い込まれたそのときは、お前には逃げてほしい。当事者ではないリーゼにはそれができる)


 エルデュミオの拒絶にリーゼは寂しそうに、けれど同時に嬉しそうに、瞳に柔らかな光を浮かべて笑った。そしてきっぱりと口にする。


「嫌です」


 エルデュミオがリーゼの身を案じて拒んでいることなど、彼女からすれば筒抜けだ。気遣われた喜びと、苦楽を共にすることを許されないことへの悔しさと悲しさ。

 様々な感情を内包して、リーゼの唇は少し歪な笑みになっていた。


(……不毛だ)


 先に諦めたのは、エルデュミオの方だった。

 本当の意味でエルデュミオが拒んでいるわけではないと分かっている以上、リーゼが譲ることはない。それがエルデュミオにも分かってしまった。


「勝手にしろ。僕もそうする」

「ですよ。勝手にはさせないですけど」


 エルデュミオが妥協したのを悟って、リーゼは再びソファに横になる。


「色々すっきりしました。じゃあ、おやすみなさい、ディー様」

「ああ。……おやすみ、リーゼ」


 一つ心が軽くなったのは、エルデュミオも同じだ。代わりに考えなくてはならないことが増えたが。


(いざというとき、どうやって逃がせばいいのやら、だな)


 相手に逃げるつもりがない部分が、一番の難題だ。

 それでも必要があれば、どうにかしなくてはならない。


 もう少し考えていられると思ったが、瞳を閉じるとエルデュミオはすぐに睡魔に抗えなくなり、眠りに落ちた。

 束の間の休息は、それでも万人に優しい。

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