第90話

「これから、どうするです?」

「まずは急いでツェリ・アデラを離れた方がいい。程度は分からないが、聖王は明確にルーヴェンの味方であることが判明した」

「そうなっちゃうですかー……」


 がっくりと肩を落として、リーゼは息をつく。

 前回の反省を踏まえ、今回は聖神教会と敵対しないようにと心を砕いてきたのだから、当然と言える。


「ディー様の予想、当たり過ぎですよ」


 以前、エルデュミオはルチルヴィエラで「そのうち足を引っ張ってきそうだ」と聖神教会を評している。その件だろう。

 世の中なぜか、悪い予想の方が当たるものだ。


(まあ、聖神教会の件に関しては必然だったと諦めるしかない)


 頂点である聖王が、事が起こるずっと昔から弱味を握られていたのだから。ストラフォードで自由にできた前回には必要がなく、使われなかっただけである。


「巻き込んだ形になってすまないが、クロード殿。貴殿もツェリ・アデラを出た方がいい」

「そう……ですね。迎合したとしても、信用されないでしょうから。疑心から暗殺されるか左遷されるかは確実です」


 エルデュミオと行動し、聖王の弱味を知ってしまった。これだけで排斥されるには充分だ。


「ですがいっそ、躊躇しなくて済むので良かったかもしれません。今の在り方は、ツェリ・アデラの在るべき姿ではない」

「わたくしもそのように思います、クロード様」


 シャルミーナも強く同意する。彼女もクロードと同じく、ツェリ・アデラを離れた方が無難だ。


「ツェリ・アデラを護る務めを果たせないのは、無念ではありますが……」


 ツェリ・アデラ防衛のために尽力してきたシャルミーナだ。口惜しい気分になるのも当然である。


「まずは自分の身を護れ。全てはそれからだ。それに……」


 ツェリ・アデラ侵略は、起こらないかもしれない。

 言いかけた言葉を、エルデュミオは途中で飲み込む。

 ヘルムートの態度や口振りから見ても、彼らは前回自分たちを追い込んだアゲートの存在を警戒している。

 アゲートの力を削ぐためには、世界のマナが聖神寄りであった方が良い。前回とは逆だ。


「それに?」

「……何でもない」


 自分が魔神に依っていることを今ここでシャルミーナに告げることをためらい、答えを濁す。

 もう誤魔化し続ける時間はそうないが、せめてもう少し落ち着いた場所でしたい話だ。


「――ところで、リーゼ。お前を呼びに行ったスカーレットはどうした」


 追及されるのを避けるためでもあり、実はずっと気にもなっていた内容を、最後に接触しただろうリーゼに訊ねる。


「足手まといになるかもしれないから、外から様子を見るって言ってたですよ。あんまりそうとは思えなかったですけど」

「今、スカーレットは調子が悪い。判断としては妥当だ。それでも何もしない奴でもないから、脱出の用意をしているだろう」


 アゲートの様子を見ても、スカーレットの判断は間違っていない。大した戦力にならない場所で存在を露見させるよりも、まだ見つかっていない神人という優位性を維持するべきだ。


「よし、行くか」


 丁度治癒を終え、シャルミーナが手を引くと同時にエルデュミオは立ち上がる。


「はい」


 考えるべきことは大量にあるが、今は身の安全を確保するのが第一だ。




 通路の出口は、聖星の燈火の裏庭に繋がっていた。


「様々な国の王族や大貴族の方がいつも泊まっているので、誰であろうと強引な手に出難く、便利なのです」

「中々強かじゃないか」

「実用されたのは今回が初めてですが。けれど助かったでしょう?」


 エルデュミオの言い様に苦笑はしつつ、クロードは否定もしない。代わりに強かさの恩恵に与ったことを主張する。

 事実なので、エルデュミオも鼻で笑っただけで言及はしなかった。


「夜に門を超えるのは目立ちますし、難しい。朝までこちらで潜伏するのがよろしいかと」

「賛成だ。しかし、僕が取った部屋に戻るのは避けた方がいいだろうな」


 無用な大騒ぎにするのはためらっても、ヘルムート一人をエルデュミオの泊まっている部屋に通すぐらいはするだろう。

 何しろ相手は、聖王の勅令をすぐにも手にして掲げられるのだ。ツェリ・アデラで経営している宿に協力させられないはずもない。


「では、エリザ王女を頼りましょう」

「それしかないか。他国の王族に、あまり借りは作りたくないが……」

「死ぬよりいいです。それに多分、エリザ王女は貸しとか借りとか気にしないですよ?」

「彼女は、な」


 ウィシーズ王国がどうかはまた別の話だ。

 しかし一番安全なのがエリザの元であるのに違いない。選択肢がないとも言う。一晩厄介になる交渉をすることにした。

 エリザが泊まっている部屋へ行き、ノックをする。恐ろしいことにエリザは侍女の一人もつけずに行動しているので、応対も直接本人だ。


「はーい。どなたー?」

「僕だ。少し話がしたい」

「うわっ。嫌な予感」


 あんまりな感想を口にしつつ、エリザは扉を開けた。王宮や貴族の私邸同様、聖星の燈火には控えの間が設置されているので、エルデュミオも然程ためらいなく女性が泊まる部屋へと踏み込んだ。


「随分大所帯ね。何があったの」

「自国の犯罪者と出くわして、狙われているところだ。ついでに聖王がその犯罪者側に味方していて、ツェリ・アデラで安全な場所がない。一晩匿ってくれ」


 ヘルムートなり聖神教会なりが来て似た説明をしたときに、引き渡されては困る。厄介な状態に陥っている状況を、エルデュミオはエリザに隠さなかった。


「いいわよ。じゃあ、奥に行って。ここじゃあ匿いようもないし」

「助かる。だが、いいのか」


 そしてエリザは即断でエルデュミオたちを受け入れる。いっそ頼ったエルデュミオの方が不審を覚えるほどだ。


「あたしは貴方に感謝しているし、今何のために動いているのかも想像がつくわ。それに敵対する相手に付いたって、いいことないでしょ」


 世の権力構造を飛び越して、エリザは世界が生き残るためにどうするべきかで行動を決めた。

 無茶や無謀と評する者もいるだろうし、社会の理に逆らう青臭さだと一笑に伏す輩もいるだろう。

 エリザとて、リスクを考えていないはずはない。それでも己の正道を貫く道を採った。

 賢しらに身を護ろうと縮こまる弱さを一蹴するような勇敢さで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る