第83話
「ごめんなさい。元凶のわたしが笑っていいことではないのですけど。要するに、二人共に言いたいことは同じですよね?」
『だから』成果を出すためにどうするかが重要だと。
「だと思うですけど。どうしてわざわざ敵を作る物言いをするのですかね」
「飴を与えるのは王の役目だからだ」
人は自分に優しい相手の方に心を寄せる。臣下を許すのは王であるべきなのだ。公爵家ともなれば、恐れられ、苦手に思われているぐらいで丁度いい。
この役目が逆転しては面倒が起こるだけである。
「……あ。えっと」
「それとは別に、無能が嫌いだというのも要因だけどな」
「どうせそっちが主要な理由だと思ってたですよ、もう!」
エルデュミオの望み取りに彼の挑発に乗ってから、リーゼは真っ直ぐその瞳を見詰めた。
「やり過ぎないでください」
「そんな下手は打たない」
「打ってたですよ」
「……うるさいな」
事実なので、反論できない。理屈で返せなくなった時点で負けである。
「ルティアの言った通り、貴方は貴方なりの思想で、国に仕えているわけですね」
「僕は貴族だ。お前のように個人にはなれないし、ルティアのように我を通せるわけじゃない」
「……はい」
納得はしていないが理解はした様子で、リーゼはうなずく。
「ときに、シャルミーナ。お前は地下資料庫に入る権限はあるか?」
「いえ。原本を収めた資料庫が存在しているのは知っていますが、限られた一部の者を除いて場所も伏せられていますから。わたしの階級ではその権限がありません」
「まあ、そうか」
残念ではあるが、シャルミーナの答えは予想の範疇内だ。
「エルデュミオ様は、よく資料庫の存在をご存知でしたね?」
「『ある』という想像はつくだろ。興味はなかったけどな。だが興味を持っている奴はいるみたいだぞ」
そして興味を持った誰かの存在が、エルデュミオの関心も引いた。
「では、わたしたちも知るべきですね。――分かりました。正確な道は知りませんが、場所は分かります。見つけ出すことはできるでしょう」
シャルミーナには自信があるようだった。不思議に思っていると、彼女は悔恨の表情で目を伏せる。
「ツェリ・アデラの廃墟で、地下にそれらしき部屋を確認しています。中はすでに何も残っていない状態でしたから、当時は用途が分かりませんでしたが……おそらく、資料庫だったのでしょう」
地下に保管されていた物がすべて失われているとなれば、相当だ。それを奇妙に感じないぐらい、ツェリ・アデラは徹底的に破壊されたということでもある。
「防備の拡張はどうだ」
「そちらは順調に。聖席の皆様方は、元よりマナの異変に危惧を抱いております。エルデュミオ様が人為的な悪意である証明をしてくださったので、より危機感を募らせ、警戒も高まりましたから」
「何よりだ」
やり直しをした以上、ツェリ・アデラはなんとしても護り切りたいものである。
向こうも、同じように陥落させたいと考えているだろうが。
「では改めて、ツェリ・アデラについて理解を深めるとしよう」
「それでは、こちら等はいかがでしょう」
言ってシャルミーナは、自分が持っていた本を差し出した。
「もしかしたら、新しい発見があるかもしれませんから」
「そう期待したいね、まったく」
写された内容を知ることで、原本を見る機会があったときに違和感に気付けるかもしれない。
違いを知ることは無意味ではないと自らに言い聞かせ、エルデュミオは本を一冊手に取った。
結果、聖都ツェリ・アデラについて少しばかり詳しくなったものの、成果はそれだけに終わった。陽も落ちてきたので切り上げて、宿へと戻ることにする。
行きと同じ道を逆に辿って外へと向かう、その途中で。
「――なんとか、口添えを……」
「事が事だ。さすがに不可能だと、分かっていらっしゃるでしょう」
寄進などを受け付けるための個室の一室から、言い争う声が漏れ聞こえてきた。どうやら扉を閉め損ねたらしい。僅かに隙間ができている。
余程慌てていたのかもしれないが。
(不用心だな)
他人事ながら呆れてしまう。
どうも便宜を図ってもらうための相談のようなので、巻き込まれては面倒が起こる可能性がある。
エルデュミオは当たり前に通り過ぎようとして――足を止めた。声に聞き覚えがあったような気がしたのだ。
「どうしたです? 盗み聞きとか、趣味悪すぎですよ」
「馬鹿。違う」
眉をひそめ、小声で非難してきたリーゼに否定してから、そっと壁によって耳をそばだてる。
「どこが違うですか」
「嘆願に来ている男女。元セイン家の伯爵夫妻だ」
「え? えっと……」
ストラフォードの貴族事情に明るくないリーゼは、家名だけでは理解しなかった。
「ルーヴェンについて行った、元騎士団長ヘルムートの家の当主夫妻だ」
ルティアの暗殺に一族の者が加担したとして、セイン家は取り潰しになっている。親兄弟辺りまでは連座で処刑となっておかしくないのだが――ルティアの温情により、家の取り潰しだけで済まされた。
資財も一割ほどは没収を免れているので、慎ましく暮らして行けば食うに困るまではならなかっただろう。間違いなく嫌な顔をされるが、支援を受けられる親類もいる。
「な、何でその人たちが本神殿に?」
「さあな。どうも口添えを頼んでいるようだが……。家の復興か? まさかな?」
いかに大きな影響力を持つ聖神教会とはいえ、あまりに分野が違いすぎる。個人に肩入れするような便宜は、信徒たちからも不審を買う。余程でなければ受け入れまい。
「わたくし共の助力を、お忘れではないでしょう? それに、貴方様のお子が――」
「分かった、分かったから、軽々に口にするのは止めていただきたい」
焦った口調でセイン夫人の言葉を遮る神官の姿は、さすがに確認できない。
「……あれ? 聖神殿の神官って、別に結婚しても問題ないですよね?」
「ああ。神の元に人は平等であるから、身分や国境にとらわれず婚姻を認めている。世の中で一番自由な結婚ができるのは、フラマティア神官かもな」
「だったらどうして、子どものことを口にされるのをはばかるんです」
「子どもが口に出せない悪行に手を染めたか。……もしくは婚姻関係にない女性との子か」
「最低です」
ありったけの嫌悪を込めて、リーゼは吐き捨てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます