第77話

(ルティアにだったら、気付かれてたかもしれないな)


 だが幸い、リーゼにはそこまでの呪紋適性がないようだ。


(ともかく、さっさと済ませるのが正解か)


 マナを過剰に吸い上げるリザーブプールの探索、破壊を依頼する。と、意外なことにいくつか明確な反応が即座に返って来た。


 ――近付くと、喰われる物がある。

 ――近付けない。破壊が難しい。

 ――どうすればいい?


 言語が違うため、やり取りは意思と感覚頼みになる。かなり要約されて伝わってきた答えに、エルデュミオは顔をしかめた。


(ルチルヴィエラの――前回初期に仕込まれたリザーブプールでさえ、リーゼは触れた瞬間に倒れる程一気にマナを奪われた。今はもっと高性能になっていてもおかしくない)


 魔物が近付くのを危ぶむほどだ。あるいは彼らの中では、すでに自律型が対象の中心となっているのかもしれない。

 マナ喰いマナを相手にするなら、人間はもちろん、並の魔物では不可能だ。


(……対象より、マナの支配に長けた者に伝えろ。もし心当たりがないのであれば――……)


 気は進まない。進まないが、それ以上を思い付かないのだから仕方ない。

 覚悟を決めて指示を出す。


(僕に知らせに来い)


 ……ォーン……


 様々な種が入り混じっているせいで、何とも形容しがたい不気味な合唱が周囲から響く。


 エルデュミオはそれが承諾の返事だと分かっているから受け止めるだけで済むが、事態を正しく把握できていないリーゼやエリザにしてみれば、警戒心を高めるものでしかない。


 しかし響きから害意のある声でないことは、二人も察せているようだ。

 そして合唱を皮切りに、魔物の気配は散って行く。どれだけ不可解だろうが、それ以上の行動は起こしようがない。

 エルデュミオがローグティアから手を離すと、リーゼが近付いてきて首を傾げた。


「今の、何だったですかね」

「さあな。大方――」


 適当な言い訳を口にしようとしたエルデュミオの声を遮って、魔物の高らかな咆哮が轟く。

 出所は山の頂上。視線を向ければ、金の毛皮に覆われた四つ足の獣型の魔物が、空を睨み付けて毛を逆立てている。竜ほどの巨躯ではないが、存在感は近しいものがあった。


「あれ、アムルガムガルムですよ!?」


 その脅威は、竜と並べて語られる災厄級の魔物だ。ただ今回アムルガムガルムが姿を見せたのは、こちらを襲うためではないとエルデュミオには分かっている。


(今のはこちらへの警告だ。何に対して――?)


 アムルガムガルムが視線を向けている空を探すが、異常が見付けられない。


「エルデュミオ様!」


『それ』を発見したのは、スカーレットが一番早かった。叫んだ彼の指が示した先を追うと、光の屈折がおかしい部分が見受けられる。

 似たものに見覚えがある。物凄く。


「マナ喰い擬き系ですよ! けど、でかすぎです!」


 リーゼが慄いた声を上げたのも無理はない。陽光によって揺らめき、陽炎のように正体を曖昧にしながらも、そのおかげでどうにか視認できる透明な物体。

 全長は目測でざっと二メートルほど。スライムの比ではない。

 全体的なフォルムはエイに近い。平たいヒレだか皮膜だかを広げ、空を悠々と泳いでいる。


「冗談だろ……。あんな量のマナ、相手にできないぞ!」


 理屈でいけばスライム擬きと同じ方法で倒せるはずだが、相手の質量が巨大すぎる。やるまでもなく分かる。こちらの呪紋は捻じ伏せられてしまう。


「――エルデュミオ。権能を使え」


 顔色を失くす人間たちに構わず、エルデュミオの側まで移動してきたスカーレットがそう囁く。


「神の力の一端を顕現させる権能は、現世に呪紋の形で召喚しても容易く喰われはしない」

「っ……」


 ウィシーズは幸いにして、他地域よりもマナが魔力寄りだ。多少消耗を抑えて発現させられる。


「それしかないか。だがもう一つ。相手が空にいる」

「そちらも、問題はないかと」


 言ってスカーレットが目を向けたのは、未だ山頂に留まるアムルガムガルム。人間同士であれば視線など交わしようもない距離があるが、顔を向けられたアムルガムガルムは応えるように吠えた。


 同時に、エルデュミオたちの周囲に具現化した魔力の板が複数出現する。それらは空まで続いていた。

 足場として提供する、ということだろう。理解して、頬が引きつった。


「問題はあるだろ!」


 安全面が心許なさすぎる。


 だが足場のために呪力と集中力を削がなくていいのは助かった。エルデュミオは黒い半透明の板へと足をかける。


「魔物の作った足場ですよ!?」


 エルデュミオよりもずっと忌避感を滲ませ、リーゼは否定的な声を上げた。


「あいつも、あれが世界の敵だと理解している。これは間違いなく僕たちへの支援だ」

「――あぁ、もう!」


 どちらが世界にとって危険かなど、言うまでもない。自棄になった調子でリーゼも板の上に乗った。


「おい、お前は来なくていい。どうせ戦えないだろ」

「む? 失礼ですね。こう見えても、アレ系相手でエースだったのはルティアとわたしですよ?」

「何だと?」


 エルデュミオが信じがたいという感情を隠せなかったのは仕方ないだろう。マナ喰い擬き系を相手にするには、金眼持ち並みの呪紋構成力、維持力が必要となる。

 そしてリーゼにそこまでの才はない。


「足を引っ張るだけの嘘はつかないです。信じてください」

「……いいだろう。行くぞ」

「はいっ」


 エルデュミオが自身を認めたことに、リーゼは嬉しそうに笑顔を見せて大きくうなずいた。


「ヴァスルール。お前はエリザ王女を退避させろ。必ず護り切れ」


 裁炎の使徒に向けて言う『必ず』とは、文字通り命に代えてもという命令だ。


「承知しました。――王女殿下、こちらに」

「そうね……っ。悔しいけど、あたしが手を出せる相手じゃなさそう。必ず戻ってきて、後で説明お願いねっ」

「ああ」


 当然、エリザに話す情報は選ぶが。

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