第47話
緊急会議が開かれてから、三日が経った。
現在、王都の空気は非常に悪い。
騎士の巡回回数と人数を増やしたことで新たな被害は防げているが、自由な交通はほぼ遮断されているに等しい。町全体に鬱屈とした気配が漂っていた。
最低限の流通は騎士の護衛付きでどうにか確保しているが、手間も金も余計にかかる。物資の逼迫が人々に影を落として行くのが、日に日に強く感じられた。
「原因らしきものは未だ発見できず、今日は朝から魔物の目撃情報すらなし、か」
自分の執務室の机に座って頬杖を突き、感情のこもらない声でエルデュミオはそう呟く。
「隊長はどう見ますか? 楽観的に考えるなら、仕掛けを施した魔物の討伐が大方済み、手駒がなくなったという可能性もありますが」
「ああ、実に楽観的だ。そうであってくれるなら言うことはない」
言っているレイナードも応じたエルデュミオも、これが収束に向かう静けさだとは考えていないことが共有された。
(だが、妙ではあるんだよな……。僕の見立てでは裁炎の使徒と邪神信者は別組織だ。どうして魔物がフラングロネーアを襲っているんだ?)
聖神教会が襲われたというなら、まだ分かる。二勢力ともに排除したい理由があった。それで通じなくはない。
(記憶を保持しているルティアがそんなに邪魔か? とはいえ、今のところはほぼ前回をなぞった結果しか出していないんだが……)
どちらでもいいから誰かを捉えて、目的と黒幕を吐かせてしまいたいものである。
息をつき、エルデュミオは視線を机の上の本に戻す。
内容は、現状とはほぼ関係がない。事が終わるまで連絡を受け取りやすいよう、レイナードと執務室に詰めておくのは決めていたので、その間の時間潰しだ。
本の題名は『レア・クレネア大陸記』。ようは史書だ。
帝国建国以降、邪神と呼ばれるようになったセルヴィードが、一体どのような存在であったかを探るつもりで、図書館から借りてきた。
(とはいえ、帝国以前はほとんど神話と変わらない書かれ方だ。大した参考にはなりそうもないな)
「レア・クレネア大陸記……。ずっと読んでいらっしゃいますが、気になることでもあるのですか?」
「ないわけじゃないが。やはり現存の資料で読み解くのは難しいと思い知っているところだ」
帝国時代を経て残っているのだから、当然と言えば当然。セルヴィードと彼の神に従う者たちの描写はあれど、やはりどこまでも悪しきものとして描かれている。
(収穫といえば――スカーレットが言っていた通り、神としての在り方はフラマティア神とそう変わらなさそうだというぐらいか)
己の信徒には奇跡や恩寵を与え、守護をする。勿論それは悪しき脅威として書かれているわけだが、立場を変えてみれば信じた相手が違うだけ、というだけのような気配があった。
そしてエルデュミオにその考えを与えた張本人であるスカーレットはといえば、いつも通りの様子で淡々と仕えている。
(魔物の行動が変わった以上、近いうちに事態は動く)
どうせなら騎士団が元凶を見付けて解決するのが一番望ましかったが、もうその時間はなさそうだ。
(明日か、それとも――)
考えた矢先に、警鐘が鳴る。
「!」
息を飲んで顔を上げたのは、ただの反射だ。
予想通りではあるが、今日のフェリシスは王都外周の警戒に出ている。できる限り遠ざけておきたいというのが明らか過ぎて、いっそ他の意図を勘繰りたくなる程だ。
飲んだ息をゆっくり吐き、視線を本のページへと戻す。
外で何が起こっていようとも、第二部隊ができることは何もない。少なくとも今のところは、エルデュミオにとって予定内だ。次に事態が進展するまで動くべきではない。
「騎士団は、持ちこたえられるでしょうか」
このときが来るだろうと覚悟はしていても、不安は別物。レイナードは窓へと目を向け、ここからでは見えない外壁に詰める、大枠で言えば同僚となる騎士たちを気遣う言葉を呟いた。
「まず大丈夫だろう」
間違いなく怪我人は出るし、死者も出る。そういう意味でも許されない謀だ。
だが言った通り、大勢についてエルデュミオは心配していない。騎士団の誰がどこまで分かっているかは不明だが、会議で様子を見たところ、不測の事態に戸惑っていた者はいなかった。
冷静に、異常な魔物からの攻撃に対処しようと努める。そういう空気感だった。知っていながら振りをしていただろう誰かを含めて。
そうであるなら、王都を破壊するような展開はほぼ考えなくていい。
(自演の手段として、危機を救う立役者になるのは古くからある手法と言えばそうだが)
今回騎士に直接命を助けられた者は勿論、魔物を追い払う頼もしさに、多くの民は好感を抱いたに違いない。ああ、やはり自分たちには騎士が必要だと。
ルチルヴィエラでルティアが行った儀式の功績など、意識の中から吹き飛ぶレベルだ。
――実に、面白くない。
意識を塗り替えられたのも、無関係な民に無駄に犠牲が出る手段を選んだことも。
(国力を損なう方法を取るなど、貴族にあるまじき下策)
そう、思った。
思ってしまった。それもまた、エルデュミオの心をかき乱す。
政敵の排除のために必要であるなら。それがストラフォードのためになると確信しての行いならば、手段として無しではないはずなのだ。エルデュミオの常識と理屈では。
今エルデュミオが不快に感じているのは、自分の中の理屈と折り合いが付けられない感情。
己の目的のために、関わりのない人間を巻き込む。手段そのものがすでに不愉快だ。事によっては切り捨てるのもやむなしと断じているはずの、平民の被害にさえ心がざわつく。
あってはいけない考えだ。貴族が施すべき慈悲の範囲を超えている。
だが心を占拠するその思いを、一体どうやってどかせばいいのか。
(今は、まだいい。敵がやったことだ。企みを潰すのは当然。だが……必要があって、やるべき時。こんな心境でいて僕は正しい選択ができるのか……?)
そもそも、『正しい』とは何なのか。
これまでのエルデュミオにとっては、貴族としての在り方を護るための全て。これが何より優先される。
だが、真実心に宿るのは――。
はあ、と息をつき、最早集中できなくなった本を閉じた。それから立ち上がって、レイナードの隣で窓の外を見る。
城の正門からは、頻繁に伝令兵が出入りしていた。戦況がある程度余裕のある証拠だ。現場が混乱する事態に陥ると、伝令さえ滞る。
「大丈夫そうだろう」
「はい」
行き来を見詰めるレイナードの視線は動かないが、同意は返してきた。
遠く町の外壁の外では、火柱や氷柱、雷などの呪文が飛び交うのが見える。どのような状況になっているかは、さすがにここからでは窺い知れない。
そんな光景を見続けて、およそ数分後。扉を開けて第二部隊の騎士が飛び込んでくる。
「隊長! 緊急のご報告ゆえ、失礼いたします!」
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