第22話

「リーゼは、良い娘なんですよ」

「お前にとってはだろう」

「そ、そうですけどそれだけではなくて。人として、良い娘なんです」


 両拳まで作ってルティアは力説する。彼女のそんな幼げな行動を見たことがなかったので、エルデュミオはやや呆気にとられた。


「……人が好いのは、否定しないが」


 ルティアが一生懸命なのは分かったのでどうにも否定はし難く、どうにかそう絞り出す。

 明らかに好ましく思っていないようなごろつき相手でも、命を奪うことを忌避するぐらいだ。エルデュミオからすればそれだけで人が好い、と言える。

 ルティアやリーゼが聞けば、『普通だ』と言われそうな感覚のずれであるが。


「そう、そうなんです! 少し偽悪的な言い訳をつけて振る舞う所がありますが、それも優しさゆえがほとんどです。他者に対して気遣いを欠かさない、良い人なのですよ」


 エルデュミオが僅かに肯定を示せば、ルティアは満面の笑みで言い募ってきた。食いつきの勢いが尋常ではない。


「どうしてお前が必死なんだ」

「リーゼはわたくしの、初めてのお友達です」

「……」


 友人と紹介できるその相手と関係性が、とても嬉しいらしい。胸を張って誇らしげにはしゃいで語るその様子は、とても傀儡姫とは思えない。というより、一国の姫君に思えない。


「馬鹿馬鹿しい」

「馬鹿馬鹿しくなんてありません。エルデュミオ、さては貴方、友達がいませんね?」

「は、ァ!?」


 いきなり突飛な指摘をされ、エルデュミオもつい、奇妙な声を上げてしまった。


「友人の大切さや嬉しさが分からないのは、貴方が友人と共に絆を育んだことがないせいです。絶対です」

「……おい。ふざけるなよ? 僕に友人がいないわけないだろ」


 ――社交さえも言いなりの、傀儡姫ではあるまいし。

 声には出さなかったが、視線で伝えた。ルティアもそれを正確に受け取る。


「それは、命を懸けられる友人ですか?」


 笑み崩れた表情を真剣なものへと変え、しかし瞳に穏やかで強い光を宿したまま、ルティアはそう問いかけてきた。


「わたくしは、彼女のためならば命を懸けます」


 そしてエルデュミオが応える前に、そう続ける。微塵の揺らぎのない表情と声で。


「……」


 己の命を懸けても惜しくない相手を指して言うのならば、ルティアの言う通り、エルデュミオに友人はいない。というより、自分以外のために命を懸けるような相手がいなかった。

 それこそ、肉親である両親に対してさえ。


 他人のために命を投げ打つ行いを愚かと断じられないのは、ルティアもまた、そのような相手がいない生活を送って来ていたと知っているからだ。

 両方を知ったうえで、ルティアは選んだ。

 片方しか知らないエルデュミオに反論できるはずもない。


「その大切なお友達が否定されたら悲しいし、肯定されれば嬉しいです。……でも、少しはしゃぎ過ぎました。ごめんなさい」


 ルティアにとってどれほど大事なことであっても、エルデュミオからすれば興味の対象外。自分の感情を押しつけすぎたと、ルティアは謝罪する。


「……いや」


 正直に言えば、友人の件も含めて少々不愉快ではあったのだが、エルデュミオは眉を寄せつつも首を横に振った。


「意思があるのかないのか分からないような、ガラスの瞳で笑っているよりはマシだったぞ。鬱陶しいけどな」


 ルティアの友人自慢に延々付き合わされるのは御免である。だからうんざりした様子は隠さずに、しかし彼女の変化を否定はせずにそう言った。


「ありがとう、エルデュミオ」

「……ふん」


 ほっとした様子で、表情に笑みを取り戻しつつルティアは礼を言う。

 微笑みを湛えたルティアの顔など、見飽きるほどに見ているはずだ。なのに今、新鮮な心地さえ味わっている。

 血の通った本物の感情には、作り物には生み出せない熱が宿るものなのだ。


(思えば、ルティアとこんな話をすることもなかったか)


 ルティアが本当はどんな人物であるのか、エルデュミオは何も知らないに等しい。おそらくルティアも同じだろう。

 そして、気が付いてしまった。

 ルティアだけではない。周囲の誰とも、満足に話などしてきていないことに。


(つまりそれは、さっきルティアが言った僕には友人がいないという……)


 そこまで考えて、思考を中断する。今は考えたくない。

 意識を変えるため、エルデュミオは話を元に戻すことにする。


「リューゲルで依頼した報酬の件で、リーゼは近く僕の私邸に来るはずだ。そのときにルチルヴィエラ同行の話をしてみよう」

「あの、エルデュミオ。貴方の私邸になら、わたくしが行っても問題ありませんよね?」


 実際、リューゲルの査察を勧めた時には訪れている。

 身分的には交流を咎められる間柄ではないが、あまり頻繁なのは遠慮したい、というのが本心だ。


 エルデュミオとルティアは近い血縁者だが、婚姻は可能。年齢も問題ない。下世話な話の種には充分なり得る。

 会う機会を作り出すのも難しそうな友人に会いたい、という気持ちは理解できるが。


「僕は醜聞で茶会を賑わせるつもりはない。どうせルチルヴィエラで会うんだし、我慢しろ」


 諸々を考えて、拒否することにした。


「そうですか……」


 ルティアは消沈した様子で項垂れる。つまり諦めたということで、状況を踏まえた判断をするぐらいの自制心はあるようだ。


「ではどうか、リーゼによろしく伝えてください」

「……それぐらいなら受けてやるが。僕は伝書鳩じゃないぞ。気安く使えると思うなよ」


 調子に乗られて軽々に頼まれたくはなかったので、そう釘を刺しておく。


「そう言えば、どうやって友人と呼べるようになるまでに交流を得たんだ?」


 リーゼからルティアの友人だという話を聞いたときも思ったが、やはり彼女たちの距離は遠すぎる。

 会うのが特別になるぐらいの頻度で、果たして十分な親交が深められるものだろうか。


「色々あって、わたくし世界を旅したのです。そのときに一緒に行動をして、ですね」

「王女が旅……? ああ、ローグティア絡みか」


 自らがローグティアに触れたときの現象を思い出し、納得した。


(ローグティアの――神聖樹の異変は進んでいて、その対処ができるのが金眼の持ち主しかいなかった、ということだろう)

「ええ、そういうことです。……リューゲルのローグティアに新しく咲いた白い花は、人々を癒す高純度のマナが多量に含まれているそうです。貴方が顕したマナの形は、とても優しいですね」

「必要な形にしただけだ」


 にこにこと笑って言うルティアの言葉が、どうにもむず痒い。


「神聖樹のマナに触れた貴方なら、分かると思います。ルチルヴィエラのローグティアを変えようとしている魔力を、急ぎ退けなくてはなりません」

「分かった。準備は整えておく」


 魔力を全面否定するのを考え始めたエルデュミオではあるが、何も手を付けていない現状、変化を受け入れるのはまだ早い。

 今は従来通り、聖神に依る呪力が世界の権威を握っていた方がやりやすいのだ。


「お願いします」


 用件以外にも共有しておきたい情報が互いに多かったせいで、やや長話となってしまった。王宮の執務室とはいえ、人払いをした部屋にこもるのは限界だろう。


「では、今日はこれで失礼します」

「ああ。……気を付けろよ」

「はい。貴方も」


 ルティアに協力するのなら、彼女を殺害したい者にとってエルデュミオもまた、邪魔者となる。ルティアの警告に軽くうなずいて返した。

 扉を開けてルティアを送り出し、代わりにスカーレットと二人に戻る。

 これから第二部隊の中からある程度まともに戦える者を選出し、護衛のための部隊を作らなくてはいけない。勿論、派閥を考えて。


(いきなり、やるべきことが増えた気がする)


 片付ける順番を決めて取り組まないと、見落としそうだ。

 億劫な気持ちはため息とともに捨てて、エルデュミオは作業に取り掛かることにした。

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