第20話

 流されるだけしかできない弱さを哀れんでいたという部分もあったわけだが、わざわざ口に出したりはしない。


「だが僕も、まさか本気だとは思わなかった。せいぜい脅しの範囲だろうと考えていたんだが」

「はい。わたくしもそう思っていました。ですがどうやらこの王宮内にも、敵がいるようですね」

「敵、ね」


 ルーヴェンを旗頭とした武官派は、現状のルティアにとって間違いなく敵である。その中でも命を狙ってきた強硬派は排除しなくてはならない。それは当然だ。

 しかしルティアが一切の容赦なく『敵』と切り捨てたことに、良い気分はしない。

 敵ではあるが、ストラフォードの臣下であり、民だからだ。

 相容れなくとも排除したとしても、彼らの意思だけは王の中に残ってもらいたいものだ。


「ああ、いえ。おそらくわたくしの想定している敵と、今貴方が思い浮かべた者は違いますよ、エルデュミオ」

「違う?」

「はい。そのことについて、貴方と話し合いたいのです。人払いをお願いできませんか」


 言ってルティアはスカーレットを見た。

 エルデュミオとしても、ルティアと話したい内容はやや荒唐無稽なものとなる。了承してうなずいた。


「いいだろう。スカーレット、少し外せ」

「はい」


 異を唱えることなく、スカーレットは退出して扉を閉めた。まずないだろうが、来客があっても上手く対応してくれるだろう。


「――信じがたいとは思いますが、この世界のこの時間軸は、二度目なのです」


 スカーレットを見送ったルティアは改めてエルデュミオに向き直り、そう告げてきた。


「……ほう」


 それに対してエルデュミオは、否定とも肯定とも取れない短い言葉を発しただけ。


「馬鹿馬鹿しい、と切り捨てないのですね」

「お前が勧めてきたリューゲルの視察で、少し思うところができた」

「と、言いますと?」

「ローグティアに触れると、僕が経験していないはずの記憶が甦ることがあった。未来を見せているのかとも思ったが、そんな話は聞いたことがないしな」


 一般的にローグティアが見せるものは過去だ。それも通常は映像のように強く現れたりはしない。あくまで本人が思い出すきっかけを与えるだけ。

 効果が強く作用したのは、神聖樹と親和性の高い金眼の持ち主ならではだと思われる。


「それに、お前の行動はおかしすぎる。同じ時間軸を繰り返し、先に起こることを知っていると言われれば、その方が納得できるぐらいには」

(マダラの言っていた『やり直し』と、ルティアが言った『敗北した』も噛み合っている)


 ローグティアが見せてきた世界の変革も、過去の事実という判断でいいだろう。


「お前たちは……というか、世界は邪神崇拝者に負けたのか」

「……そうです」


 己の至らなさを噛み締める悔恨の表情で、ルティアはうなずく。


「そして僕は、そこに至る以前に死んでいるな?」

「はい。聞きたいですか?」

「分かっていて同じ道筋で死にたくはない。聞いておこう」


 危険を分かっていれば避けることもできる。災いの目を潰すこともできるかもしれない。知って悪いことはないだろう。


「貴方の最期は、リューゲルでした。今からおよそ半年後のリューゲルでは、邪神崇拝者が町の住民たちを生贄に捧げ、混乱の極みにありました。わたくしたちが町を訪れ生贄という名の大量殺人を犯していた者たちを捕らえた後――貴方はイルケーアの名誉を護るため、罪なき住民たちをも邪神崇拝者として口を封じようとしたのです」

「ああ、分かった。そのときにはもう、オルゲンも関わっていたな?」


 オルゲン自身が、というよりもマダラの魔術よって操られてかもしれないが、被害者が出たあとではどんな言い訳も無意味だ。

 セルジオをとりあえず移送、罷免だけで済ませているのは、犠牲者が出る前に間に合ったからに他ならない。もし犠牲者が出ていたら、住民たちの目に見えるところでセルジオを処刑していただろう。


「はい。その通りです」


 大量の殺人を犯すような人物を代官に据え、しかも事が起こって半年間も気が付きもしなかった無能。

 その不名誉を避けるため、町の住民たちに全てを押しつけようとしたのだ。彼らは自ら望んで生贄となった邪悪な邪神信徒で、代官は無関係だと貫くために。


(実行しようとして、逆に僕が殺されたわけか)


 奪われ続けた被害者だというのに、この上、更に汚名を被って死ねという。必死に抵抗をして当然だ。それこそ、相手を殺してでも。


「確かに、僕ならそうする」

「実際、しようとしましたから。間違いなく。けれど別に貴方は好んで人を殺すような殺戮者ではないし、生まなくていい被害は避ける人です」

「そうだな」


 そしてほんの僅かに、変化もしている。

 かつてのエルデュミオであれば、利害のみで判断した。人が抱く感情の重さというものを知らなかったからだ。

 だが今は、できれば誰かに不都合を押しつけるやり方は選びたくない、と思っている。

 あくまでもできれば、だが。

 エルデュミオにとって己の名声と権威が最重要なのは、何も変わりない。


「ではお前の言った『敵』というのは、邪神崇拝者のことか」

「そうです。前回のわたくしも、城に侵入した狼藉者に襲われました。当時は恐慌状態で必死に逃げ、叶ったものと思っていましたが……。今にして思えば、武官派によるただの脅しだったのでしょう」


 恐慌状態に陥った姫君がどうにか逃れられたぐらいだ。間違いない。

 城に侵入できるような手練れが、素人に後れを取るはずがないのだから。


「ですが今回は、本気でした。貴方が通路を確保してくれていなかったら、どうなっていたか分かりません」

「他の道は?」

「塞がれていました。ああ、今は直してありますよ」


 ルティアからの情報で、後で確認しようと思っていた手間が一つ減った。


「神の奇跡のやり直しは、お前たちだけのものではないと言っていたな。つまり邪神を崇拝する敵対者の中にも、記憶保持者がいると」

「おそらくは。それ以外にも、貴方のようにおぼろげに覚えている人もいるのでしょう」

「成程な」

(つまりマダラは覚えている奴、ということか)


 ますます、捕縛が急がれる。


「以上を踏まえて――。わたくしは急ぎ、王座を得たいのです。神聖樹に迫る悪意に、世界として対応するためにも」

「事情は分かった」


 ルティアと違い、ルーヴェンは行動を起こしていない。おそらく記憶を持っていないのだろう。

 そうでなければルティアとて、エルデュミオに協力を仰ぐまでもなく、ルーヴェンと共闘を図るはずである。

 先に起こること、あるいはすでに起こっている異変を把握していないルーヴェンでは、後手に回る可能性が高い。ルティア自身がやるしかないのだ。

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