第13話
「始めからそうするつもりだったから、警備軍に突き出すのも迷わなかったですね」
「当然だろう」
ルティアのため、リューゲルの町に混乱を与えて行政を滞らせないため。
その二つを盾にして、本来責任を負うべき部分からも、イルケーアだけは身を護る。
「『誰かが困る』を常に作り出して、声を上げることさえ許さない。よくできていますよ、本当に」
「ルティアの友人であるお前も、益を認めた。だから呑むんだろう?」
自分の都合で事実に手を加えることを妥協したのだから、リーゼとて同類。そうエルデュミオは指摘する。
「……ですね。でも、ルティアは違いますから」
「どうかな。僕の票を欲しがるぐらいだ」
「他に方法がなくて、やむを得ないからです。ルティアなら、きっと……」
「目的は手段を正当化しない。一度道を進めば、後戻りなんかできないんだよ」
やったことは変わらないのだから。
「それでもルティアをどこまでも清廉潔白にしておきたいのなら、黙っておけ。そしてお前がすべてを持っていけばいい」
「そのときは、貴方ももちろん連れて行きますですよ。ルティアの治世に毒は残したくないですから」
「ふん。やれるものならやってみろ」
イルケーアの権力を削ごうとする者も、家を陥れようとする者も少なくない。そうした敵に勝ち続けたからこそ、今のイルケーアがある。
平民の娘一人にできることなど、ほとんどないと言っていい。
「それまでは精々、僕の名誉を護るんだな。大切なルティアのために」
「くぅ……っ。めっちゃめちゃムカつくです」
「では、契約成立だ」
言葉にして告げると、リーゼは小さくうなずいた。
「行き先は?」
「グラーネ領都トルトーワだ。父の手に渡るように手配をするところまででいい」
直接渡さねばならないような重大な件ではない。すでにスカーレットに手配された手紙が届いているはずなので。
「分かったです。……ところで、どうしてわたしに頼もうと思ったです?」
「お前の足の速さを買っただけだ。近頃は物騒なようだから」
「……確かに、そうですね」
エルデュミオにとっては、保険をかけておこうといった程度の認識にすぎない。しかしリーゼの反応は、エルデュミオの意識よりも真剣だった。
「正式に確認はしていなかったが、お前は冒険者だな?」
「ですよ。ちゃんとギルド登録もしているです」
「町から移動することは多いのか?」
「まあまあですね。それがどうしたです?」
質問の向かう先が分からなかったのだろう。リーゼは不思議そうに、意図を直接訪ねてくる。
「魔物被害がそんなに深刻なものなのかと気になっただけだ」
「……まだ、支障があるほどではないですね」
「『まだ』?」
話の繋ぎとして、別におかしくはない。
だがルティアの、まるでリューゲルに起こる事件を知っていたかのような言動の後では引っかかる。
何しろリーゼはルティアと親交があるのだ。
「ええ。これ以上増えたら対策が必要だと思うですが。……どうしたです?」
「いや」
(考え過ぎか)
リーゼの答えは至極普通で、エルデュミオは追及を止める。
「僕は民間のギルドを利用することなどないから、相場が分からないんだが。いくらぐらいの報酬が妥当なんだ?」
「諸経費込みで、六千リウシル、ってところですかね」
「次にお前と会う機会があるかわからない。そのときは王都にある僕の屋敷に来い」
リーゼが提示した金額が本当に適正かどうか、エルデュミオには判断できない。
しかし彼からすれば持ち合わせがないぐらいの少額であったため、相場を調べる方が面倒だと言い値で受け入れた。
「分かりましたです。依頼証明書のようなものはあるです? 報酬受け取りのときに揉めたくないですが」
「ああ……そうか」
言われて困った。
紙とペンがあればそれで済む話だが、生憎ここにはどちらもない。
「んー……。じゃあ、いいです。話を間違いなく通しておいてください」
「それでいいのか?」
「もちろん、ギルドでは駄目ですよ。でも個人依頼ですから。わたしと貴方の双方が納得していれば問題ありません。今後の信用問題に発展するだけです」
「僕が金のやり取りを反故にするとでも? 冗談は寝てから言え」
そして契約を疎かにするほど、法を軽んじてもいない。
ただし、平民を軽んじている貴族はとても多い。エルデュミオ自身を含めてだ。
確かにリーゼへの支払いなど、踏み倒すのは容易だ。リーゼも承知している。まず証拠を求めたのがその証。
その上で、エルデュミオの言葉だけを証拠に引き受けるのだ。
自分に降りかかるかもしれない不利益を想定して、しかし先に信頼を示した。
その気持ちを踏みにじるのは、酷く罪深い行いに思える。
(平民相手に、罪も何もないだろうに。だが、僕は……)
今確かに、罪悪感を覚えるだろう自分を想像した。おそらく、夢で見たあの時と同じように。
「そう願いたいですね。貴族の皆々様は、ふつーに平民との約束をなかったことにしますけど。――では、旅の準備をするので、わたしはこれで」
「……ああ」
リーゼの言葉が、貴族であるエルデュミオに対して棘が含まれているのは致し方ないことだろう。
(そうか。だからか)
宿で見た娘の挙動に一つ納得がいった。
平民にとって貴族というものは、契約さえ踏み倒す理不尽な化け物なのだ。道理の通じなさは、それこそ魔物と大して変わらない。
日々の生活に密着している分、魔物よりも厄介に感じている者までいそうだ。
軽く頭を下げてからリーゼは来た道を戻りかけて、はっとした様子で足を止めた。それから慌てて戻ってくる。
「ええとですね。もしわたしがいない間に何かあっても、ローグティアの樹の周りで穢れを生まないでくださいねっ」
「進んでやるつもりはないが」
「絶対に、です! 理由は、さすがに貴方にだって分かるでしょう」
リーゼの言葉に、エルデュミオは黒ずんだ花びらを思い出す。だがうなずけない。うなずきたくない、というのが本当のところだ。
「神聖樹と繋がる樹だぞ? 穢れなど、むしろ浄化しそうなものだが」
「そう。神聖樹と繋がってるですよ。穢れを直接取り込むことだってあり得るのです」
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