第3話
エルデュミオの現在の役職は、近衛騎士団の第二部隊隊長である。
近衛といえば王の最期の盾であり直属の剣として集められる精鋭中の精鋭だが、第二部隊は少々毛色が違う。
身目の良い貴族の子息女が集められた、お飾り部隊だ。
第二部隊は主に一般市民に対する印象操作と、外交の場における演出に動員される。
ようは騎士とは華やかで格好良く、物語を現実に持ってきたような勇壮さを兼ね備えた名誉な職業ですよと主張するのだ。
とはいえ名目上は騎士であるし、見栄えのための部隊だからこそ、ある程度の実力は必要となる。剣の振り方も馬の乗り方も知らない、という者はさすがにいない。
裏を返せば『格好良く馬に乗って行進できるだけの馬術と、派手で華やかな剣と槍の打ち合いができる武術』以上は求められないということでもある。
ただし求められないのとやらないのは別の話なので、実は第二部隊にもそこそこの実力者はいる。そこそこの域は出ないレベルではあるが。
そういう理由で、式典がないときの第二部隊には、基本的に仕事がない。
この体制には王室、貴族共に幾度も議論に掛けているが、変化がないのが答えである。下手に貴族の子息女が集まっているせいで、権力だけは強いのだ。
その隊長に王族と血縁関係のあるエルデュミオが就いたのは、自然の流れと言えるだろう。
「と、いう訳で僕はしばらく王都を留守にする。何かあれば対処しろ」
「承知いたしました」
副隊長である伯爵子息のレイナードに引継ぎを済ませ、出立の準備は完了だ。
(何かあれば……と言っても、何が起ころうが僕たちには大して関係がないだろうが)
第二部隊に武働きを期待している者は、この王宮内では皆無である。
「そう言えば、隊長。ルチルヴィエラの大樹の件ですが。第三騎士団が研究者に同行して調査に向かうとのことです」
「ふうん」
さして興味もなさそうに、エルデュミオは己の髪をくるくると指先に巻き付け、離してを繰り返す。
ここしばらくルチルヴィエラの町にあるローグティアに異変が見られるという話は、エルデュミオも知っていた。
同時にルチルヴィエラ周辺で植物の育ちが悪くなっており、湖の水位が下がったという話も流れてきている。魔物にも凶暴化の傾向が見られるらしい。
関連性も含め、研究者が調査のために向かうのも、一行に騎士が護衛に付くのもおかしくない。
(だが、今か)
フェリシスの所属は、正にその第三騎士団だ。
ルティアが傀儡として望ましくない行動を取った途端にこれである。唯一彼女を損得なしに守ろうとしてくれる騎士を引き離そうというのが、果たして偶然か。
偶然だと流すのなら、その人物はおそらく長生きできないだろう。
(明け透けすぎて、いっそ笑える)
フェリシス自身はルティアと親しいようだが、生憎ルティアの後ろ盾であるリッツハングマー侯爵は文官派。敵対派閥だ。
「ルティア王女の予定を知ってるか?」
所詮は傀儡姫だ。いきなり殺そうとはしてこないだろう。おそらく脅しの範囲は出ない。
それでも念のため、彼女の動向を訊ねてみる。
「神殿にて祈りを捧げる他は、特筆すべきことはないかと」
「分かった。――そう言えば、第三会議室の花瓶だが」
「はい」
「古くなっていて見た目が悪い。適当な頃合いで整えておけ」
「承知しました」
レイナードは僅かにほっとした息をつく。良心の呵責でも感じていたのだろう。
エルデュミオ自身は、正直よく分からない。
ルーヴェン王子派にしろルティア王女派にしろ、どちらかに付けば面倒なのは分かりきっている。エルデュミオたち貴族派が放っておかれているのは、現状、それで均衡が取れているからだ。下手に突いて相手に与されては困る、というのが文官派も武官派も一致している。
動いた瞬間、巻き込まれるのは確定だ。その降りかかってくる面倒さを覚悟してでも、担ぎ上げられた従妹を助けたいと思うかどうか。
(……そこまでじゃないな)
そもそも、二人が傀儡の旗頭でしかないことなど全員が承知している。黙って推移を見守っていれば、王族殺しを進んでやりたい者などいない。
そしてエルデュミオからすれば、担ぎ上げられて傀儡となっている時点で、どちらにも王の才覚など期待できない、と思っている。
だからと言って王を支えるのではなく、我欲を暴走させている臣下たちも論外。
(まあ、黙って見ている時点で僕も同じ穴の狢だが。けれど担ぎ上げるべき王候補があれで、どうしろというんだ?)
二日前まではそうだった。だが、今は少しだけ迷ってもいる。
自身で動き出したルティアの才覚がどれほどか。それ如何によっては――
(馬鹿馬鹿しい。今の今まで王を支える一臣下、しかも姫君として生きてきたルティアだぞ)
いきなり王座に座るのに相応しくなれるはずもない。
(現実的には、魔物が奇妙な動きを見せている今はルーヴェンに王を継いでもらった方が国は安定するだろう)
彼の後ろ盾である武官が力を得て采配を自由に振るえる方が、魔物被害は抑えられるはず。
レイナードと別れて王宮を後にし、その足で自宅へと帰る。私用なので同行させるのはスカーレットだけだ。
「準備は済ませているだろうな」
「は。滞りなく」
「ならいい。行くぞ」
「はい」
スカーレットに馬の手綱を引かせ、エルデュミオは歩き出す。屋敷から出て幾らもしないうちに、背後のスカーレットから声が掛けられた。
「しかし、エルデュミオ様。よろしいのですか。リューゲルの代官を命じたのは、貴方様の父君である公爵様です」
公爵家ともなれば、預かる所領は広大だ。とても一人で管理などできない。
そのため自身の代わりに行政を執り行う代官を任命するわけだが、彼らが問題を起こせば、その人選を行った領主当人の恥となる。
領地を治める能力のない人物を代官に据えた、見る目のない領主と嘲笑されるのだ。その場合紛れもなく事実なので、無理もない評価と言える。
だからこそいわれのない悪評は捨て置けないし、人によっては事実であっても問題を隠蔽する。むしろ自分の目が節穴だったと認める者の方が少数派だろう。
もしルティアの言が偽りなら、彼女はイルケーア公爵家に対して、相当の侮辱を行ったと言える。
家に黙って勝手に査察に行っているエルデュミオの行動も、父としては面白くないだろう、という想像もできる。
「……さあね。けれどまあ、たまには抜き打ちで査察もいいだろう」
「然様でございますか」
「それに、ルチルヴィエラの件もある」
エルデュミオがリューゲルに行く気になった一番の理由は、実はそちらの影響が大きい。
「リューゲルは我がストラフォード王国において、重要な穀倉地域だ。昨年は少々実りが悪かった、という報告も聞く。今年の様子を気にしておいて損はない」
その報告は代官から受け取ったものではない。紙面だけ見れば、税収は下がっていなかった。その点も気になるところだ。
(普段中抜きしている分を減らして表面上変わりなくしたのか、それとも別の手を使ったのか)
減った税収を天候が悪かったから、不作だったから、で納得してくれる領主ばかりではない。代官が小細工をするのもままあることだ。
(それにあの風呂場で見た映像……。リューゲルである気がしなくもない)
ルティアの言葉に耳を貸したのは、『自分の記憶』と判断した、見覚えのない場面と重なったからという部分もある。
門を抜けて町の外に出ると、エルデュミオとスカーレットはそれぞれが馬に跨った。そして軽く馬に指示を送って歩き出す。
町の外には魔物が闊歩しているが、王国が定めている主街道はそれなりに安全だ。一定の間隔で魔除けの呪紋が彫り込まれており、それらは定期的に修復されるよう管理されている。
とはいえ、完全に安全、というわけではない。強い力を持つ魔物であれば、呪紋の結界を突き破ることもある。
(この街道の修復頻度も、増えているような気がする)
魔物が活性化しているのだからむしろ当然とも言えるが、不気味であるのに違いない。
(神聖樹の件といい……。大事に発展しなければいいんだが)
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