かつて幼馴染だったあなたに

赤崎幸

短編 かつて幼馴染だったあなたに

「私結婚するんだ」


夕暮れに染まる海の見える公園のベンチで彼女はそう言った。

彼女とは長い付き合いで幼馴染と言ってもいい関係だと思う。

僕が地元を離れて久しく会っていなかったが、偶然帰省に帰ったタイミングで会った。


「ほら、私も良い歳じゃない?だからそろそろかなって」


彼女の左手には綺麗に光る指輪がつけられていた。

否応なくその事実を僕に突きつけられた。

僕は別に彼女に惚れていたわけじゃない。

ただ、気があってそれから縁が続いただけの関係だ。

だから彼女の結婚を祝福こそすれ妬む要素は1ミリもない。


「そうかそんなもうそんな歳か。で?相手は」


「仕事先の先輩。優しくていい人よ」


そう言う彼女の表情は明るく幸せそうだった。


「幸せそうで何よりだよ」


「まぁね。でそっちはどうなの?」


「そんな気配全くないよ」


「はやくしないと幸せ逃しちゃうわよ?」


「別に結婚だけが幸せじゃないだろ」


「それもそうね」


それだけが幸せじゃないと本当に思っている。

だけど何故だろう少し寂しい気がする。

彼女が結婚したからだろうかそれとも…


「それでさ。あんたに言いたいことがあるんだ」


「なに?」


「覚えてる?。30まで1人ならアタシにしときなさいって言ったこと」


「はぁ?あれは中学の時のことだろう。何を今更」


「あ、やっぱり覚えてたんだ。よっぽど私のことが好きなのね」


彼女は微笑む。

夕日に照らされているからだろうか。

より彼女の横顔が綺麗に見える。


「あれはもう時効だろう」


「ふぅん。あんたはそう思ってるんだ」


幼馴染とはいえ、あれから何年経ってると思うんだ。

あんなのは若気の至りに過ぎないだろ。

口には出さないけれど僕はそう思った。


「単刀直入に聞くけど、あんたさ、アタシのことまだ好きでしょ」


僕は心に棘が刺さったような痛みが走った。

もちろん予想してなかったわけじゃない問いかけだったけれど、それでも面と向かって言われると動揺してしまう。


「どうしてそう思うの?」


「女の勘ってやつよ」


昔からこう言うことに限っては彼女は鋭いんだ。


「ごめんね約束守れなくて」


「別に子供のことの約束だし、今更だろう」


「ううんそうじゃなくて…」


彼女は少し切なそうな顔をしている。

僕はこんな顔を見たくはなかった。


「仮に、仮にだよ?僕が君のことを好きだったとしても。君は今幸せなんだろ?だったら友達として祝福するのが当然じゃないか」


「友達としてか。まぁそうなんだけどね」


不意に沈黙が訪れる。

僕は何も間違ったことは言ってないはずだ。

友達が幸せならそれで十分じゃないか。

それ以上のことはない。

セミの音がやけにうるさく聞こえる。

居た堪れない時間が過ぎていく。


「アタシはね君のことが好きだったよ」


ぽつりと彼女はそう言った。


「そう好きだった。でももう大人になっちゃった」


彼女の言葉が僕の心に突き刺さる。

強がっていたけれど、僕は彼女のことが好きなんだ。


「君はどうなの?」


彼女の青い瞳が真っ直ぐ僕を捉える。

これはもうごまかしようがないな。


「僕も君のことが好きだったよ」


少しだけ嘘をついた。

僕はまだ彼女のことが好きなんだ。


「好きだった?ん?」


「ああもう。今でも好きだよ。大好きなんだよ」


「ふふっありがと」


「結婚してくれないか?」


「ぷっ。あはは、そんなのできるわけないじゃない」


彼女は寂しそうに笑った。

こんな顔は彼女には似合わない。

もっと快活でいてほしかった。


「なんで僕に言ってくれたの?」


「そうね。強いて言うなら青春の後始末かな」


「そっか。もう青春は終わったんだね」


「そうよ。もう終わったのよ」


「あと、君が可哀想だったから」


「それは失礼じゃないか?」


「ごめんごめん。本当はアタシのためよ」


それから僕らは中学の頃の思い出話に花を咲かせた。

休み時間に駄弁っていたこと。放課後には音楽室にこもってピアノを弾いていたこと。クラスの皆んなに茶化されていたこと。

思い出を一つずつ丁寧になぞるように。


「さてと。アタシそろそろいくわ」


気がつくとあたりは陽が落ちて暗くなっていた。


「ねぇもしもだよ?もしあの時、地元を離れることなく生活してたら僕と結婚してたのかな」


「そうね。そんな未来もあったかもね」


そう言い残すと彼女は歩いていった。

不意に彼女は立ち止まった。


「ばいばい。私の大好きだった人」


それから彼女は立ち止まることなく去っていた。

あとに取り残されたのは僕だけだった。

彼女が座っていたベンチの温もりも冷めるほど僕は立ち上がることなくただ海を見ていた。

青春の終わり、大人の始まり。

僕の青春はいつ終わっていたんだろうか。

大人になるんじゃない。強制的に大人にならされるんだ。

自分の意思とは関係なく。


彼女には内緒にしてたことだけれど、いつの日かもらって今日まで大切にしていたキーホルダーを僕は海に捨てた。


「ばいばい僕の大好きだった人」


彼女は僕に青春の終わりを告げにきたけれど、どうやらそれは失敗に終わったらしい。

このままもう青春に囚われたまま生きていくんだろう。

中途半端な大人として。

そう思いながら静かになった海をいつまでも見つめていた。

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かつて幼馴染だったあなたに 赤崎幸 @amaryllis1204

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