白濁する純愛は、スイセンと夏に溶ける。
羊
夏
初めて恋人ができた。
中学二年生、桜が散り始めた頃の話しだ。
それまでは「彼女」や「カップル」と言う言葉に過敏に反応しては軽蔑してきた。
(今でもその感情は拭いきれていないが。)
まさかそんな自分に恋人できるなんて夢にも思わなかった。
告白は彼女の方からしてきた。
何度か会話をしたことがある、同じクラスの弱々しい女の子だ。
特段仲が良かったわけでもなんでもない。
放課後、公園へ呼び出された。
呼び出されるような心当たりが全くもってなかったので、とても怖かった。
歩いて公園に向かうと、使われていないブランコの横に彼女が立っている。
その立ち姿に少し胸がドキッとしたのは秘密だ。
ゆっくりと慎重に彼女の元に歩を進める。
すると彼女が僕に気づいたのが分かった。
第一声のチョイスに悩んでいると、
予想に反し彼女はあっさりと
「ずっと好きでした。よかったら恋人になってくれませんか。」
と言った。
普段の弱々しい雰囲気とは打って変わって
迷いのない、凛とした立ち振る舞いだった。
あまりにも急だったのでとても困ったが
断る勇気もなく、
その日から所謂「カップル」になってしまった。
恋人ができたらこの性格は変わると思っていたが、
依然として「愛」やら「恋」やら「ロマンチック」やらの曖昧さは好きになれなかった。
八月一日。
彼女と付き合って初めての夏がきた。
僕は今、とてつもなく緊張している。
実は彼女の誕生日を明日に控えているのだ。
しかし、誕生日にサプライズなど恥ずかし過ぎてできる訳がない。
そんなことをしたら、自分が自分でいられなくなる気がして恐ろしかった。
周りの恋人達は手を繋いだり、
好きだ好きだと言い合ったりしているらしいが
僕たちカップルはそういうコミュニケーションを未だにしたことがない。
はっきり言おう、全て僕のせいだ。
彼女は何度かそういったコミュニケーションを取ろうと試みてきたことがあったが、僕が拒否した。
怖いのだ。
周りと同じようなコミュニケーションを取り
真っ当なカップルになってしまうと、
自分という存在を保てなくなってしまいそうだった。
情けなさや彼女に対する申し訳なさはあったが、
どちらも目の前にある、得体の知れない恐怖には勝てなかった。
受験勉強を済ませ、塾から商店街を抜けたところにある自宅まで自転車を漕ぐ。
外は太陽が燦々と照りつけ、コンクリートは乾き切っていた。
坂道を下る。
スーッと
心地よい風が体を撫でるように吹く
これだから夏は嫌いになれない。
突き当たりの交差点で無表情な信号機に止められる。
遠くの方で微かに揺れる陽炎を眺めていたら、どこからか華やかな香り。
視線を香りの方にやるとそこには商店街から少し離れた生花店が建っていた。
中途半端に寂れていてなぜか親近感が湧いた。
ぼーっと店先に並ぶ花を見ていると
とても美しい花が一つ。
自転車を引いて近づいてみるとスイセンの花だった。
端っこの方に追いやられて少し弱って見えたが、逆にそれが美しかった。
「そうだ、これをプレゼントしよう。」
花言葉をかけて渡すようなロマンチックな事は出来ないし、したくもない。
でも、この弱々しいスイセンだったら胡散臭さなく自然に渡せると思った。
本当はこの弱々しいスイセンが、彼女のようで一目惚れしたとは口が裂けても言えない。
レジのおばさんにスイセンの花を持っていくと、少し怪訝そうな顔をして
「プレゼント用ですか?」
と問うてきた。
今まで誰かに花などプレゼントしたことが無かったので戸惑ったが
「そうです。できればラッピングお願いします。」
と頼んだ。
この瞬間に、彼女がいる。そしてその彼女を大切に思っている、と言うことを間接的におばさんに告白したような気持ちになって
少し恥ずかしくなった。
人生初のプレゼント用の花をもって店の外に出た。
実は明日、川辺で行われるで花火大会に
行く約束をしている。
「明日渡そう。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます