誰ヵ之半妖物語 ある彼の夏椿との記憶

アワイン

 蝉の声が鳴く。平成や令和のように、開発が進んでいるわけではない。自然が多く蝉の大合唱が響く。

 青年は刀を手にしながら、木々の枝を駆け抜けていく。空を駆けることもできるが、今は明るく容易には飛べない。忍のように身軽に動くが彼は忍ぶものではない。そもそも徳川の世において、忍の者は少なくなってきている。

 一七一二年──正徳二年。江戸時代一年前程に『鍵屋』が初めて花火の流星をあげた。明るい出来事はあるものの、宝永の噴火の爪痕はまだ深い。

 人の少ない小高い丘が見えた。彼は降り立つ。懐から手拭いを出して、流れる汗を拭う。湿気が多く、吹く風は温いがないよりはましだ。灰色に近い黒髪は風になびく。整えられていない長い髪を縛り直して彼は息を吐く。遠くに人がいるのが見えた。着物を着た女性が木から離れた場所で何処かを見ていた。女性が見た方向に首を向けると町が見える。何故町を見るのか、青年は気になって近づいてみた。

 木に近づいく中、地面に落ちている存在に気付く。

 五枚の花びらが白く、花糸が黄色の花。彼は首を上に向けて気付く。樹には美しい椿の花を咲かせている。樹がある場所はその樹にとって生育条件が望ましい場所だ。大きさからして樹齢は青年よりも多いだろう。


「沙羅双樹……いや、夏椿か」

「正解」


 横から声が聞こえて、彼は振り向く。暖色の着物を着て、白椿の髪飾りをした可愛らしい少女だった。日差しがきつい季節のわりに肌が焼けてない。一回り小さい不思議な彼女を青年を瞬きをして呟く。


「貴方は木霊ですか?」


 青年から指摘されて、彼女はびっくりする。普通の人間ならば見分けがつかない。だが、彼女から感じる力で彼はわかった。指摘に少女は頷く。


「ええ、正解。貴方は……人なんだけど……何処か強い力を感じるような」


 上手く隠してはいるが気配に気付くあたり、年の功は伊達ではない。人でないものでも気付かれるのは不味い為、彼は屈託のない微笑みを浮かべる。


「俺修験者みたいなものなので自然の力を感じるのではないでしょうか」


 修験道は山に篭って自然の中で修行をする。似たようなことを青年もしているため、誤魔化しは効く。彼女は怪しそうに見つめる。


「……本当に?」

「はい、それに憧れた若造みたいなものです。だからなのか、そういう類いのものがわかってきたんです」

「へぇ、そうなんだ」


 にこにこと笑って見せ、彼女は納得をする。誤魔化せたらしく内心で安堵し、彼女に声をかけた。


「失礼ながらお聞きします。何故町を見ていたのですか?」


 ある程度の距離ならば、木霊は近くの町を行き来できる。彼女が見ていた町はさほど遠くではない。青年の質問に彼女は町を見て、悲しそうに。


「待っているの」


 笑って町を見続ける。彼女の表情と一言で彼は全て察した。木霊は人間に恋をすると人の姿をとって恋した人の元へ行く伝承がある。彼女は人の姿をとって、想い人を待ち続けているのだろう。


「……どのぐらい、待ち続けているんですか?」

「たくさん。貴方が生まれるもっと前くらいにね」

「そんなに……」


 見た目は青年だが、実年齢は百歳を越えている。もっと前となると抽象的になってしまうが、木の様子と彼女の落ち着いた雰囲気を見て百年は余裕で越えているだろう。長く生きているものなら、人との寿命の問題は理解しているはずだ。それが、木霊ならば尚更わかるはずだ。


「……何か、理由があるのですか?」


 恐る恐る彼は聞く。長く生き愛した人がいたものにとって、寿命の差は非常に繊細な問題だ。木霊の少女はじっと見てくると、悪戯っ子のように微笑む。


「うん。でも、秘密」


 ぽかんとしている様子に彼女は笑った。誤魔化されたわけではないが、話しても理解しないと思ったのだろう。彼女の私情が混ざっているのを考慮し、笑って自己紹介をする。


「俺は啄木です。貴方に名前は……あるのですか?」


 木霊に名前があるのは、力ある存在か長く生きているものだけ。彼女は頷き、答える。


「まゆみ。この名前は人から貰ったものよ」

「人から……とてもよい名前ですね」


 感慨深く思いながら啄木は誉める。人から名前をもらう木霊は珍しく、よほど大切にされていたのだろう。遠くから声が聞こえてくる。


「まゆみおねえーちゃん!」

「まゆねぇー!」


 四人の小さな少年少女たち。近くの町の子供たちだろう。啄木はここからまで町まで距離は遠くはない。ここは、元気な子供たちにとっては良い遊び場なのだと啄木は考える。駆け寄ってくる子供たちにまゆみはしゃがんで、両手を広げる。


「廊助くん、長太郎くん、かなちゃん、はなちゃん!」


 髪を簡単に結んだ男の子が先に走ってくる。勢いよく来る彼を抱きしめた。


「廊助くん、いちばーん!」


 明るく嬉しそうに抱き締めた。廊助という少年が離れると、次々と子どもがやってくる。二番、三番と次々と抱きしめていく。子供が大好きな木霊も珍しく、啄木はまじまじと見ている。はなちゃんと呼ばれている少女が遅れてきた。少女は顔を赤くして息を荒くする。

 足がもつれて、彼女は転けそうになる。


「あっ!?」

「危ないっ!」


 急いでまゆみが駆け出して受け止めた。はなは顔をあげた。


「あっ……まゆねぇ」

「大丈夫? はなちゃん……」

「うん、だいじょうぶ! まゆねぇが受け止めてくれたからだいじょうぶだよ!」


 はなは元気よく答え、まゆみは安心して肩の力を抜く。周囲の子供たちもはなを心配してかけよる。子供たちは彼女の正体を知らないようだ。まゆみは優しく子供たちに微笑み、啄木は目を凝らす。いつか何処かで見たような微笑みに、彼は地面を踏みしめる。


「なぁ、にいちゃん」


 廊助と言う男の子に声をかけられて、啄木は目を見開いて笑う。


「おっ、どうした?」

「……まゆねぇをみてるけど、なんでまゆねぇを見続けてるの?」


 怪しげに見られて、啄木は瞬きをする。敵意と警戒心を感じとり、彼が啄木はまゆみに恋をしているのだと解った。幼心に抱く淡い恋心。啄木は内心で理解を示して、少年と目線を合わせる。


「それは、お前たちのまゆねぇちゃんが綺麗だからだなー。こんな人が町にいたら、俺のようなやつでも一目みちゃうんだ」


 誉め言葉を入れると、まゆみは頬を赤くする。白い歯を見せて、啄木は警戒心を解こうとした。廊助は更に怪しんで眉間に皺が寄る。


「ほんとかよ」

「ほんとほんと」


 啄木は頷いて返す。廊助はしてやってりと笑う。


「じゃあ、にいちゃん。今日から俺の子分な!」


 人差し指で指すと、まゆみは廊助に声をあげた。


「こら、廊助! 初めてあった人にそんなことしちゃいけません!」


 彼女が近付き、彼の手をおろす。叱られて廊助は不満そうに声をあげる。


「……っだってっ、こいつまゆねぇをじっとみてるからっ」

「それでも駄目なものは駄目! 人を指差してはいけません。子分扱いしてはいけません!」


 ぴしゃりと叱られて、廊助の顔が歪んでいき泣きそうになる。が、彼は泣くの我慢する。男が泣くのは情けないと教えられているのだろう。隣にかなと呼ばれる少女がやって来くる。申し訳なさそうに頭を下げてきた


「ごめんなさい。廊助くん、まゆみおねえちゃんのこと大好きだから……」


 廊助の代わりに謝る彼女に啄木は笑った。


「さっきの反応でだろうなって思ってたけど、君が代わりに謝らなくていいんじゃないか? 優しくて良い子だなぁ」


 誉めれて、かなは照れてはにかむ。啄木は立ち上がり、子供たちを見る。胸を叩いて、明るく笑って見せた。


「俺の名前は啄木。みんなの名前を聞いてもいいか?」


 先ほど名前を聞いて知っているが、あえて自己紹介をする。其々の子供たちが一斉に自己紹介をしはじめ、啄木は破顔した。


「あっはっはっ、そんなんじゃあ、名前がわからないって!

……じゃあ、俺を子分にしようとした君からな!」


 大声で笑って子供たちを静かにさせて、廊助から名を言わせる。自尊心の強い子だと初見でわかり、先に彼を紹介させようと啄木は図る。


「俺は山賀廊助! 山賀屋の一人息子だい!」

「ほぉ、あの呉服屋の山賀屋! それはすごいなぁ!

よろしくな!」


 啄木も知っている近場の有名な服屋だ。一人息子の跡取りともなると自尊心が強いのも頷ける。次は長太郎に目を向けた。先程からじっと黙っており、啄木をしゃがんで目線を合わせる。


「さて、僕の名前は何て言うんだ?」

「……長太郎といいます。家は酒屋をしてます」


 啄木が来てからよそよそしくなった。人見知りが激しい子なのだろうと察して、啄木は長太郎の肩に優しく手を置く。


「いい名前だな。よろしく」


 隣にはなとかながやって来る。


「私ははなといいます。この子は私の友達のかなちゃんです」

「初めまして啄木さん。よろしくお願いします」


 二人は一緒に頭を下げ、啄木は「よろしくな!」と明るく挨拶をした。そのあと、啄木はまゆみを交えてたくさん子供の相手をする。夕日が沈むまで遊んだ。

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