第39話 乙女なイケメン
翌朝、よく眠れず日が上がる前に憂鬱な気分で目が覚めた俺は、少しでも気分が晴れやかになる為に、この宿場で目玉と言われている大浴場に入る事にした。
アテナの神殿に勧められた宿場なだけあって、とても綺麗で大きい所だ。そんな宿場の大浴場とはどんな素晴らしい所なのだろう。
大浴場の入り口の前に着くと、わくわく感は一つ跳ね上がった。何故なら、入り口の前に『混浴』という素晴らしい二文字が書かれてあったからだ。
脱衣所で服を脱ぎ、いよいよ大浴場に入る。
そこは大きなライオンの像の口からお湯が流れ出し、周りは綺麗に整えられた植物が心を和ませてくれる。またその植物の間から暗くもなく眩しくもない、丁度いい感じの照明が足元から溢れ、幻想的な雰囲気を演出していた。
そして何よりも目を奪われたのは、開放的に開かれた天井だ。まだ日が昇ってない空は、まるで海の様に一面に星が輝いていた。
星々は地上にいた時に見たものとは違い、赤、青、黄、緑など様々な色の輝きを放ち、宝石箱をひっくり返した様だった。
こっちに来て、初めて感動した。この一瞬の時で、今までの苦労や苦悩が吹き飛んだ気がした。
しばらく見惚れていた俺は肌寒さで現実に引き戻され、当初の目的である風呂に入る事にした。湯気が立ち込める風呂場で周りを軽く見渡すが、人の気配はない。
混浴という文字に期待感を持っていた俺は、軽くため息と苦笑いを浮かべる。
「まあ、こんな時間だししょうがないよな」
だが俺はあんまり残念とは思ってなかった。何故なら、それ以上のものを見れたと思ったからだ。
「それにこんな広い風呂を独占出来るから、逆に良かったよ」
俺はそのまま疲れた体を、丁度いい温度の湯船にゆっくりと沈める。
まるでおじさんの様に「ふぃ~」と声を出し肩までつかると、もう一度満天の星空を見上げた。
体は温まり、疲れがゆっくりと体の外に流れ出るような気がした。
「何か知らないけど、幸せだな」
今まで口にした事のないが本心からの言葉を発して、俺は自分自身に少し驚いていた。
そんな時、少し離れた対面の場所から「ポチャン」という湯が揺れる音がする。
どうやらここには俺一人ではなかったようだ。独占感を奪われた俺は少しの残念感を抱きつつ、目を凝らしてこの素晴らしい空間の共有者を確認する。
そして湯煙の中からその人物の姿が現れた。それは首まで体を沈めたパラスだった。
「よお。パラスお前も来ていたのか? 案外早起きなんだな」
「あっ、ああ。僕はこの時間のここが好きなんだ。……だからね」
何故かパラスはいつものうざい程の自己アピール力は無く、どこかよそよそしい。
朝早いからテンションが低いのかな? こいつとは一緒に競技に出たけど、あまり自分に余裕が無かったから話が出来なかったな。
もうすぐこの街からも出て行くことになるから、こいつともお別れか……。最後かもしれないけど、一期一会という言葉もあるし話でもするか。
そう思い、俺は立ち上がりパラスの元に向かう。
「そっか。お前の特別な時間を邪魔して悪いな。でも俺ももうすぐこの街から出て行くから、ちょっと我慢してくれるか? 俺もこんないい所に来るのは初めてなんだよ」
「べっ、別にここは僕だけの場所じゃないから、気にしてないよ。それに自分が好きな所を他の人も好きになってくれるのは嬉しい事だしね」
パラスは顔を少し赤くしながら目線を俺から逸らした。
なんだこのシャイボーイは? 昼間とは表情が真逆じゃないか。
パラスの隣に腰を下ろす。するとパラスは少し俺から距離を取った。
「まあ、なんだ。色々あったけど、お前が参加してくれてよかったよ。お前がいなかったら競技にも参加できなかったしな」
でも競技では全然活躍していない所は触れないでいた。
「きっ、気にするな。僕はただアテナの為に参加しただけだから」
「それにしてもなんとか勝てたけど、俺のここでの評価は地に落ちたな。ほんと、卑怯とかクズとか言われて皆の嫌われ者だよ……。人気者のお前がうらやましいよ」
「そんなことないよ。色々という人もいるけど……少なくとも僕は、勝利に為に実直に頑張って自分の出来る事をした君をカッコいいと思ったよ」
こいつ……。
「僕はアテナの役に立てなかったけど、結局は君が僕たちの勝利を手繰り寄せたんだ。他の人が何と言っても、僕は称賛を送るよ」
いい奴やん。
こっちに来て初めて自分の努力を認められた気がして、少し目が潤んだ。
こんないい奴を俺は残念イケメンと思っていたのか……。こいつとはいい友達になれそうだ。そうだ今からでも遅くない。
俺はパラスとの仲を深めようと決心した。
あまり友人がいない俺は、どう仲を深めたらいいか分からないが、よく友人同士は裸の付き合いがあると聞いたことがあった。
だから俺は不器用ながらもパラスの肩に腕を回した。
「お前っていい奴だな。ありがとうな。元気が出たよ!」
その時、肩に回した腕の方の手に柔らかいものを感じた。それは凄く柔らかく繊細なもので、出来ればずっと触っていたいものだった。
「ひぐっ」
隣から小さく可愛らしい声が聞こえてくる。
そして恐る恐る隣を見ると――そこには絹のような白くきめ細やかな頬を赤くして、透き通った海の様な色の目をこちらに向けているパラスがいた。
そんな可憐な、まるで少女漫画に出てくるヒロインの様な存在を前にして、俺は思いのまま口を開いた。
「女神か……」
俺のそんな言葉に、その女性は目尻に涙を浮かばせながら薄ピンクの唇を開いた。
「女神だ……」
そう言うと、パラスは持っていたタオルで体を隠しながら――
「幸太のスケベええええええええええええええ!」
そう言いながら、こっちに来て初めて見る乙女な女神は走り去ってしまった。
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