第35話 甘くなああああああああああい!
『さっ、さーて! これでスコアは二対一! 試合は盛り上がって参りました! ここで、オールドクラッシャーは追いつくことが出来るのでしょうか!』
実況の盛り上げのお陰で、思い出した様に観客の熱も再び上がっていった。
「そっ、それでは次はわしの番じゃの」
順番が回ってきた悪魔が名乗り、ボールの前に一歩踏み出る。
「さて、次は誰にするかの」
自分の獲物を決める為に周りを見渡した時、一瞬その視線がヴィディに向いた。
次の瞬間、その悪魔は尋常ではない速さで首を逆方向に捻り、自らヴィディを自分の視界から外に追いやった。
表情からは明らかに恐怖が感じ取られ、生物としてあれを敵に回してはいけないという自己防衛本能が発揮された故の行動だと分かった。
その行動は敵ながらに激しく同感を得た。
しかし、それと同時に俺は激しい不安感に襲われた。
何故なら、相手がヴィディを的から外したという事は、必然的にその標的に自分が選ばれる確率が上がるからである。
そんな俺の不安は想像通りに的中した。
悪魔は俺の姿を目にすると、恐怖に固まっていた表情が見る見るうちに晴れやかなものへと変わっていった。
俺は慌てて目線を逸らすが、その熱い眼は俺をロックオンして離さない。
こんな熱い眼差しは可愛い女の子(何処かの怖い女神は除く)に向けて欲しいが、その眼差しの持ち主はムサイ悪魔の殺意あふるる者のものだった。
やばい……この状況はやばすぎる。
とりあえず、ここはこの女神を盾にしてこの困難を乗り越えるしかない。これは決して男として卑劣な作戦ではない。
さっきも言ったが俺は縁の下の力持ち的な存在なのだ。俺に求められる力は知力であって体力ではない。
そう、これは決して男として情けない決断ではない! 良識ある判断なのだ!
そして俺は堂々とベルの背中の陰に隠れた。
「おい」
「はい。何でしょうか?」
「さっきからブツブツと後ろで煩わしいぞ」
「お気になさらず。さあ、戦いは佳境に入ります。ここの攻撃を何とかしのいで、いい形で我々の攻撃に移りましょう」
「そうか。だが相手はお主を熱心に見つめておるぞ。ここは男らしく前に出て一対一で勝負をして相手の攻撃をしのぎ、次のお主の攻撃につなげる方が、勢いが出るのではないか?」
「ベル様。それは気のせいです。彼は僕の様なか弱く小さな存在など眼中に無いでしょう。きっと強大な存在でおられるベル様に釘付けとなっているのでしょう」
「そうか、そうか。しかし、我の堪ではあれはお主を見ているといっているがの。しかし、お主の言う通りなのかもしれん。……なら、どっちが正しいのか試してみるか」
そう言うと、ベルは俺の服の襟を猫をつまむように引っ張り持ち上げた。
「へっ?」
「我と離れれば、どっちを見ているかハッキリするじゃろ!」
俺はベルに投げ飛ばされて、無防備な状態で競技場のど真ん中に転げ落ちた。
「おい! いきなり投げる事は無いだろ、この傍若無人女神が! ……はっ!」
悪態をついている俺に禍々しい視線が送られている事に気が付き、その送り主の方を向くと、そこにはスティックを振り上げている悪魔がいた。
「待って! ちょっと待って! まだ何も準備出来てないから!」
止まらないと自分では分かってながらも、俺はそう叫ぶしかなかった。
そしてある意味順調に物事は進み、悪魔が力一杯込めて打ったボールが俺の方に向かって一直線に飛んできた。
ボールは俺の足元付近の地面にめり込んだ後、眩い光を放ち大爆発を起こした。
「ぐっわああああああああああああ!」
俺は空高く舞った。俺の視界ではどっちが上で、どっちが下かも分からない。不思議な浮遊感を感じながら、時間がゆっくりと流れる感覚に包まれる。
死ぬときには今まで起きた事が走馬灯のように流れると聞いたことがあるが、本当にそうなんだな。
人は生きていく中で楽しい事や苦しい事を味わっていく。そんな酸いも甘いもを体験して、人は自分の人生に意味を持たせていくんだ。
俺の走馬灯は、俺にどんな意味を持った総集編を見せてくれるのだろうか?
そんな事を考えながら、俺の思考に今までの様々な光景が甦ってきた。
外を歩く俺の肩に鳥のフンが落ちる。
はははっ。そういえばよくあったなこんな事。服を洗うのによく手間取ったよ。
注文をしても何も出てこない。
ああ、よくあったな。あっちのミスなのに、何故か気を遣って申し訳なさそうに何度も注文し直したな。
おみくじを引けば大半が大凶。
ふふっ。何回も買い直して、正月のお年玉を全部使い切ったこともあった。
けんかの仲裁に入って殴られる。
あった、あった。何故か喧嘩した者同士が無傷で、俺だけ病院に運ばれたっけ?
こっちに来てからはどんなことがあったっけ?
変態ストーカーの悪魔に絡まれて、全身に臭い魚を巻き付けながら戦う。
助けた女神に、何故か恐怖心が絶大な束縛を受ける。
脳筋女神に無謀な戦いに引き込まれる。
そして最後に一人の女神の顔が頭に浮かぶ。
人を馬車馬の如くこき使い、わがままのし放題。やる事と言えば厄介事を持ち込み、無責任にこっちへワールドクラスのパス。
ああ、本当にたくさんの事があった。
やはり人の人生。この十七年という長くもない人生の中にも様々な酸いも甘いも色々な出来事が詰まっている。
…………? 酸いも甘いも? ……あまい? …………‼
「って、全然甘い所がなああああああああああああああああい‼」
そんな叫びをあげた後、地面に激しく打ち付けられる衝撃を感じ、目の前が真っ暗になっていった。
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