第34話 ベルと初めての固い約束
「おい、ヴィディ!」
俺はベルの背中からひょっこりと顔を出し、ヴィディを呼び出した。するとヴィディは可愛らしく小走りをしながらこっちに来る。
「どうされました、幸太さん?」
「いやいやいや。大丈夫かよ? 華奢な君があんな凶悪な悪魔を相手にして」
俺の忠告を聞いたヴィディは怖がるどころか、胸の前で両手を組んで目を輝かせた。
「まあ、私の事がそんなにも心配なんですね? これが思いやりという名の愛! ああ、やはり私は愛されている!」
そういうと、ヴィディは自分の世界に入り込み様々な独り言をつぶやき始めた。
「ちょっ、ちょっと、ちょっと! ヴィディ、戻ってきて!」
「ふっふっふっ、式の日、新居、子供……。あら、どうかされましたか?」
「いや、さっきも言ったけど大丈夫なの? 相手は凶悪な悪魔だぞ?」
それでもヴィディは笑顔を絶やすことなく答えてくる。
「ええ、愛に壁はつきものです。それを乗り越える事で、さらに私が求める愛の高みに上り詰めることが出来るのです!」
そう高らかに宣言すると、ヴィディは俺に背を向けた。
「それに……」
「それに?」
「それに私達の愛の道を邪魔する者は、誰であろうと許しません」
こちらに背を向けてその表情は見れなかったが、その後姿から圧迫感などの説明しがたい黒いオーラが満ち溢れている様だった。
「お主は何も分かっておらんの」
俺達の話を聞いていたベルが小さく口を開く。
「え? 何が分かってないんですか?」
「あやつを心配するなど無用という事だ」
「それって、ヴィディは強いという事ですか?」
俺の問いにベルはつばを飲み込み、コクリと頷いた。
「あやつはある意味、我らの中で一番怖いと思ってもよい。正直、我はあやつの敵ではなくてホッとしている所もある」
「へっ、へー」
俺は生返事をし、少しヴィディを見る目を変えてその後姿を見た。
その後姿には怖がっているなどの感情は一切見て取れず、淡々としたものであった。
ベルの言葉が段々と真実味が増してきている事を俺は感じた。
自分のボールの前にヴィディが立ち止まると、感情を無くしたような目を相手の悪魔達に向け、じーっとした視線で見渡した。
「おやおやおや。今度は何とも可愛らしいお嬢さんが現れたのぉ」
「ふぉふぉふぉ。お嬢さん、お手柔らかにのぉ」
相手からヴィディを小馬鹿にしたような野次が出てくる。
「きーめた」
そうヴィディの口から感情が抜け落ちた言葉か出る。
ヴィディはゆっくりとスティックを振り上げると、何やらブツブツと呪文の様な物を呟きだした。そして、ボールを力弱く弾き飛ばした。
はたから見ると、そのボールには何やら黒いオーラがまとっている様にも見えた。
しかし、相手陣営からはゆっくりと転がるボールを見ると笑い声が湧きだす。
「ガッハッハッ! 何とも可愛らしい攻撃だ!」
「そう笑ってやるな。わしらの願いを聞いてくれたんじゃろ」
「どれどれどれ。折角のお嬢さんからの贈り物じゃ。わしが受け取ってやろうぞ」
そう言うと、一人の悪魔がヴィディの打ったボールに歩み寄る。そして、ゆっくりと転がる玉に手を伸ばした。
次の瞬間――ボールから黒い闇の様な霧が立ち込めると、それに触ろうとした悪魔の全身を包み込んだ。
その異様な光景に観客からは歓声などは無く、只々そこにいた者達は今から起こる出来事に固唾を呑んで見守っていた。
しばらくすると、その霧は晴れていきその中から先程の悪魔は姿を現す。
その姿には外傷と言ったものは見当たらず、何か攻撃を受けたようには見えなかった。ただその悪魔は呆けた様な表情で晴れ渡った空を見上げていた。
そんな変わった様子の仲間に、一人の悪魔が近寄り肩に手を置いた。
「おっ、おい。どうしたのじゃ?」
すると、今まで呆けた表情をしていた悪魔はいきなり目を極限まで見開くと――
「うっ、うきゃあああああああああああああああああああああああ‼」
そのでかい図体の何処から出たのか分からない甲高い悲鳴を上げ、頭を両手で抱え込んだ。
目は血走り、額からは大量の脂汗を流しながら周りを見渡す。
「たっ、助けてくれ! 誰かわしを助けてくれえええええ‼ 誰かあああああああ‼」
そう叫ぶと悪魔は足をもつれさせながら、一つのゲートに向かって走り出した。
「くっ、来るな! こっちに来るなああああ!」
そう何かから逃げている悪魔はとうとうゲートを通り抜けてしまう。
すると悪魔は地面に勢いよく転げると、手を精一杯前に伸ばして何かを遠ざけるような行動をする。
「やっ、止めろ! 止めてくれええええええええええ‼」
叫び声が響いた後、その悪魔は口から泡を吹きだし意識を失ってしまった。
一連の出来事を目にした観客からは、先程よりも深い静寂がその場を支配した。
『きっ、決まったー。め、女神様チームに一点追加―』
実況からは興奮の色は無く、ただの事務作業の様に現状を伝える音声が静まり返った会場に響き渡った。
一方自チームに点が入ったにもかかわらず、俺の感情に喜びというものは一つも湧き出なかった。
俺の中に沸いた感情はただ一つ――『怖い!』だ。
多分俺以外の全ての者も同じ感情を持っただろう。俺の前にいるいつもは傍若無人なベルも額から冷汗を一つ流している。
そんな中、ヴィディは一人だけ花が咲くような笑顔を見せながら、こちらに向かって走ってきた。
「幸太さん。私、やりましたよー」
「おっ、お疲れさまでした!」
俺は深々と頭を下げた。
「ん? いきなりどうしたのですか?」
「いっ、いや、貴重な点に嬉しくてつい……」
「ふふっ。なら今度お礼に肩でも揉んでもらえますか?」
「はっ!」
俺は自然と背筋を伸ばし敬礼をしていた。
「ふふっ。本当にいきなりどうしたのですか? 幸太さんたら面白い」
そう笑いながらヴィディは俺の横を通り過ぎていった。
「ベル様」
「む。なんじゃ?」
「これからは絶対にヴィディは怒らせないようにしましょう」
「…………うむ」
俺はベルと初めて固い約束を交わした。
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