第11話 アルティメット・ラブマスター
その後、決闘日まで滞在する場所が無かった俺達は、ヴィディーテさんのお店の上に併設されている部屋に泊めてもらう事になった。
俺は部屋にあるベッドに、仰向けになりながら天井を見つめていた。
「…………どうしよう……勝てる気が全くしない」
俺は生まれてから今まで、喧嘩という喧嘩をあまりしたことが無かった。
何故なら、もし喧嘩をしても不運が足を引っ張り、必ず負けると思っていたからである。
だから俺は、なるべく喧嘩にならないようにリスクマネジメントをして生活をしていた。
そんな俺がいきなり命を懸けた決闘……しかも相手が悪魔なんて……。
訓練もせずに始まりの村から出ようとしなかった勇者を、いきなり魔王と戦わせるようなものだ。
普通、始まりの村に魔王なんて来ない。なのに、俺はいつの間にか魔王城にループされていた。
「はあ……俺って不幸だ……」
俺がいつも通り、自分の不運を嘆いている時、部屋のドアが蹴り開けられる。
そこには、細長い足を突き出したベルが不機嫌そうに立っていた。
「おい、駄犬。何をゴロゴロしておる? 貴様、その調子で本当に勝てるんじゃろうな?」
勝手にマッチメイクをしたこいつは、いったい何を言っているのか……。
それに、普段ゴロゴロばかりしている奴に、ゴロゴロと言われるとは……。
「いや、今作戦を考えている途中です……」
「ふん。女に寄られ、鼻の下を伸ばしている場合ではないぞ」
「のっ、伸ばしてねーよ!」
「とりあえず、我の名誉の為に負けは許さんぞ」
そう言いたい事を一方的に言ったベルは、開けたドアを閉めないまま部屋を出て行く。
何であいつは自分のしたい事をしただけなのに、機嫌が悪いんだろう?
もう一度ベッドに横たわった時、今度は空いているドアをノックする音が聞こえてきた。
来客を確認する為に上体を起こすと、そこにはヴィディーテさんが立っていた。
「失礼します」
「あ、どうも」
「あの、お食事の用意が出来ましたので、よろしければどうぞ」
お誘いの言葉を聞いた時に、俺のお腹は鳴った。
そういえば、ここ来てからは何も口にしていない。作戦を立てる為にも、何かを食べて頭を動かせた方がいいな。
「すみません。宿をお借りしたうえ食事まで」
「いいえ。お互いに助け合っていきましょう。助け合う事も愛です」
その後ベルも呼んで、店内にある一つの席に俺達は座った。周りは他のお客も来ていて、なかなか繁盛していた。
しばらくすると、ヴィディーテさんが二人分のオムライスを持って来てくれた。
ヴィディーテさんは俺とベルの前にお皿を置くと、持って来たケチャップの蓋を開ける。
「それでは今から準備しますね!」
すると、ヴィディーテさんは鼻歌を歌いながら、ケチャップでベルのオムライスには犬の絵、俺のオムライスにはハートマークを描いた。
「はい出来上がり」
オムライスに何かを描いて貰ったのは幼少期以来だった。
「あ、ありがとうございます。じゃあ、いただきます」
俺は少し照れながらオムライスを食べようとすると――
「あっ、待って下さい! まだ途中ですよ!」
するとヴィディーテさんは指でハートマークを作り、自分の胸元に持ってくる。
「美味しくなーれ。美味しくなーれ。ラブラブビーム!」
そう言いながら、俺のオムライスにラブラブビームを打ち込んできた。
ヴィディーテさんの声が店の中に響くと、周りの客が一斉にこっちを見てくる。
「なっ、なんと! あの御仁、店長のヴィディーテ様直々に愛の調味料を入れてもらえるとは! うっ、ううう羨ましいでござるー!」
「我々常連でもしてもらったこと無いのに! いったいどれだけポイントカードを溜めたというのか!」
「きっと、毎日通い詰めていたのでござろう。あれが噂に聞くラブマスターなのか?」
俺はいつの間にか、この店の常連客のラブマスターになっていた。
周りの注目が集まり、恥ずかしくなってきた俺は慌ててオムライスを食べようと、自分のスプーンを取ろうとする。
しかし、そこには自分のスプーンは無かった。
「あれ? 俺のスプーンは?」
すると俺の口元に、オムライスがすくわれたスプーンが持って来られる。
横を見ると、それを持っているのはヴィディーテさんだった。
「あーん。して下さい」
その光景を見ていた周りのお客が、次はその場で立ちだした。
「なっ、ななななななーんと! あっ、あああああああーんだと! いったいあのラブマスターはいくら貢いだのでござるかー!」
一人のお客が、足をがくがくと震わせながら叫んだ。というか、さっきからうるさい。
「あの状況で意識を保っているとは……。拙者なら既に成仏して転生してますぞ。……まさか! あれが噂に聞く、伝説のアルティメット・ラブマスターなのか!」
俺はいつの間にか、アルティメット・ラブマスターに昇格していた。
この状況を速く終わらす為に、俺はその出されたオムライスを食べようとした時、脛を誰かに思いっ切り蹴られる。
「いっでええええええ!」
俺を蹴ったのはベルだった。ベルはギロリとヴィディーテを睨む。
「おい、ヴィディーテ。この駄犬をあまり甘やかすでない。すぐに調子に乗る」
「そっ、そお?」
次は俺を睨んでくる。
「お主もだ。それくらい自分で食え。さもないと地面に皿を置いて、まさに犬の様に食わせるぞ」
「はっ、はい……」
脛に大ダメージを負ったが、恥ずかしい思いをせずに済んで、俺は少しホッとした。
その後、ヴィディーテさんは気を利かして、食後のコーヒーまで持って来てくれた。
ちなみにベルはケーキまで要求し持って来させていた。
こいつには遠慮というものが無いのだろうか?
「それで、どうです? 勝てそうですか?」
ヴィディーテさんは、心配そうな顔をして尋ねてきた。
「そうですね。現状はかなり厳しいかと……悪魔対ただの人間ですからね。戦闘能力も段違いだと思います。さっきやられそうになった時も、俺一歩も動けなかったですし……」
するとケーキを食べ、機嫌が少し良くなったベルが話に割り込んできた。
「なんじゃ? それなら、そこらへんで修行でもしてこればいいじゃろ」
「俺はさっきも言ったように、ただの人間なんです。たった3日の修行で劇的に能力は上がりません」
「情けないの~。我のゲームでは、1日でレベルは10から20は上げられるぞ」
「あいにく俺の世界では、モンスターを倒しても経験値は得られないし、音楽が流れてレベルアップもしないんですよ」
「それなら、どうします?」
ヴィディーテさんが首をかしげる。
「…………何か作戦を考えて、実力差を無くすしかないですね」
その後、部屋に戻った俺はベッドに横になり作戦を考えたが、満腹感とこれまでの疲労感からいつの間にか眠りについていた。
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