第4話 引きこもりの女神様

 爺さんの後ろを追って、美しい森林の中を俺は浮かれ気分で歩いていた。


 ああ、生き返ったら何をしよう。もう不運に恐れて、外に出る事に不安を感じないで済むんだ。


 いや、これからの俺は幸運が付いてくる。何をしようとも全て上手くいく。新しい世界が開けるんだ!


「なあ、爺さん。何処に向かってるんだ?」

「ふむ。お主に神を見つけてもらうわけだが、お主はまだここに来たばかりじゃ。天界の事など何も知らんじゃろ?」

「お、おお。その通りだ」

「だからの、そんなお主に一人案内人を付けようと思ってのぉ」


 案内人? それは助かる。どんな人かな? 何かどんどん神秘的な所に向かっているから、小さな妖精さんとかかな? 妖精さんと神を見つける大冒険……ふふっ。何か俺、童話に出てくる主人公みたいだ。


 そんなこれから起こる事に妄想を膨らませていると、一つの光り輝く池がある空き地に到着した。その池の隣に、また一つの小さな可愛らしい木で出来た小屋がある。


 爺さんは小屋の入り口につながる階段を上り、ドアを杖でノックする。


「………………」


 しかし、中からは物音ひとつしない。留守なのかな?


 すると、爺さんはさっきより強く、杖でノックをする。


「ベル様! ベル様! いるのは分かっておりますぞ! 居留守をしても無駄ですのじゃ! もし出て来ないなら、これからお菓子もおもちゃも全て没収ですぞ!」


 そんな爺さんの脅し文句が静かな池の広場に響いた後、小屋のドアが勢いよく開いた。


「我の神聖な献物に手を付けるとは、神罰を下すぞ」


 威圧感のある声がし、そこから一人の女性が出てくる。


「‼」


 俺はその女性を見ると、体が固まった。


 その女性は、雪の様な白い肌に、サファイヤの様に透き通った青い目をし、黄金に光り輝く絹の様なロングヘアーをなびかせ、細長い足でそこに優雅に立っていた。


 この世の物とは思えぬその美しさに俺は言葉を失い、ただその美しい物を見ていたいという欲求そのままに彼女を見つめていた。


 そして少し時が経つと、俺の口から純粋に、ただ思うがままに一言が零れ落ちた。


「女神か……」


 そんな俺にその女性は視線を向け、サクランボの様なピンク色の唇を開いた。


「女神だ」


 俺の言葉に対し、そのまま直球に帰って来た。


「え?」

「だから、女神だと言っておろうが」


 きょとんとした俺に、爺さんが続いて口を開く。


「この方はベル様と言って、この天界におられる女神様の一人なのじゃ」

「ええ!」


 本当に女神なんていたんだ。


 少し驚いたが、俺は爺さんの言葉を聞き、疑わずにそのまま納得した。何故なら、このベル様と呼ばれている女性はそれほど神々しく、神聖なオーラを身にまとっていたからである。


「おい、爺。こいつは誰じゃ?」

「以前、手紙を送ったではないですか?」

「神を探す為、天界の案内人をしろという手紙か?」

「はい。その相手の神代幸太という者ですのじゃ」


 俺の名前を聞くと、その女神は眉毛をピクリと動かした。


「……行かん」

「何ですと?」

「だから! 我は行かんと申しておるのだ!」

「そんな、困ったことを言わんでください」

「行きとーない! 行きとーない!」


 女神が子供の様に駄々をこねだした。


「そもそも、何故我なのじゃ⁉ 案内くらい他の者がすればよかろう!」

「他の者は他に職務があって忙しいですのじゃ」

「それなら我も忙しいのじゃ!」


 その言葉を聞き、爺さんは深い溜息を吐いた。


「何が忙しいですのじゃ? 毎日食っちゃ寝、食っちゃ寝。する事と言えば飽きもせずゲームをピコピコ、ピコピコ。こ・れ・の・何処が忙しいですのじゃ? この爺に分かりやすく説明して下され」


 爺さんの淡々とした正論に女神はたじろいている。


 何だ、この女神は? 凄く怠け者じゃないか。というか、そんな生活でよくそのプロポーションを保てているよな。


「な、何を言われても、嫌なものは嫌じゃ!」


 爺さんは再び溜息を吐いた。


「それなら仕方ありませんのぉ。この事は神が帰られた時に、報告するしかありませんのぉ」


 爺さんの言葉を聞き、女神の顔が引きつった。


「な、何故、いちいち神に報告する?」


 爺さんは意地悪そうに口元を緩める。


「知っておりますぞ。神がベル様に、その怠け癖をお叱りになられ、次に何か仕事を放棄されると、破門させられると言われている事を」

「くっ!」


 仕事を投げ出した神に怠け癖を叱られるって、この女神はどんだけ酷いんだ?


「はぁ~。破門は厳しいですぞ。今まで貰えていたお菓子やゲームは無しになるのは勿論。行く場所もなく空腹でひもじい思いばかり。周りからは尊敬の眼差しは無くなり、いつも独りぼっち。夜は寒いですぞ~、怖いですぞ~。もしかしたら幽霊が出てくるかもしれませんぞ~」


 爺さんの脅しを聞き、女神がカタカタと震えだす。


 幽霊って、ここは天界だからいっぱいいるだろ?


 そんな女神はちらりとこちらを見ると、俯き小声で何かを呟いた。


「えっ? 何ですと?」

「……だけだからな」

「えっ? もっと大きい声で言ってくれませんかの?」

「だ・か・ら! 案内だけじゃぞ!」


「おお! 引き受けてくださるのじゃな! 誠心誠意に頼んだおかげですのぉ」

「何が頼んだおかげだ! 脅したからじゃろ! 言っとくが本当に案内だけじゃぞ!」

「ええ、ええ。それで十分ですのじゃ」


 爺さんの頼みもとい脅しを受け入れた女神は、目尻を吊り上げこちらを睨んで来る。


「おい! そこの人間!」

「はっ、はい」


「光栄に思え! このベル様直々にお主を案内してやる! その代り、面倒な事はお前が全てやれ! 道中の問題の解決、炊事、洗濯、肩もみ、ジュースやお菓子の買い出し、ゲームの退屈なレベル上げ、全てじゃぞ!」


「おい! 途中からただのパシリになってるだろ! 最後に至っては意味が分からねえぞ!」


「ふん! 女神に奉仕できるのだ。むしろありがたく思え」


 何だこの高圧的な女神は? 女神というのはもっと慈悲深く、みんなに幸福を与えてくれるものなんじゃないのか? これではただの引きこもりわがまま娘じゃないか。

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