飛ばず鷲竜見聞録
SIS
第1話 鉄の墓場の少年
永遠はない。そこに例外はない。
どんな英雄も、悪党も、しがない凡人も、死ねば時の流れに消えていく。
その思いも、存在も、何も残る事はない。どれだけ願ったとしても、それは不可避な現実だ。
それでも彼は。
残される、残す事の出来る何かを、求めた。
■
村の裏には、鉄の墓場がある。
昔から、ずっと。
何故村の裏にそんなものがあるのか、誰も由来を知らないし興味だってない。
ただ、一定の年齢になった者はそこへいって、何か村の役に立つものを拾ってくるのが掟だ。
実際の所、掟といってもほとんど形骸化しているのが実情。そこで手に入る刃物の一つでも、村では鋳る事のできない業物である事がほとんどだ。大人たちも自分がそうしてきたから、過剰に何かを求める事はない。
だけど、それで満足しない、したくない者もいる。
今年14になった少年、”東の鷲”もそうした者の一人だ。
彼には憧れの人がいた。昨年、村を出て外界に旅立って行った幼馴染の”冬の氷”。彼は鉄の墓場から古い自動小銃を発掘してきてそれを整備し使えるようにして、それを武器に外の世界に旅立って行った。運にも恵まれ、彼の息災は途絶える事なく村に伝えられている。”東の鷲”は"冬の氷"のように成りたかった。
”東の鷲”には夢がある。自分の名前を残したいという夢が。そのためには、村にいては駄目だという想いがあった。
村が嫌いなわけではない。黒髪ばかりの村の中で”東の鷲”の灰色の髪は目立つものの、それで迫害されたりといった事はない。 それでも、ここは閉ざされた世界だ。
外は違う。”冬の氷”の語る、外の世界。肌の色も髪の色も様々な人々が、荒野の砂よりも多く行きかうという大都市の話。日夜襲い来る脅威と戦う、鋼鉄の人機達とそれを操る騎士達の都。世界の果てと見まがう荒野と、その只中に聳える折れた巨塔。
そういった話を聞くうちに”東の鷲”は夢をかなえる手段として、何より外への憧れから”冬の氷”も、他の誰も見たことのない自分だけの秘境を見つけたいという強い願いが生まれていた。そして、自分の名前をつけて世界に広めるのだ。願わくば”東の鷲”の秘境、みたいな感じで。そして後世に語り継がれるのだ、鉄の墓場のように。夢が膨らむ。
だから、手伝いの傍ら村に残された資料を読み漁り、何が何なのかについて勉強した。
そしてついにやってきた成人の日。儀式の誓いを立てて、鉄の墓場に潜り込んだ”東の鷲”は……。
「迷った……」
手ぬぐいで額の汗を拭い、狼狽のにじむ声で呟く。
周囲は、朽ちかけた灰色の壁。足元には無数のスクラップ。見上げれば、遠い頭上でささやかな光が木漏れ日のように割れ目から差し込んでいた。
「地下があるなんて聞いてないぞ……」
何故こうなったのか。なんという事はない、聞いていた通りの道を進んでいたら突然足元の床が抜けて真っ逆さま。幸い落ちた瞬間、背中のバックパックが壁から飛び出した朽ちかけの建材にひっかかったおかげでそのまま落下、とはならなかったが、ボロボロの建材は”東の鷲”の体重にも耐えられずしなるように曲がり、少なくとも元の場所に戻る手助けにはならなさそうだった。
ロープは用意してあるが、そこそこの高さがある天上まで届かせられるか、自信はない。何より、怪我をせずに降りてこられたのが奇跡に思えるほど、天井までの空間は茨のように朽ちかけの建材が付きだしていた。体をしっかり固定できないと、揺れた拍子に建材でザクリ、となるのは想像に難くない。
「どうしたもんかな」
呟く声には、しかし深刻さは薄い。確かに状況は命にかかわるが、それ以上に好奇心が”東の鷲”の心を満たしていた。
鉄の墓場に、地下があるなんていう話は聞いたことがない。それはつまり誰もここには踏み入れたことがないという事だ。事実として、薄明りに照らされる周囲の様子は、経年の様子が明らかに違う。多数の人間が踏み入り外気と接触している上層部は赤錆や砂埃が多いが、このあたりは青い錆や灰色の粉末が堆く積まれている。誰かが踏み入った様子は……正直わからない。他ならぬ”東の鷲”本人が乱暴に降り立った拍子に、積もっていた埃が舞い上がって荒れてしまったからだ。
とにかく、ここにいてもしょうがないと”東の鷲”は口元に布を当てながら、恐る恐る奥の方へと踏み入った。
鉄の墓場は、多分何かの設備だったんだろう、と村では言われている。
その何か、は分からないし、何故そんな所に大量の鉄の残骸が捨てられているのかも、村の誰も知らない。
ただ、”東の鷲”は周囲の様子をみて、自分のいる所は割とこの場所の真実に近い場所なのではないかと思い始めていた。
地下だから真っ暗かというとそうでもなく、ところどころでぼんやりと発行する石のようなものが設置されていて、辛うじて視界を確保してくれている。
その明かりの下で、探索を続ける。
乱雑にとにかく詰め込み積み上げた様子の上と違って、地下は荒れてはいるものの建物らしい、何らかの方向性をもって建造された空間が比較的手つかずで残っていた。それでも荒れている所はあって、何かに穿たれた壁面や意図的に積み上げられた刺々しい形状の鉄格子、詰まるようにして積み上げられた”魔獣”の残骸、一か所に集積された錆びついた自動小銃の束。ここで何かがあった、そう物語るような光景が、点々と続く。
すでに”東の鷲”が求める物は見つかっていたが、それで切り上げる気にはならなかった。深入りは良くないと分かっていても、探求心がとめられない。念のために比較的状態の良い自動小銃を拾い上げて動作を確認し、懐に抱える。辛うじて読み取れる刻印からすると、この自動小銃はPX-90というらしい。変な形状の自動小銃だった。”冬の氷”が見つけてもっていった自動小銃は比較的シンプルな形状をしていたが、これはなんだかやたらと丸っこいし、やたらと銃爪が前にある。おまけに弾倉はどこかと探してみたら、横向きに差し込むらしいと来た。手触りからしても鉄はあまり使われてないようで、ベタッとした手触りがする。
「変わった所だよなあ……あの光る石、持って帰るのもありだよなあ」
目につくもの全てが興味深い。建材は明らかに石でも砂でも鉄でも木でもない物もある。樹脂かと思うが、そうでもないようだ。一体何でできているのだろうと撫でてみると、ひんやりと冷たい。頭の片隅で、神話のとんち話が頭をよぎった。昼でも夜でも湿ったものでも乾いたものでもない、という文言を思い出す。
そういえば今は昼なのだろうか、夜なのだろうか。
空腹を感じてきているが、それ以上に好奇心と興奮が抑えられない。虎口に踏み込んでいると分かっていて、”東の鷲”は何かを探すように目を巡らせた。
何か具体的に求める物が定まっている訳ではない。ただ、これだ、と思える物を見つけるまでは、戻ろうという気すら湧いてこなかった。
そうして右か左か、本能の赴くままに探索を続けた先に、”東の鷲”はたどり着いた。
ずっと続いていた通路や、それにつながっていた通路とは違う、明らかに”何か”があると思わせる広い空間。
ここも朽ちかけているのか、天井からささやかな陽光が柱のように降りそそす中、中央で鎮座する意味を持ったシルエット。人でも、獣でもない、それ。
「魔獣……か?」
”東の鷲”は自らの呟きに疑問を感じながらも、自動小銃を構えながらそれに近づいた。
薄く埃が積もっているため、質感でそれの構成物質を判別するのは難しい。見た目だけでは、魔獣の特徴……”枯れる金属の殻”であるかは、判別がつかない。だが、人の世の常識として、人型でなく、車でもなく、獣でもないものが動くならそれはまず魔獣とみなす。
魔獣……形状に統一なく、ただ人類を害するだけの殺戮存在。
例外は、無い事もない。だがエルフやドワーフのような例外は、それぞれの領域に引っ込んでおり人間に接する時はしかるべき手順を必ず踏む。こんな所にいるはずもない。
しかし、近づいても得体のしれない何かは動きを見せなかった。
「人間がこんなに近づいて、魔獣が動かない、なんてありうるのか?」
警戒を保ったまま、ぐるりと一周してその全体図を把握しようとする。
人型でないのは間違いない。ただ、無秩序な形状をしているかといわれると、そうではない。どちらが左右でどっちが正面かなんてわからないが、均整の取れた形状をしている。にも拘わらず断定できないのは、それが見たことのない形状をしているからだ。二つの大きな脚部のようなものに、手とも脚ともつかない、異様に小さな肢。胴体と思しきものの片方は長くのび、片方は大きく膨らんだ形状。少なくとも、”東の鷲”が知る生き物の形状ではない。
いや、あるいは。トカゲがもしも直立歩行をしたら、こんな形状になるのではないか? あの大きな脚部が後ろ足で、長くのびたのが尻尾なら。だが、それだと前足が異様に小さい事になる。頭も不自然に大きい。もしかして逆か……それだとどう考えても歩けない。
「ギリギリ二足歩行って事は、魔獣じゃないのか? 二本足で歩く魔獣なんて、聞いたこともない」
どっちにしろこうまで動かないのでは死んでいるのか……”東の鷲”はそう考えると、巨大な物体から距離をとった。触らぬ神にたたりなし、という奴だ。
だが、少々迂闊だった。視野の効かない薄暗い中で、始めてくる場所。空間の間取りを間違えるに十分な条件で、彼は迂闊にも、壁際にあった何かしらのスイッチに触れてしまった。
どこかから、うぉん、という異音が響く。ついで、巨大な羽虫が羽ばたくような音。俄に空間を雑多な音が満たし始める。
突然の事に”東の鷲”は竦み上がってしまい、おろおろと周囲を見渡すばかり。自動小銃の引鉄に手をかけてはいるものの、狙いなんて定まらない。
そんな彼の混乱を他所に、事態は容赦なく変化する。
暗闇の空間に光が差す。そこかしこに四角くくりぬかれたような光源が浮かび上がる。罅割れた、明滅するぼやけた光が、何かの文字を高速で次々に切り替えながら写し出す。見たことのない文字が乱舞する様は、得体のしれない不安を煽る。
『非常プロトコル再始動ヲ確認』
『緊急事態ニ付キ予備電源始動シマス』
『予備電源異常アリ。スタッフハ直チニ緊急マニュアルニ従イ対処セヨ』
ずぅん、という腹に響く鼓動。振動ではなく、別種の。顔を上げた先で、ぱらりと埃が舞い落ちた。ギィン、と”眼光”が闇に灯る。
『……TYPE-REX、Ver4……。……起動します』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます