夏の風

@24Rosmo

夏の風

頭がガンガンする。二日酔いの痛みに頭を悩ませながら時計を見る。10:28。薄暗い部屋には既にカーテンの隙間から日差しが漏れ、部屋の空気はむっとするくらい温まっていた。

「気持ち悪い…」

冷蔵庫から作り置きの麦茶をコップに注ぎ喉の渇きを潤す。エアコンを付けると始めにむわっとした空気が出てきたが直ぐに冷たい風にかわる。携帯とスピーカーを同期し、音楽を流したあとソファに倒れ込む。興味のない音の羅列が生暖かい部屋に響き渡る。音楽が容易く手に入るようになってしまった今ではミュージシャンのカリスマ性も薄れ、どの曲も似たように感じてしまう。それ程に世の中には音楽が溢れている。以前は素晴らしいと思っていた音楽さえ名も知らぬアーティストの曲の中に埋もれてしまう。伝説と言われたミュージシャンでさえ。大きくため息を吐いたあと、立ち上がって台所に向かい、お湯を沸かす。待つこと数分。沸いたお湯をカップ麺に注ぐ。待っている間にテレビをつけると、今日も陰気臭いニュースを垂れ流している。出来上がったカップ麺を啜りながら世間で起こっている不景気や悲惨なニュースを見ていた。見たところで自分には世界を変える力などないのだが、世間の出来事を見ている時が自分がこの世界を生きていることを実感できる。

怠い体を持ち上げてアパートを後にする。ドアを開けると暖かい風が部屋に吹き込み、部屋の中のレポート用紙がパラパラと飛んだ。帰ってから戻せばいいか。

財布だけもっていつものカフェに行き着く。町の寂しい路地を入った所にある少し分かりにくい場所。お客は暇を持て余したマダムがひとグループ、友人同士でお茶しているのみ。まぁ人が少ないのがこのカフェの好きな所なのだが。注文したカプチーノを飲んでいると優が入ってきた。

「よっ。お疲れ様!」

「あんまり人前で大きな声だすなよ。店の雰囲気が崩れるだろ…」

「ぐったりしてるなぁ。やっぱり昨日飲みすぎた?」

まぁ、記憶がとぶほどには。

「どうでもいいだろ、そんなこと。で、そっちは何か戦果あった?」

「ううん、全然ダメ。やっぱり今時バンドでドラマーやろうなんて奇特な人いないよねぇ。」

「ギターやベースに比べて楽器に触れる時間も限られてるしな。バンドメンバー募集もドラム募集してるところが殆どだわ。」

「なかなか良いドラマーいないよねぇ…一緒にやりたい!って思わされちゃうくらいの。」

「取り敢えず店出るか。あんまり長居しても悪いし。」

残りのカプチーノを一気に飲み干して店を出た。


建物の間を行き交う人の間を縫って歩く。セレクトショップや古着屋まで、お洒落好きからサブカル好きまで。ここに吸い寄せられる人間は様々だ。

「ちょっと見ていかない?」

「優は服好きだよな。俺は金ないからユニクロで精一杯だわ。」

「エフェクターとか機材ばっか買うからじゃん。バンドマンだったら少しは見てくれにもこだわりなよ。」

「はいはい。」

笑って優の口撃を躱す。

色、素材、縫製。ありとあらゆる種類の服が店内の左右上下、ありとあらゆる所に掛かっている。そんなに小さな建物ではないはずだが、服に圧迫されてジャングルを切り開く様な気分で進まなければならない。そんな服のジャングルを優すいすいと進んでいく。進むたびに目まぐるしく変わる色、色、色。さながらステージの照明のようにぐるぐると視界の中を動き回る。

「うべっ。」

急に立ち止まった優の後頭部に顔からぶつかってしまった。

「気をつけなよ、狭いんだから。」

どうやら目ぼしいものを見つけたらしい。目を輝かせながら服をあてがったりしてサイズを確認すると、それに合うものを探しにまた探検することになった。

時間をかけて店内を一巡し、試着してイメージ通りかを確かめると優はいそいそとレジがあったと思われる方向へと消えていった。自分は服を買う金なんてこれっぽっちも無いので、のんびり優が向かった方向についていった。

レジに着いた頃には既に会計を済ませた優がいて、店を後にした。

「よかったな。気にいる物があって。」

優は見るからにうきうきしていて今にもスキップしそうな程軽やかな足取りで通りを抜けていく。

「うん!付き合ってくれてありがと。周りに趣味の話できる人いないから久しぶりに道連れがいて楽しいよ。」

優の場合明るくて人付き合いも良いし何処でもやっていけそうだが。そんな事もあるのだろうか。ふと古ぼけたブラックボードにバンド演奏アリと書いてあるのが目に入る。

「ここ、いつも素通りするだけだったけどバンド演奏とかあるんだ。」

「たしかにあんまり賑わってるイメージないかも。結構年齢層高めの人が多い感じだし。」

「入ったことあるの?この店。」

「会社の上司に誘われて2、3度かな。あとは前を通った時に楽器もったオジサンが店からぞろぞろ出てきてた。」

「ちょっと入ってみようぜ。ドリンクちびちび飲むだけでも生演奏聴けるなら儲けもんだろ。」

店に入ると少し寂れてはいるけれど小洒落た店構えのバーになっていた。店の敷居が高いせいか、それとも存在が目立たないせいで客はまばらだったが。

「今日やるのはジャズバンドとピアノ演奏だってさ。透ってそっち系の音楽好きだったっけ?」

「俺は良い音楽だったら大体好きになれるけど。」

(そのせいで音楽へのこだわりも薄れかけてはいるが)

適当にアルコールとつまみのフィッシュ&チップスを注文し、店の端にある立ち見客用のテーブルに陣取る。

「人少ないね。後で演奏するピアノの人は他のとこでも見たことあるし前座かな。」

「ふーん。優ってここら辺のライブハウスに詳しいんだな。」

「服を買いに来たついでにちょっと覗いたりしただけだよ。ピアノの人はライブ結構やってるみたいだしね。」

そう言いながらポテトをひと口食べ、出されたばかりのジントニックを流し込む。

「食べ物だけでもくる価値あると思うんだけどなぁこの店。会社の人とは来たくないけどね。」

「この雰囲気で上司と来たくはないわな。好きなもん食べながら音楽だけ聴きたいもん。」

白身魚のフライを口に運んだが、味がふわふわになっていて衣もサクサクだけど油がしつこくない。間髪入れず二つ目を口にした。

「ちょっと、人の料理なんだから少しは遠慮しなよ。」

「あ、ごめん…」

くだらないやり取りをしているうちにバンドの演奏が始まった。

バンドの編成はピアノ、サックス、ベース、ドラムの4人。ピアノは正確さはあるが演奏者の熱量はあまり伝わってこない。逆にサックスは楽しんでいるのは伝わるがトーンが若干ぶれていた。でも意外といいな、と思ったのはリズム隊がしっかりとしていたから。ベースは正確にリズムを刻みながらも色気と哀愁を感じさせる音色。そしてドラムは正確なリズムは勿論フレーズの隙間に入れてくる細かなフィルまで本人のセンスとこれまでの努力の積み重ねが見えるようだった。彼の一挙手一投足見逃すまいと目を見張る。しかしそのバンドは2曲で演奏が終わってしまった。演奏が終わるとスポットライトは消え、袖すら無い演奏スペースから演奏者が片付けを終えて降りる。気づくと透も優も帰ろうとしていたドラマーの元へ駆け寄っていた。

「ねぇ、君。ちょっと話いいかな?」

優が彼の腕を掴んで連れて行こうとした時はっと我にかえる。

「優、初対面の人に迷惑だろ。」

「でも、透だってこっちに駆け寄ってきたって事は同じこと考えてたんじゃないの?」

一瞬言葉に詰まったあと無意識に言葉が出る。

「一緒にバンド、やってほしい。」

少し戸惑った顔を見せつつもドラムの彼は陣取っていたテーブルについて来てくれた。

「じゃあ取り敢えず自己紹介するね。私は織田優。パートはベースだよ。んでこっちは…」

「川瀬透。ごめんねいきなり。引き留めてただじゃ悪いし何か頼みなよ。お金はこいつが出すから。」

「じゃあ林檎酒を…」

一瞬優がこちらを睨みつける。悪かったって。

「えっと、名前訊かせてもらってもいいかな?」

「杜野光です。基本的になんでもやってるんですけど、会社の知り合いとジャズバンドをやる事が多いです。さっきのバンドですね。」

少し緊張しているせいか来たばかりの林檎酒をグッと飲み込む。

「織田さんと川瀬さんはどんな音楽をするんですか?」

「ジャンルで言ったらオルタナティブロックかな。俺のスマホにこの前作ったデモが入ってるから聴いてみてくれないか。」

気に入ってくれるかは分からない。でも、しっくりこない音楽をするバンドじゃ一緒に演る意味はない。彼は徐ろにイヤホンを接続し、再生ボタンを押した。

彼は真面目な表情を浮かべ自分と音楽の世界に入っていた。表情に大きな変化は読み取れないが足と左手はリズムを刻んでいる。反応としては悪くない、のか?

「あの、」

デモを聴き終えた彼が声をかける。

「連絡先交換してもらえますか。あと演る曲も送ってください。ドラムのアレンジは自分で考えるので。」

「それってOKってことで良いのかな?」

優がウキウキした様子で尋ねる。

「ええ。僕でよろしければ。」

「良かったー!じゃあこれからよろしくね!」

あまりにもすんなり承諾してくれたので拍子抜けしてしまった。

ぼーっとしてないで透も連絡先交換しなよ、と急かされて連絡先を教えたところまでは覚えているが、今まで苦労して探していたドラマーがこんなにも簡単に来てくれた事で、現実味を感じないまま帰宅して眠ってしまった。


数日経ってメッセージの通知があった。


杜野:アレンジが出来たのでスタジオ入りませんか?

織田:おお〜!早いね!私は18時以降だったらいつでもOK!

杜野:次の金曜日はどうでしょう?

川瀬:俺も大丈夫。

  Studio: the Child in a Carに集合で。。


スタジオホームページのリンクを貼り付けてグループに送った。


スタジオのロビーに入ると20分前にも関わらず杜野が待っていた。

「お疲れ様。早いね。」

「お疲れ様です。知り合って間もない人たちを待たせる訳にはいかないので。」

店長が先に入ってても良いってさ。どうせ優は少し遅れてくるし。」

5番のスタジオに入り、透と光は手慣れた様子で各々の機材をセッティングし始めた。透がマイクやエフェクターを接続している間に、光はドラムセットの位置を調整し、フレーズを少し叩いて音の感触を確かめる。何フレーズか叩いている間に透のギターの音が混じる。狭いスタジオの中、初めて合わせるからか、少しの緊張感が漂っていた。

「ごめんっ!遅れた!」

「あ。意外と早かったな。とっとと始めようぜ。」

それに同意すると言わんばかりに光のドラムが急かす。

優の足元は透に比べればシンプルなもので2,3分程度で準備が完了する。既に急かす様なドラムに合わせて、その上を透き通った様な、少しふわふわしている旋律が流れている。優のベースが穏やかに合流し、次第にスタジオは音まみれになった。段々と激しくなる抑揚。それに応じる様にお互いの距離がぐっと近くなる様な感覚。音が混ざり合い、皆が最高潮に達したと感じた瞬間、全ての歯車が噛み合った。

瞬間見えたのは、汗に塗れて輝くお互いの顔だけだった。


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