プラチナ

117

序章 地球のアルバイターから異世界の冒険者へ

第1話 バイト紙に異世界冒険者の募集があった件


『異世界で活躍する冒険者を大募集。福利厚生など充実』


「えー」

 バイト紙をパラパラとめくっていたらそんな広告が彼の目に入って来た。

 何かの間違えとも思ったが、自分には関係ないとすぐに意識を外す。せいぜい、どこかで話のタネになるとは思ったが。

 いいバイトはないかと、このことは忘れてバイト紙を閉じるのだった。


「異世界冒険者の応募、ありがとうございます。確かに契約書にサインをいただきました」

「えー」


 気が付いたらそのバイトに応募していた。いや、させられていた。

 正気に戻る、とでもいうのだろうか。当然のようにこの怪しい広告に電話をかけ、すぐ来るようにと言われたら当然のように足を運び、契約書にサインをと言われたら当然のようにサインをしてしまった。それが終わってようやく、普通の思考が戻ってきた。


村崎むらさき優希ゆうきくん、ね。歳は19っと。何か質問はあるかな?」

「むしろ質問しかないんだけど」


 優希はしかめっ面をしながら、契約書をしまいこむ年季の入ったスーツを着ている男性に向かって口を開く。


「ええと、まずなんだけど、催眠術みたいなのをかけて俺をここに呼んで契約しましたよね?」

「うん。魔法による勧誘が禁止されてないから」

「本人の意に沿わない契約は無効だと思うのですが」

「大丈夫、訴えられても負けないし、そもそも訴えられないから」


 そりゃここまで横暴なことを通すのだから、そうなのだろうけど。

 話は通じているが、根本的なところで話が噛み合っていない。虚脱感に苛まれつつ、優希は次の質問に移る。


「ええっと、命の危険とかないですよね? 異世界で冒険者って言われても全然想像つかないんですが」

「命の危険はあるさ。君、ラノベとか読まない人?」

「読みます、読みますけど…」


 ああいうのはフィクションで楽しむからいいのだ。斬った張ったの血なまぐさい世界に自分が行きたいとは思わない。

 思わず目を閉じて天井を仰いでしまうが、スーツの男はどこを吹く風。


「心配しなくても、こちらとしてもせっかく見つけた魔力が多い人を使い捨てたりはしない。

 できる限りのバックアップはするよ」

「魔力?」

「知らない? キルトリアル理論における魂運用のエネルギー活用法って言えば分かる?」

「余計分からなくなったので魔力でいいです」


 このスーツの男、どこに常識があるのかイマイチよく分からない。なんで魔力が通じなくてキルトリアル理論とか出てくるのか。それで通じると本気で思っているのか。

 スーツの男はコリコリと薄くなった髪の生え際を手に持ったペンのおしりで掻きながら話を続ける。


「で、何だったかな。

 そうそう、魔力。ほら、この世界では魔力の活用法ってないでしょ?

 だからその才能を魔力が一般的な世界で活かして貰おうと、色々なところに網を張っているのさ。魔力が高い人を見つけてここに来るように、ね」

「罠にハメるみたいな方法はえげつないと思うのですが」

「世の中、綺麗事だけじゃないからねぇ」

「少しは体面も気にして下さい」


 優希は溜息をつきながらそこで止める。相手はやろうと思えばこちらの意識を操れるのだ。責めるのもある程度のところまでにしておかないと、自分という個がなくなりかねない。それはいくら何でもイヤだった。


「まあいいです。俺に選択肢がないことは理解しました。

 で、何をすればいいのですか?」

「バイト紙に書いてあった通り、異世界で冒険者になって貰いたい。そしてその世界でしか手に入らない素材などを入手して貰い、それを我が社が買い取る。

 出来高制で、日本円で買い取るよ」

「円ですか。現地の通貨ではなく?」

「それは現地で卸して入手下さい。冒険者としての仕事もしなくちゃならないから。

 それに危険な素材をいきなり入手しようとして死なれても困るから、冒険者のランクに合った素材しか卸せないようにするからね」


 そう言いつつ、スーツの男は白い布袋を取り出す。腰に括り付けるタイプのそれを受け取った優希は怪訝な顔をする。


「これは?」

「なんていうのかな…。中が亜空間になっている、とかで通じる?

 見た目よりも大容量で、モノがたくさん入る袋さ」

「はぁ。よくある設定の奴ですね」

「ウチの会社の備品だけど、滅茶苦茶高いからね。失くしたら君の命でも弁償できないから。死ぬより辛い目に遭うハメになるからくれぐれも失くさないようにね」

「いちいち怖い事言うのやめて貰いえませんか?」


 さらっと脅しを入れて来るスーツの男にげんなりする優希。

 そんな彼を無視して優希の持つスマホを指さした。


「あと、君のスマホに異世界アプリを入れたから活用してよ」

「……そろそろ聞くのが疲れて来たんですけど、異世界アプリとは何です?」

「異世界とこの世界の繋げるアプリさ。そのアプリに布袋に入っているモノが全部表示されるから、ウチに売却したいモノはそれで操作して。

 それから検索機能とかネット通販とかも使えるから活用してよ。ネット通販で買ったものも布袋に入れられるから」

「もう、なんでもありですね」

「それでも死ぬ時は死ぬから気を付けてね」


 こまめに嫌な事を聞かされて、優希はもう疲れてきてしまった。

 とはいえ、もう話も終わりらしい。スーツの男は、さて、と前置きをした上で優希に問いかける。


「こちらから伝えることはだいたいこんなところかな。

 何か聞きたいことはあるかい?」

「何を聞いても無駄な気がするのでいいです」

「そうだね。現地で情報を集めた方が有意義だと私も思う」


 真面目にスーツの男が頷いた瞬間、優希の足元の感覚がなくなった。

 違和感に下を見ればそこにはぽっかりと穴が開いており、ついでに言えば優希は既に落下を始めていた。


「じゃあ異世界に行ってらっしゃい。安全には十分気を付けるようにね」

「落とし穴で異世界行きかよぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 優希の声は、虚しく響きながら消えていく。

 それは彼が異世界に行く前に日本で残した最後の言葉となるのだった。

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