第30話 抜け駆け禁止

「もちろん、カッコよくてモテることは悪くないですよ。それはステータスですから、モテないよりモテる方が断然いいです。でも、だからって世の中の全ての異性が自分のことを見てる、惚れてる、求めてるって思うのは、自意識過剰でしかないわけです。私をその周辺の女共と同類にされても、困るわけですよぉ」


 久々に寮の厨房に立ったオレはテキパキと寮生全員の朝食を風吹さんと分担して作っている。

 その最中ずっと夜乃は配膳カウンターに身を乗り出し、オレに話しかけていた。

 内容は先程後で聞くと言った、合宿中の不満事。主にとある男子生徒に言い寄られていたことに対する不満だった。


「コーチ話聞いてますか? リアクションがないんですけどぉ」

「あぁ、聞いてる聞いてる、だから少し黙ってろ」


 こっちは準備で忙しいんだよ。


「それ聞いてませんよね。て言うか聞きたくない時の反応……コーチ私を他の男に取られてもいいんですかぁ?」

「いいも何も、判断するのはお前だろ」

「むっ、そんな言い方したらホントに他の人の物になっちゃいますよ」


 むすっと仏頂面でそう言ってくるが、オレにどんな反応をしろと?

 まさか「お前はオレの物だ! 誰にもやらん!」とでも言えと? 

言えるかっ! そんなこと。オレはお前の父親じゃないんだよ。


「だから、それは――」

「日暮さん」

「はい、口だけじゃなくて手もちゃんと動かしてます」


 風吹さんがお怒りだと思って、オレは手を動かすことをアピールする。


「そうじゃなくて、女の子にその態度はないんじゃない? 変な男に引っかかって酷い目に遭ったら、責任取れるの?」

「……それってオレの責任ですか?」


 まさか夜乃を擁護する側に回るとは思っていなかった。


「私たちは寮生の親みたいなものでしょ。寮監として監督不行き届きってことで責任あるでしょ」


 もちろんオレが親なら節度ある交際をなんて言うかもしれないが、夜乃はあくまで陸上の教え子であって、それ以下でも以上でもない。

 それで何か問題が起これば自己責任。そう思っていたが、寮監として監督不行き届きと言われたら、確かにその通りかもしれない。

 だが、その場合責任追及させるのは学園側では? いや、より近くにいた寮監に矛先が向けられて尻尾切される可能性はあるかもしれない。

 学園と寮、どっちが立場的に下かと言えば当然オレたちだ。

 教師と寮監でも下はオレだ。勝てる見込みがない。


「風吹さんフォローありがとです。でも、そこは親じゃなくて――」

「はいはい、そっから先は私の仕事じゃないから」

「協力してくれてもいいと思うんですけどね」

「そういうのは自分の力で勝ち取るから意味があるんじゃない?」

「むっ……まぁ、そうかもですね」


 夜乃は一瞬不満そうな顔をしたものの、すぐに納得したように頷いた。


「ってことでコーチ週末一緒に買い物に行きませんか?」

「どうしてその結論に至った?」

「もちろん勝ち取るためです」


 何を? 買い取るの間違いじゃないか?


「悪いが週末は予定がある」

「コーチが週末に予定? まさか誰かとデートですかっ!」

「お前にはオレがデートを嗜む男だと思うのか?」


 驚いてくれている所悪いが、その問いにオレは呆れたようにしか返してやれない。


「そこは嗜んでほしいですけど……そうですよね、コーチですし。デートする相手なんていませんよね」

「ああ、ただ姪っ子たちと買い物に行く約束をしただけだ」


 7日間のうち6日も相手にしてやれない。1日くらいは家族サービスをしてやるのが親だと思ったので、そう約束している。

 幸い、今週は陸上の大会も記録会もない。

 正直、また長時間連れまわされると思うと憂鬱だが――いやぁ、姪っ子たちとの買い物楽しみだ!

 オレは鬱な気持ちを払拭するために、ウソをついて自分を奮い立たせた。


「それデート!」

「ちょっと何言ってるのかわからないな。相手は姪っ子たちだぞ?」


 しかも今では親も同然。一緒に買い物に出かけるのは当然のことで、それをいちいちデートとカウントしてたら、これからさき何十、何百とデートすることになる。


「姪っ子だろうと女の子と遊びに行ったらデートです」

「その理屈だと父親が娘と行ったら――」

「あ、それは買い物です。やめてください、あの人との買い物をデートとしてカウントさせないでください」

「…………」


 残念だったな夜乃さん。会ったことないが、娘さんはあなたとの買い物はデートにカウントしてないらしい。

 オレと姪っ子たちの買い物はデートらしいが、この差は一体……。


「荷物持ちと財布とはデートになりませんからね」

「その認識はお父さんがさすがに可哀想ね」


 聞いていた風吹さんも思わず苦笑いをしている。

 娘って生き物はこういうものなのだろうか?

 だとしたら、嫌だな。いや、オレ自身の娘ができる予定はないけどな。でも……あの子たちが近い将来、オレをそういう風に思うようになると考えると、少し辛いな。


「ですね。娘ができたらそんな風に思われるのか……」

「大丈夫ですよ。コーチの娘はきっとパパ大好きのファザコンになりますから。保証します」


 オレが表情を曇らせていると、なぜか夜乃は自信満々の様子でそう断言した。


「なんで言い切れる? なんで保証できる?」

「そんなの私が――」

「抜け駆けストォーップ!」


 食堂内に突如轟いた大きな声に、夜乃の発言は遮られた。

 声がした入り口に視線を向けると、そこには西野と東条の姿がある。

 おかしい。まだ朝食の時間じゃないはずだ。


「(ちっ、邪魔者がっ)」


 うん? 今舌打ちしなかったか。

 微かにそんな音がと夜乃から聞こえてきたような……。


「抜け駆けってなんのことぉ? 人聞き悪いなぁ、西野ちゃんは」

「とぼけても無駄ですよ、先輩。でも抜け駆けしようとしてたのは、夜乃先輩だけじゃなかったですよね?」

「それを言ったら帆莉もでしょ」

「なぁんだ。みんな同じ穴の貉ってこと? じゃ、気にすることないか」


 何やら3人の間でバチバチの火花が弾けてるように見えなくもない。

 何なんだ、この雰囲気は。

 30手前のおっさんにもわかるように説明してくれ。


「はぁ……あなたたちまだご飯の準備はできてないんだけど。邪魔するなら放り出すからね」


 現場を見かねたのか、風吹さんは少し表情を怖くして、3人を注意した。

 3人は互いに顔を見合わせてから、示し合わせたように肩を竦めた。


「目的が同じってことはわかってるけど、追い出されたら元も子もないからやめようか(風吹さん怒ると怖いから」

「そうですね(風吹さん怒ると怖いですから)」

「わかった(風吹さん怒るとおっかないから)」

「ねぇ、3人共、今思ってること声に出して言える?」


 なぜだか風吹さんの笑みが滅茶苦茶怖いことになってる。


「「「っ! いえ、何も思ってませんっ」」」


 3人は背筋を伸ばして、首を横に振った。

 今この場で一体何が起こってる!

 おっさんにも教えてくれっ!

 気になるが、オレは手を止めることなく朝食の準備に尽力した。限られた時間内に用意しないといけないからな。


 ◇


「静かになりましたね」


 春休みが終わり今日から新学期。

 登校時間になれば必然的に生徒たちはいなくなる。

 生徒のいなくなった食堂で、オレたちは朝食を取りながら、小休憩に入っていた。


「また賑やかになるね。夜乃さんを始め、帰省してた子たちも帰ってきたし」

「そうですね。この数日間、ありがとうございます。おかげであの子たちと暮らせる土台は作れたと思います」


 朝食の準備でまだ満足にお礼を言えていなかったので、オレは改めて風吹さんに頭を下げた。


「いやーホント大変だったな。やること多くて、もうくたくた」

「すみません」


 そう言われてしまうと肩身が狭い。


「あはは、冗談冗談、疲れたのは本当だけど、文句言えるようなことじゃないから。それに休んでたって言っても、やること多くて日暮さんだって大変だったでしょ?」


 笑いながら、オレのことを気にかけてくれている。優しい人だ。


「そりゃ。家具の買い物や引っ越しと転入の手続き、制服づくりにその他諸々……知らないことをしなきゃいけないので、ネットで調べたりして……久々に知恵熱出しそうになりました」


 オレには関係ないこととずっと触れてこなかったから、子供を学校に通わせる基礎知識がそもそもなかった。


「そうだね。本当は子供の成長と一緒に少しずつ勉強していくことだと思うけど、いきなりだもんね」

「我ながらよくやりきったと褒めてやりたいところです。この達成感は教員免許を取った以来ですかね」

「あれ? 日暮さん教員免許もってたの?」

「大学生の時に目指してましたから。でも、教育実習で挫折したというか、身の程を知ったというか……」


 あの期間が実にハードだった。

 何故かやたらと男子の当たりが強くて、授業にならなかった。それで自分は教師になる器がないと判断し、インストラクターの資格を取った。

 もちろん大学生活を無駄にしないために、教員免許を取得するために必要な単位は取ってあるので、免許自体は手元にある。

 今ではネタにもならないから、自慢話にもしないが。


「子供の相手は大変ですよ」

「と言いつつ、今も相手してんじゃん」

「まぁ……そうですね」


 なんの因果だろうな。

 教師と寮監じゃ責任も重みも全然違うだろうが。

 このくらいの軽さがオレには丁度いい。


「なるほどね。日暮さんは元々指導することが得意ってこと?」

「どうでしょうね。適性がないと思って諦めた人間ですから、得意ってわけじゃないと思いますよ」

「でも、最初は教師を目指して、次はジムのトレーナー。で、今は寮監兼陸上部の顧問」


 オレの履歴を見れば確かにそう言えなくもない。


「ねぇ、転職、教師とかじゃダメなの?」

「…………」


 それは考えないようにしていたことだ。


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