第二部 愉快な陸上部員たち(仮)

第28話 ちょろくないんで


「今日で合宿も終わりだ。気を付けて帰るように。以上、解散」


 無駄に長かった陸上の強化合宿がようやく終わった。

 ホントはこんなのに参加するつもりはなかったけど「お前には期待してる。是非参加してくれ」って暦コーチに言われちゃったから、渋々参加することにした。

 いや~好きな人に期待されたら、そりゃ応えたくなるよね!

 春休みの2週間、コーチに会えなかったのは寂しいけど、レベルアップした姿を見せて、一杯褒めてもらわなきゃ。

 あの人そういうの苦手だけど、参加したご褒美はもらわないとね。イヤって言っても絶対に労ってもらわなきゃ!


「時雨ちゃん! 少しいいかな?」


 すぐに帰路に就こうとした私に一人の男子生徒が話かけてきた。

 顔面偏差値80越え。この合宿で出会った男の中では一番格好いい爽やかな好少年。

 彼が走れば、女の子たちが「きゃーきゃー」騒ぎ出す程の色男。

 名前は確か……なんだっけ?

 この合宿中に何度か話したけど、遂に名前を覚えることはなかった。


「あっ、は~い。何か私に用ですかぁ?」


 私は異性と接する際の営業スマイルを浮かべる。

 可愛い女の子を演じるのは、とても大事なことだよね。


「合宿も終わったし、これから頻繁には会えなくなるけど、休日とか会えると思うから、連絡先交換しておこうと思って」


 う~ん、この男は何を言ってるのかな?

 なんでいきなり連絡交換? しかも、するのが当たり前って言うか、するだろって見たいな態度が胸糞悪いんだけど。


「え~っと……どうして私がキミと連絡先交換するの?」

「どうしてって『今は合宿に集中したいから、終わった時にもう一回言ってくださいね』って言ったのは、時雨ちゃんだろ?」

「………………」


 そんなこと言ったかな? 言ったような、言ってないような……あっ、二日目くらいに言ってたかも。

 いやいや、でもそれは優しく、お前の連絡先なんて知りたくもないって意味で、ホントに終わってから聞きにくる?

 女子言葉理解しないと恥かくよ。


「あー、そうでしたね。でもぉ、私としてはキミと連絡先を交換する意味がわからないと言うか(したところで連絡する気がないからなー。容量、少しでも無駄にしたくないし)」

「うん? 連絡先知らないで、どうやって遊ぶ約束するんだ?」


 うーん、伝わらないかぁー。

 きっと「俺の誘いが断られるはずない」とか思ってて、拒否されていることに気付いてないのかも。

 そりゃ、有りか無しかって聞かれれば有りな顔面だけど、私にはもう先約がいるわけで、あんたなんかお呼びじゃないんだけどなぁ~。


「あ、でも、遊ぶにしても私たちの家って離れてるじゃないですかぁー」


 今回の強化合宿に集められたのは県内で優れた選手たちで、今年から高校生になる年齢だ。

 こいつがどこに住んでいるかは知らないけど、たぶん近くじゃない。


「お互いの家の中間辺りなら、公平だし遊べないことはないんじゃないかな?」


 そこは俺が行くよって言うところだよね。 

 公平なのはわかるけど、乙女的には割り勘とか受け付けないんで。

 レディーファーストって言葉知らないの?

 男女平等? いやいや、ここは優先されるべきところですから。

 仮にもあんた私のこと狙ってるんでしょ?

 はぁ、こんなにわかりやすく断ってるのに、どうして伝わらないかなぁ。

 まだ周囲に他の子たちもいるから、ハッキリ断るのは面倒だけど、これの相手するのも面倒になってきた。

 既に解散したはずなのに、多くの女子がまた周囲に残ってる。もしかしたら私とこれが離れるのを待っているのかもしれない。

 女子って面倒な生き物だから、好きな人がこっぴどく振られるのって我慢できない子もいるんだよね~。

 私はラッキーって思うけど、そうじゃない子ってホント面倒で悪質だから、できれば敵にしたくない。


「でも~、休日も練習で忙しいって言うか、休みがないって言うか」


 日曜日はさすがに休日だけど、貴重な週一の休みをこんなのに分け与えるつもりはない。

 休日はコーチと個人レッスンの日だ。この1年は余計な後輩が二人ほど増えて、二人っきりにはなかなかなれなかったけど。


「時雨ちゃんなら大丈夫だよ。もう十分な結果が出せるんだから」

「はぁ、まぁ、そうですね……」


 そりゃ強化合宿に呼ばれるくらいだから、結果は残してると思うけど、だからってあんたに私の人生に干渉してほしくない。

 それを決めるのは私だ。

 なんか、ホントに面倒だなぁ~。

 イライラゲージ振り切りそう。

 そう言えば生理近いんだった。よかった、合宿中に始まらなくて。


「だからね。帰る時間遅くなるから」


 何が「だから」なの? 私を呼び止めたのあんたの都合でしかないから。

 ああ、なんかもういいや。


「私的には、キミの連絡なんて興味ないって言うか、そもそもキミに興味ないって感じなんですよねぇ~」

「……え?」

「え? っじゃないですよぉ。何素っ頓狂な顔してるんですかぁ? まさか世の中の女の子が全員自分にメロメロの夢中になるとでも思ってるんですか? 確かに顔面偏差値高いかもしれないんですけど、私の好みとは違うって言うか――好きな人いるんで」


 もしコーチを知らずに出会っていたら、一考の余地はあったかもしれない。でも、コーチを知った後だと、どの男も見劣りするって言うか、大人の色気が足りないよね。


「悪いんですけど、名前も覚えてないんで、そんなグイグイ来られても迷惑なんですよぉ。せめて名前を覚えるくらい興味を引き出してくれないとお話にならないって言うか」


 多分、どれだけしつこく自己紹介されても覚えないけど。

 私の頭の中はコーチのことだけで一杯だ。そこに他の男が入る余地はないので。


「見た目ほどちょろくないんで――私」


 自分を可愛く見せるために、多少遊んでる感は出してるけど、私はまだ処女だし、彼氏がいた経験もない純情乙女。

 狙い目って手を出そうとしてきた男なんて数えきれないほどいるけど、どれも相手にならなかった。

 そう、コーチ以外は。

 コーチのアプローチは情熱的だった。

 初等部在学中に私のところに来て「お前が欲しい!」「お前が必要だっ!」って何度も言い寄って来た。

 最初はなんだ、このロリコン野郎って思ってたけど、諦めずに何度も何度もアプローチされていくうちに……。

 なのにあのコーチは!


「どうせ私のことなんて陸上選手としか思ってないんだからっ!」


 私に対するアプローチは全部陸上選手としての素質を見込まれてのものだった。

 すぐにそのことに気付いたけど、私は中等部に上がったら迷わず陸上部に入部してた。

 陸上には大して興味はなかったけど、好きな人の側にいたくて、好きな人に褒められたくて頑張ってたら、強化選手に選ばれてた。


「ってわけでごめんなさい。あなたとは金輪際関わるつもりはありません」


 私は一応礼儀として深々と頭を下げて、彼に背を向けた。

 顔を上げた際に一瞬、呆けた顔が視界に入ったけど、どうでもいい。

 周りの女の子たちは突然私がまくしたてたことに驚いて、ぽかーんとしてる。

 急げ。今のうちに帰ろう。

 遺恨を残すやり方かもしれないけど、背に腹は代えられない。

 言葉が通じなかったんだから、ハッキリ言うしか手立てがなかった。

 あぁー、これだから自意識高い系の男は嫌いだ。

 もし次の大会で女子にいじめられたら、世にも恐ろしい目に遭わせてやるっ!



※あとがき※

 気分を一転して新しい気持ちで、新しい章に突入です。

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