第17話 観たらいけません!
「ところで三人は昨日何をしていたんだ?」
家族会議とも言えない家族会議を終えたところで、オレは昨日何をしていたのか訪ねた。
「昨日……ですか」
「昨日は……部屋の掃除や模様替えですかね」
オレの質問に対して、麗羅と有紗は互いに顔を見合わせると、少し歯切れの悪い感じで答えた。
「うん?」
はて? 何か困るような質問だったか?
二人の反応に違和感を覚えたオレは首を傾げて、何も考えていなさそうな無垢で可愛い璃々夜に顔を向けた。
「璃々夜は昨日何をしてたんだ?」
「あっ、叔父さん!」
「璃々夜に何聞こうとしてるんですか!」
「別にやましいことを聞いてるつもりはないんだが、何をそんなに焦ってるんだ?」
あからさまに二人の反応がおかしい。
何をそんなに慌てているのか。
「うーんとね、昨日は部屋のお片付けとかしてたよ」
片付けなんていいことじゃないか。
きっと与えた部屋を自分たちの好みに模様替えでもしたのだろう。
あ、もしかして、部屋にあったものを誤って壊したから隠そうとしてるとか?
別にそんなことで怒ったりしないんだがな。壊されて怒るような大事なものなんて持ってないし。
子供はミスすることを悪と勘違いしていることがあるから、それで必死に――
「あとDVDみた」
――DVDか。子供が観るようなものをオレは持っていない。きっと兄さんの家から持参したのだろうが……いや、待て、DVDだと……DVD、DVD……おい、それってまさかっ!
オレは璃々夜から視線を逸らして、ざっと音を立てて二人の方を見た。
二人は何とも言えない気まずそうな顔をして、オレとは目を合わせようとしない。顔はほのかに赤く染まっていて、それを見たオレは二人が焦っていた理由を理解した。
「……観たのか?」
「「…………」」
二人は答えなかった。だが、その沈黙が肯定の沈黙であることは言うまでもない。
DVD――正確に言えばそれを再生するプレイヤーの中には……AVが入っていた。
◇
「片付けしようにも荷物が少ないし、お兄さんの荷物をどうすればいいのかわからないから、片付けるに片付けられないよね」
「そうね。私も叔父さんの部屋だったところだから下手に動かして大事な物とかの場所がわからなくなったりしたら困るから、触れないかも」
私たち三人がバラバラで親戚に引き取られそうだったところを、叔父さんに手を差し伸ばしてもらったことで始まった新たな生活から一夜が経った。
朝起きれば叔父さんの姿は既になく、リビングのテーブルには書置きと諭吉さんが置かれていた。
私たちはとりあえず買い置きされていた冷凍物で朝食を済ませて、生活環境を整えるためにそれぞれの部屋の片付けをしようとしたのだけど、すぐに手詰まりの状態に陥った。
「どおしよっか?」
「……とりあえず叔父さんが帰って来てから……は、遅いから。いる時にでも確認しながらの方がいいと思う」
書置きには帰りが22時三〇分になると書かれている。さすがにその時間から片付けは始められないから、聞くなら別の日だ。
もしかして毎日こんなに遅いわけじゃないよね?
「それがいいね……でも、一気にすることがなくなっちゃったね」
「そうね……買い物しようにもなんのお店がどこにあるのかもわからないし」
全く知らない土地に来たので、土地勘なんてあるはずがない。スマホがあるから周囲のことをマップで調べれば、お店の情報は出てくるだろうけど、出歩く気はしない。
中学生になっても知らない場所に出かけるのは不安だ。
もちろん、お父さんとお母さんが一緒なら、そんなこと感じないけど、二人はもうこの世にはいなくて、頼りになる叔父さんはお仕事。
仕方がないことだとはわかっているけど、引き取ったばかりの子供たちより仕事が優先っておかしくない?
「レイラお姉ちゃん、リリヤDVDみたい」
することがわからず、手持ち無沙汰でいると、末っ子の璃々夜が退屈そうな顔で袖を引っ張って来た。
「DVDね……何か持ってきてるの?」
昨日は実家から生活に必要な物を取ってきたけど、服や小物、勉強道具ばかりで暇を潰せるような物は持ってきていない。
「ううん、でもね、おじちゃんもDVDあるんだよ」
璃々夜は首を横に振りつつも、テレビ台の収納スペースを指差した。
確かにそこにはDVDパッケージのような物がずらっと並び、DVDプレイヤーが置いてある。
叔父さんが璃々夜でも好きそうなアニメを観てるとは思わないけど、魔法使いの学校だったり、海賊が冒険したり、動物とお話しできる先生なんかの映画のDVDを持っていれば璃々夜でも観ることができる。
「そうね。暇だし何か観よっか」
「うんっ」
DVD鑑賞に同意すると璃々夜は嬉しそうに頷いた。
まだこれから小学三年生で、10歳にもならずに両親を亡くしたというのに、寂しそうな顔をあまりしない。
もちろん事故の日からお葬式まで、私たちはどん底にいた。沢山三人で泣いたし、原因を作った男に対して恨み言も呪いの言葉も沢山言った。
けど、叔父さんが私たちを引き取ってくれたことで救われたような気がする。
それは私だけじゃなくて有紗も璃々夜も同じなんだと思う。
だから、まだ悲しみは癒えないけど、普通に生活することができている。
「何があるかな?」
「お兄さんなら……車のレースものやスパイアクションものなんかじゃない?」
「ミッションでポッシブルなやつとか?」
「そうそう、トムでクルーズな人が主演のやつ」
うん、それなら璃々夜も観られる。この子はアクションものも好きだから。
私たちは三人並んでテレビ下の収納スペースを覗き込み、代表として私が中からパッケージを引っ張り出した。
「え……これって……」
「あっ……そうだよね、お兄さんは大人の男性で、独身だし」
私が手にしたパッケージを床に置くと、そこに印刷されていたのは――
「裸の女の人だねぇ~」
――璃々夜の言う通り、全裸の女の人たちだった。
ブラジャーもパンツもつけていないから、本当に裸だ。
胸は当然飛び出し、股は大胆にも開けられている。
アソコにはモザイクがかかっているものの、女性の大事なところに何かが突き刺さっていたり、全身が白い液体で濡れていたりと様々だ。
間違いない。これは――。
「AVってやつだよね?」
「……だと思う」
観たことがあるわけじゃないから詳しくないけど、存在くらいなら知っている。
「あ、この人の胸凄くでかい」
「ちょっと、有紗、なに見てるのっ」
「え? 気にならない? こんなの見たことないじゃん」
有紗は興味津々な様子でパッケージを一個手に取ると、マジマジとそこに映っている女性の裸を見つめていた。
「それは……気にはなるけど、有紗にはまだ早いでしょ!」
「それを言うならお姉ちゃんだって。こういうの18歳以上じゃないと見ちゃダメなんでしょ?」
「そうよ。だから見ちゃダメ!」
私は有紗からDVDのパッケージを取り上げた。すると有紗は不満そうな顔で――
「えぇー、でも、勉強しておいた方がいいんじゃない? もしお兄さんがわたしたちに手を出そうとしたりした時に何も知らなかったら――」
――変なことを言いだした。
「な、なに言ってるの! 叔父さんがそんな、私たちを相手にするはず――」
「ないって言いきれる? わたしたちお母さんの娘だよ。お姉ちゃんは髪、わたしは顔立ち、璃々夜は瞳、それぞれお母さんの遺伝子を強く引き継いでるんだよ。このわたしたちだけの空間にいたら、お兄さんだって変な気になって過ちを――」
「だからなに言ってるの! 私たちは姪と叔父なのよ! そんなこと許されないんだから!」
そう許されない。法律が許してくれない。
どれだけ好きでも、触ってほしいと思っても、私たちが結ばれることはない。絶対に!
なのに有紗は何を考えて――。
「でも、見てよ、お姉ちゃん。この人なんてお母さんと同じシルバーブロンドだよ」
有紗は私が取り上げたのとは別のパッケージを取ると、私にその表面を見せてきた。
その人はお母さんほどじゃないけど、そこそこ美人な女性だ。
そして有紗の言う通り、その女性の髪はお母さんと同じシルバーブロンド、つまり私とも同じだ。
「…………」
私は言葉を失った。
本当に?
本当に、叔父さんは私をそういう目で見ているの?
「それにお兄さんの好きなプレーを把握しておけば、いざって時に――」
また有紗はバカなことを!
前から思ってたけど、この子少しマセすぎなのよ。
もしかしたら私よりも色々詳しいかもしれない。
だから、そんなバカなことも平気で――
『んっ、あっ、いいぃぃ! もっと、もっとそこを突いてぇ!』
唐突に何から女性の喘ぎ声のような物が聞こえてきた。
その奥には、くちゅくちゅという粘り気のある水音のようなものが響いていて、音がする方を見てみると――
『あぁんっ! ひっひぃっ、は、激しい、激しくっ!』
――裸の男女がベッドの上で絡み合い、男性が力強く腰を振っていた。
「あ、有紗!」
「わ、わたしじゃないよ! まだつけてない」
「でも実際に映像が――」
「裸で抱き合って、仲良しだねぇ~」
テレビの中で何が起こっているのかわかってないのか、リモコンを手に持った璃々夜が能天気な声で感想を言っていた。
仲良しって、そりゃ仲良しかもしれないけど、それは違う!
「「璃々夜!」」
私と有紗は声を揃えて犯人の名前を呼んだ。
「およ?」
状況を理解していない璃々夜は一人きょとんとした顔で、首を傾げた。
うっ、性についてまだ知らないからこんな顔で……変に怒って、これがえ、エッチなことって知られるよりは、何でもない風を装った方がいいの?
どうするのが正解なのかわからず、チラッと有紗の方に視線を投げると、有紗もチラッと横目で私の様子を窺っているようだった。
「「…………うん」」
なぜか私たちは同時に頷き合い、静かにテレビに向かった。
「わぁ、ホント……仲良しさんだね」
「そうね。まるでお父さんとお母さんね」
酷い棒読みでそう言いながら、私たちはDVDの再生を止めるのではなく、エッチなDVDの鑑賞を初めてしまった。
それを見ていると、不思議と身体が熱くなって、身体中がソワソワと疼くようだった。
それは有紗も同じようで、身体は小刻みに揺れている。
ただ璃々夜だけは、平然とした顔で画面を眺めていた。
無邪気って恐ろしい……。
◇
「裸の男の人と女の人が仲良しだったよ」
まさか璃々夜の口から飛び出したのは、AVの内容だった。
きっとセックスシーンを再生してしまったのだろう。
オレは顔を真っ赤にする麗羅と有紗を見て、いたたまれない気持ちになる。
「お前たちはそんなの観たらいけません!」
悪いのはオレだがな。
隠しておくことを失念したオレが悪い。でもな、だがな、観るか普通。小学生と中学生が!
これって何かの罪に問われるか?
明日のニュースに『30歳になる男性、姪の小中学生にアダルトビデオを強要』――なんて報道されないよな? 強要してないがっ。
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