第7話 ゴミと洗濯物の回収
朝食が終われば次はゴミと洗濯物の回収だ。
オレと風吹さんはそれぞれ分担して各部屋へ、ホテルの客室整理なんかで使用されているワゴンカートを押して回る。
「ゴミと洗濯の回収だ。あるなら出せー」
オレの持ち場は二階。基本的には陸上の担当だ。
寮で生活している陸上部は中高合わせて27人。プラスして水泳部の子たちも何人か世話している。
入寮してきた最初の頃は、男であるオレにゴミや洗濯物を出すのに抵抗感があった生徒たちだが、ここにいる子たちは少なくとも1年近く毎日のように同じことを繰り返しているので、既に拒否する子ほとんどいない。
もちろん、オレが何も問題を起こしていないという前提があってこそ、生まれた信頼関係なのだが――
「変なことに使ったら、殺す――」
「お前は相変わらず物騒だな。オレが一度でも変なことしたか?」
――毎度毎度、こいつだけはオレのことを脅してくる。
西野の番になり、洗濯カゴをワゴンに入れ、ゴミをゴミ袋に詰め込みながら、オレは呆れた声でそう言った。
「洗濯物なんて、洗濯する前に何かされたら、証拠ごと洗われるじゃんっ」
そりゃ確かにそうだが……オレはこいつに証拠を洗い流すようなことをするかもしれないと疑われているのか?
バカバカしい。好きでもない女が着ていた衣服に興奮でもするとでも? このオレが? 義姉さん級の美女になってから言ってもらおうか、このガキ。
「もっと男を誘惑できるくらい成長してから言え。今のお前に特に感じるものはねぇよ」
胸だってまだまだ年相応だ。
魅力の〝み〟も備わっちゃいない。
「はあぁぁ! なにそれ! あたしのどこに不満があるって!」
「どこって……なにもかもだな」
「っっっ! このっすっとこどっこい!」
西野は顔を赤くして、怒った形相でバタン! と力強くドアを叩きつけるように閉めた。
「…………」
建付けが悪くなったらどうするつもりだ? このアホは。オレの仕事を増やす気か。
年頃の女の子に今の言い方はさすがにデリカシーが無かっただろうか?
うーん、少し反省するか……でもな、無いものを無いって言っただけで……やっぱり年頃の女の子と接するのは難しい。
男子相手ならエロトークの一つでもすれば打ち解け合うんだが……。
西野とエロトークでもして……いやいや、女子校でそんな発言したら一発レッドカードだ。
オレの人生が終わる。
女子校の寮監、女子生徒相手にセクハラ発言――ニュースの見出しはこんな感じか?
未成年の女の子と接する成人男性に向けられる目は本当に厳しいものだ。
ちょっとした隙を見せれば、蜂の巣でも突いたように騒ぎ出す。
寮監と中等陸上部の顧問として働いている間は、女子生徒たちとの距離感には注意したい。
1人――やたらと距離の詰め方が異常な教え子もいるからな。
そいつは今年中等部を卒業して、これから高等部へと上がるわけだが、変わらずこの寮にいるので要注意だ。
今は将来有望な選手を集めた強化合宿に参加して、外部の施設にお世話になっているが、あと数日もすれば帰ってくる。
「はぁ……寮監は辛いなぁ」
「何が辛いんですか?」
息抜きと言うほど息抜きではないが、ボソッと呟くと背後から聞き覚えのある声。
「うをぉっ! 東条……気配を殺して背後に立つな。心臓に悪い」
「そんなこと言われても、私は凄腕の暗殺者というわけではないので、気配を消してたつもりはないですよ?」
振り返ると、そこにはゴミ箱と洗濯カゴを抱えた東条が立っていた。
オレは飛び跳ねた心臓を擦ってから、それらを受け取るために手を伸ばす。
「天然でそれか……凄いな」
自分で言ってて、何が凄いのかいまいちわからない。
東条も小首を傾げつつ、両手が空くとまるで拳銃でも構えるようにしてポーズをとった。
「女エージェントになれますかね?」
何気に乗りがいいんだよ、この子。
「なれるなれる、自信を持て」
「なら、暦コーチは私の魅力で悩殺されますか?」
「…………」
いつもなら「何言ってんだ」とあしらうところだが、西野を怒らせたばっかりだ。
本心は別だったとしても話しを合わせるのは、社会で必要なスキル。
大人のオレは余裕綽々でやってのけられる。
「ああ、オレはお前の魅力にいちころだ」
「……そ、そうですか(なんかいつもの暦コーチと反応が違う……)」
東条はほんとり顔を赤らめると、ポーズを解き、縮こまるように俯いた。それから3秒くらいしてから、上目遣いでオレのことを見上げてきて――
「あの……私――」
「あたしの時と反応が違う!」
――先ほど閉じたばかりのドアが、今度は荒々しく開かれる。
「どういうこと! 贔屓してんのっ!」
ドン! と足音を鳴らしながら、西野はオレに詰め寄ってくる。
まるで浮気現場を目撃した恋人のようだ。
そんなシーンはフィクションでしか知らんが。
「贔屓って……何がだ?」
「あたしと帆莉! あたしには何も感じなくて、帆莉には悩殺されるのっ!」
め、めんどくせぇー。
なんだ、お前はオレの恋人かっ! って思わずツッコミたくなるな、おい。
「いや、だってな。西野と東条じゃ……」
思わず乙女の象徴とでもいうべき、身体の一部に視線が向いてしまった。
どちらが魅力的かと言えば、発育のいい東条であるのは誰の目で見ても明らかだ。
別に巨乳というわけではないが、こうして並べば東条の方が大きいのはわかる。
「っっっ! こ、これだから男って……不潔! すけこまし! エロガッパ! 死ねっ!」
開かれたばかりのドアが再び力一杯閉められる。
「…………」
死ね……死ねか――もちろん、西野にそんなつもりはないんだろうが、兄さんと義姉さんを亡くしたばかりのオレには、きつい一言だな……。
「暦コーチ……」
オレを見上げていた東条は小さく呟くように呼ぶ。
東条は西野と違って本当に気遣いができるな。
オレは顔を向けて何ともないように装った。
「すけこましって、違くねぇか?」
「……そんな化石みたいな言葉の意味、私は知りませんよ」
「そうか……世代差を感じるな。これがジェネレーションギャップか」
若い子と接していると度々こんなことがある。
東条が知らないのだから、きっと西野も意味を理解せずに感覚で言っているのかもしれないな。だってあいつ頭弱いし。
◇
「また……やっちゃった……」
閉じたドアをあたしは力なく、トン……トン……と何度か叩いた。
「そりゃあたしに帆莉みたいな魅力はないかもしれないけどさぁ」
あたしには何も感じないと言っておきながら、帆莉には「お前の魅力にいちころだ」なんて気軽に言ってるのを聞いたら、頭がかっと熱くなって、気づけば怒鳴ってた。
本当はそんなつもりはなかったのに。
いつものようにゴミや洗濯物を渡した時も、朝食の時も、これまでのこと全部、そんなつもりじゃないのに、あたしはコーチに憎まれ口ばっかり言ってしまう。
あたしの走る才能を見出して、育ててくれてる恩師。
本当は感謝の気持ちで一杯なのに、それを言葉にすることができない自分が情けない。
普段強気なくせに、コーチの前では本当に意気地なし。
「琴美ちゃん、入れてもらっていいかな?」
ドアの外から、静かな怒気を孕んだ帆莉の声がした。
「……なに? 悩殺の帆莉」
何を言いたいのかは想像がついているけど、あたしはドアを開けて帆莉を部屋に招き入れた。
「やっぱりそれで怒ってたんだね。でも――」
「わかってるから言わなくていい」
「…………」
「ホント、わかってるから」
睨むようにあたしを見る帆莉の目を真っすぐ見据えて、あたしは念を押すように言う。
わかってる――大切だった人を亡くしたばっかりのコーチに弾みでも〝死ね〟って言ったことを怒ってることくらい。
言った瞬間に歪んだコーチの顔を見れば、それがどれだけの失言だったかくらいあたしにだって察することくらいはできる。
でも、仕方がないじゃん!
悔しかったんだから!
羨ましかったんだから!
あたしだって……み、魅力的とか言われたいもん……。
「……暦コーチのこと、好きならちゃんと謝った方がいいよ。今後接し難くなっても私はフォローしないからね」
「…………」
友達なのに酷い。
まぁ、仕方がないか。あたしたちは言わば恋のライバルみたいな関係だから。あの先輩を含めて。
「……謝りにいかせることを促してることがフォローしてる感じもするけど?」
「そう感じる? だとしたら勘違いだよ。私は私の好きな人を傷つけた琴美ちゃんに謝らせたいだけ」
もの凄い圧を感じる。
帆莉はあたしの親友だけど、やっぱり怖い。
今回のことはあたしに非があるから言い返すこともできないし……この腹黒めっ。
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