第5話 四人家族になった我が家
お通夜、告別式、火葬と兄さんと義姉さんに別れを告げたオレは、お通夜の後のあの発言に責任を持ち、三人の姪っ子たちを引き取ることにした。
兄さんと義姉さんの生命保険や貯蓄で、三人を大学まで進学させるのは十分に可能で、オレが負担するのは日々の生活費くらいなものだ。
と言ってもその負担はバカでかい。
単純な計算になるが、食費だけで言えば四倍だし、寮監の仕事で平日は寮に寝泊まりすることが多かったので、ほとんど基本料金だけ払っていた電気代やガスに水道代と今後は出費が増えるだろう。当然、成長につれて服なども買い替えてあげなければならない。お小遣いや携帯代も考えると、月にどれだけかかってくるのか、まだ予測もつかない状態だ。
それでも、離れ離れになることなく安心した様子の三人を見れば、後悔なんて抱きようがなかった。
さすがに両親を亡くして、姉妹バラバラでは可哀そうすぎるしな。
「ここが今日から三人の家だ。兄さんの家と比べると手狭だが……そこは勘弁してくれ」
実家から車で3時間かけてドライブして、オレは三人を借りているマンションに連れてきた。
「そんな……三人一緒に引き取ってくれただけで感謝してるんですから、多少狭くても文句なんてないです」
「そおですよ! 狭いって言っても予想してたより全然広いです! 一人暮らしなのにマンションなんですね! 憧れてたんですよ、タワマン!」
兄さんの家から私物を持ってきた麗羅と有紗は、荷物を床に置くと部屋の中に入っていった。
因みに璃々夜はお眠になったみたいなので、オレが抱っこしている。
小学3年だってのに、まだまだ軽いな。
おいおい、ここはタワーマンションじゃねぇぞ。冗談だと思うが……冗談だよな? 本気で勘違いしてないよな?
「狭いアパート暮らしってのは苦手でな。一人でも伸び伸びしたいだろ」
1週間のうち、二、三回くらいしか帰ってこないが。
「そうですね。でも、家賃とか高くないんですか? マンションの賃貸って」
「うん? ああ、まぁ、普通はそうかもしれないな。でも、この部屋はかなり安く借りてるんだ」
「そうなんですか? あ、友達が大家さんとかですか?」
「いや、ただの事故物件」
「えっ……」
「事故物件? 事故物件ってなんですか? 事故るんですか?」
安い理由を告げると、二人で反応が異なった。
麗羅は表情を引きつらせて、有紗はきょとんと首を傾げた。
さすが長女、事故物件の意味を知っているらしい。
オレは少し意地悪したくなって、ニヤリと口を吊り上げる。
「確か麗羅が今立ってる付近が丁度――」
「ひぃぃぃぃぃ!」
「お、お姉ちゃんっ! いきなり抱き着いてきてなにっ!」
予想通りというか、予想以上というか、麗羅はその場で飛び跳ねると隣にいた有紗に抱き着いた。
「な、な、なんて物件に住んでるんですかっ!」
「え? でも2LDKで1DKと同じくらいの家賃だぞ? 別に変な現象とかないし」
寝てると金縛りにあったり、部屋の電気を消すとポルターガイストが起ったりするなんてことは一度もない。
そりゃ誰かが死んでるってのは気分がいいものじゃないが、何もないなら問題ない。寧ろリフォームまでされて、他の部屋より安いのだから借りる側としてはお得でしかない。
「ねぇ、お姉ちゃん、事故物件ってなに? 車が突っ込んでくるの?」
有紗は面白い発想をするな。これが子供の自由な発想ってやつなのか?
それとも……あまりこの話題は続けない方がいいな。とうか言うべきじゃなかった。
「――とりあえず車から荷物取ってくるから。布団が無きゃ寝ることもできないからな」
オレはリビング横の引き戸を開ける。そこが今現在オレの寝室として使っている部屋だ。
ベッドの上に璃々夜を寝かせて、頭をポンポンと撫でる。
「二人はゆっくりしてて」
オレは玄関に向かい靴を履く。すると後ろから麗羅が追いかけてきた。
「こ、こんなところに置いていかないでください」
事故物件と言ったのがかなり効いているのか、不安そうな顔をしている。
「……こんなところにか弱い妹二人を置いておくつもりか? お姉ちゃんなんだから守ってやらなきゃ」
義姉さんと同じシルバーブロンドに手を這わせるように、優しく頭を撫でる。
「んっ……それは、そうですけど(叔父さんは私を守ってください)」
少し照れたような気持ちよさそうな感じで目の細める。
それでも不安は拭えないのか、瞳がウルウルしている。残念だが、ボソボソ言った言葉は聞き取れなかった。
「大丈夫、布団を取ってくるだけだ。一回の往復に五分もかからない」
「……三分でお願いします」
「三分あれば怪獣だって倒せるな」
物理的に難しいが、階段をダッシュすればなんとか……布団を持った状態でそんなことできるか?
怪獣を倒すよりも難題を突き付けられたので、オレは明言を避けて家を出た。
体内時計で4分30秒くらいが経った。オレはまずは二人分の布団セットを抱えて戻って来た。
ちゃんと持ち運びできる用の大きな手提げに入って圧縮されているので、大荷物を抱えている感じではない。
「お、お兄さん! なんて物件に住んでるんですかっ!」
玄関の扉を開けると、玄関ホールで待機していた有紗がいきなり飛びついてきた。
「あっ、有紗ずるいっ!」
続いて麗羅も飛び掛かってきて、二人してオレの腰回りにしがみ付く。
どうやら事故物件の意味を知ってしまったらしい。
麗羅が教えたのか、それとも自分で調べたのかはわからないが、女の子からすれば事故物件は不気味で恐怖の対象らしい。
うーん、やっぱり言うべきじゃなかった。
タイムマシンはコンビニで使えたっけか?
それにしても……四つの小さな膨らみが……姪っ子でも、その……義姉さんの血が濃いわけで……やっぱり姉の麗羅の方が若干大きい。
「こら、二人とも。布団はまだもう一式あるんだからな」
「わ、私も付いていきます! 手伝います!」
「お姉ちゃんずるい! わたしも手伝う!」
離しません――とギュッと抱き着かれるのは嬉しいが、そうすると奥で寝ている末っ子の璃々夜が一人になってしまう。
無いと思うが、一人にしてなにか起こったら。そもそも目が覚めた時、見知らぬ場所で一人っきりってのは不安だろう。
「はぁ……同じことを言わせるつもりか麗羅? 有紗も」
「だって……(三分過ぎてました)」
密着していた状態だから、ボソッとした小声でも何とか聞き取ることができた。
オレはヒーローでも魔法使いでもないから、物理的法則を歪めることはできない。
次は布団一式を一つだけだから、多少は早くなるだろうが、それでも三分というのは厳しいタイムだ。
陸上をやっていた若き現役の頃でも、無理だ。
「璃々夜含めてちゃんとお留守番するんだ。できるだけすぐに戻ってくるから」
布団の入った手提げをその場に置いて、二人の頭を加減に気を付けて撫でる。それから肩に手を置いて、多少強引に引き剥がす。
「とりあえず部屋の中に布団移動させて、敷いておいてくれ」
二人に仕事を与え、オレはすぐに家を出た。
やることがあれば多少は気も紛れるだろう。
今更だが外はもう暗い。寝るにはまだ早い時間だが、オレは明日から寮の仕事が始まる。学生たちのご飯の準備などで朝はとても早いので、寝れるだけ寝ておきたい。
それに麗羅と有紗だって疲れて眠いはずだ。車の中では無言でウトウトしていたし。
さすがに7階分の階段ダッシュ、二往復は疲れる。
学生の頃に無茶して膝に爆弾を抱えているから、全力ではないものの、それでも息が切れる。
オレ自身も鍛え直した方がいいのかねぇ。
30歳に王手をかけているこの頃、体力の低下は密かに感じている。
これから三人も育てるには体力が必要だろう。幸い学園はスポーツに力を入れていて、身体を鍛える設備を充実している。
もちろんそれは生徒たちのためのものだが、オレが少し試運転しても問題なかろう。そう試しだ。うん、なら仕事の範囲内だな。
そんなことを考えながら、オレは玄関を身構えながら開けた――が、先ほどあれほど怯えていた二人の姿はなかった。
「…………」
少し残念に感じながら、オレは廊下を渡ってリビング・ダイニングへ向かった。
そこでは少し困り顔をしている麗羅と有紗が、先ほど持ってきた布団を足元に置いて悩んでいるようだった。
「どうした? そんな難しい顔してつっ立って」
「あ、お兄さん、これはですね……」
「布団を敷いておいてってことでしたけど、どこに敷けばいいのかわからなくて……」
「ああ……」
つまり自分たちがどこで寝ればいいのかわからないから、敷くに敷けなかったということらしい。
確かにそれは失念していた。
まず、部屋の割り振りを考えないといけなかった。
知っての通り、この家は2LDKだ。共用スペースであるリビング・ダイニングを除けば部屋は二つしかない。
しかし、今日からオレたちは四人家族。
簡単に考えれば二人で一部屋という小学生の算数問題だが、現実は非常に難しい。
麗羅も有紗も思春期真っ盛りの年齢で、璃々夜はまだ幼いがすぐに仲間入りするだろう。
オレが誰かと一緒の部屋で寝起きするってのは、現実的な案ではない。
そもそもオレ自身に女の子と同じ部屋ってのに抵抗がある。
オレだって30近くのおっさんになるが、常に性欲とか性欲とか性欲があるわけだ。
妻や恋人がいないのだから、これまで自分で発散してきた。
それを同室である女の子に見られたりしたら……信用問題に関わる。
下手をしたら、わいせつ物陳列罪に問われるかも――罪の種類が違う? その辺り詳しくないからどうでもいい。
とにかく変態のレッテルを貼られるかもしれないということだ。
年頃の女の子と暮らすってことは、一人で伸び伸びと自由にできていたことも、気を付ける必要がある。
「とりあえず今は物置になってる部屋を有紗と璃々夜の部屋にして、この部屋を麗羅の部屋にすればいいんじゃないか?」
「お兄さんそれって――(お姉ちゃんと一緒が良いってこと?)」
「叔父さん……(ウソ、叔父さん、私と一緒の部屋がいいの?)」
「オレは基本的に家にいないことが多いし、寝るのはリビングのソファでもいいから」
元々家にいることが少ないんだから、オレに部屋は必要ないだろう。
さすがに私物は今の部屋に置かせてもらう必要があるが。
「……って、何、その目」
麗羅がオレをジト目で見ていた。
頬まで膨らんで……なんて可愛さだ!
まるでハムスターのように愛らしい。手の平に乗せてよしよし――って、オレは変態かっ!
「さすがにお姉ちゃんと一緒の部屋はないですよね~」
有紗はどこかホッとしたように胸を撫でおろして、呑気な声でそう言った。
「私は別に……家主を差し置いて部屋で寝るなんてできません。私がリビングで寝ます」
「だからオレは基本家にいないんだって」
「お仕事、そんなに忙しいんですか?」
「まぁ、それなりには……?」
実は今の仕事のことは両親含めて、誰にも説明していない。
小中高一貫の女子校の寮監なんて、なんて説明すればいいのか。いや、普通に説明すればいいんだろうが、それでどんな目を向けられる? どんな風に思われる?
想像するのは簡単だ。
給料は普通の寮監よりいいし、部活の教え子たちが結果を出せば昇給やボーナスにも反映されるから、文句のつけようがない。
いくら給料がいいからって、若い女の子と接する仕事をしていると言えば、当然疑いの目は向けられる。
「……家に帰ってこないんですか?」
麗羅は寂しそうな目で、オレを見上げてくる。
そうだ。この子たちはまだ両親を失ったばかりで心細いんだ。
引き取ればそうなるとわかっていたが……できるだけ側にいてあげたい。
「……できるだけ帰ってくるよ。でも、夜は遅いと思う。逆に朝は早い」
寮は22時に消灯になって入り口を施錠する。
それでオレの1日の仕事が終わって、次の日は五時から食事の準備だ。
これまでは寮の一部屋使わせてもらって、休日以外は寮で寝泊まりしていた。それは単に次の日が早いので、家に帰るより楽な方を選んるだけで、帰っても問題ないのだ。
別に宿直の義務があるわけではない。
「夜遅くて朝早いって、身体壊しそうですね」
有紗がそう苦笑いする。
「拘束時間は長いが、特別きつい仕事でもないから大丈夫だ」
日中に寮の仕事を早く終わらせてしまえば、部活の時間まで仮眠を取ることもできる。
言った通り拘束時間は長いが、働き次第では自由な時間を確保することもできるのだ。
「ってことで部屋のことは気にするな。わかったか?」
「はい……叔父さんがそういうなら……」
頷きながらも不服そうな麗羅の頭に、オレは手を伸ばした。
気にしてくれてありがとな――と感謝を込めて、ポンポンとした。
一人暮らしだと、こういった気遣いはまずしてもらえないからな。なんて言ったって相手がいないから。
「お兄さん、わたしにはないんですか?」
有紗が頭を突き出してくるので、要求されるがままに頭を優しく撫でる。
二人は愛撫された猫のように目を細めた。
信用――されてるってことか?
この信用を裏切らないようにしないとなぁ。
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