第133話 癇癪
バンッ!
突如として、弾くような鈍い音が耳を劈いた。
びくりとアメリアの肩が飛び上がる。
歓声がピタリと止まり、静寂が会場を覆った。
何事かと横を見ると、エリンが立ち上がり、わなわなと身体を震わせていた。
「エ、エリン……?」
「インチキよ!!」
乱暴に椅子を蹴飛ばし、ツカツカとアメリアに向かって歩み寄る。
アメリアを見下ろすように、エリンが立ちはだかった。
その瞳は剣のように鋭くアメリアを射抜く。
「ありえないわ! 何かの間違いよ! お姉様が不正をしたに違いないわ!」
怒りの感情のままに、エリンは息荒く叫ぶ。
その怒号は、会場に満ちていた祝福のムードを一瞬にして吹き飛ばすほどの力があった。
突然のエリンの激昂に、会場の人々はどうしたら良いかと顔を見合わせている。
──そんな中、ローガンだけは状況を冷静に見ておりすぐさま行動を起こした。
何やら合点のいった顔をし、リオに何かを告げる。
リオは頷き、席を後にした。
「エリン、落ち着いてっ……皆が見ているわ」
アメリアが言うも、エリンに聞こえている気配はない。
エドモンド公爵家が開いたせっかくのイベントで、悔しさから聴衆の眼前で怒号を響かせるなど醜態もいいところだ。
それに相手は姉とはいえローガン公爵の婚約者。
その判断もつかないくらい、エリンは正気を失っているようだった。
「私が勝つはずだったのに! どうしてお姉様が勝つのよ! 絶対に不正よ! 不正!」
バン! バン!
テーブルを叩く音が何度も響き渡る。
カップが揺れて中から紅茶がこぼれ落ちた。
あまりの剣幕に気圧されるアメリアだったが、ここで沈黙してしまうとエリンの主張が通りかねない。
エリンは昔から、癇癪を起こし、駄々をこねて周りを従わせていたのを、アメリアはよく知っていた。
「わ、私は不正なんて……」
「してないって言うの!?」
エリンの甲高い声が、アメリアの記憶を呼び起こす。
実家にいた頃、何度も何度も罵倒となって浴びせられ、従わされた声。
頭が真っ白になり、次の語を告げられなくなった。
そんなアメリアの反応を見て、形成が有利になったと判断したのか、はんっとエリンは鼻を鳴らし目一杯の侮蔑を込めて言い放った。
「実力? そんなわけないじゃない! お姉様は社交会に全く顔を出してないし、家でも紅茶を飲むことは無かった! 紅茶の知識なんて全くないはずなのに、どうやって正解できると言うのよ!?」
エリンの言葉に、アメリアはカチンときた。
(紅茶の知識なんて、全くない……?)
思わずアメリアは立ち上がった。
毎日毎日勉強に勉強を重ねて、何年もかけて身につけきた植物の知識。
その中にしっかりと、茶葉の知識もあった。
それを全くないと、積み重ねてきた日々を否定されることは我慢ができなかった。
「な、何よ……」
急に反抗的な目を向けてきたアメリアに、エリンが狼狽を見せる。
「私が正解できた理由、それは……」
エリンの目をまっすぐ見据えて、はっきりとアメリアは告げた。
「たくさん、勉強したからよ」
エリンの青筋がぶちんと音を立てた。
「黙りなさい!!」
もう我慢ならないとばかりに、エリンが手を振り上げて──。
「今、何をしようとした?」
「ローガン様……!?」
ローガンがいるの間にか、アメリアを守るように前に躍り出て、エリンの手首を掴んでいた。
冷たい瞳に確かな炎を燃やし、ローガンはエリンを睨みつける。
「離し……離してください! 私は、そのインチキ女に制裁を与えないといけないのです!」
「色々と突っ込みたいところがあるが、とりあえず一言だけ」
ちらりと、ローガンが観客席の方を見て一度頷いたかと思うと、エリンに向き直って言い放った。
「制裁を与えないといけないのはどっちだ、このインチキ女」
決して怒鳴っているわけでもないが、ローガンの声は確かな芯を持って会場に響いた。
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