第101話 希望の薬
「屋敷の中にこんな場所が……」
アメリアの案内によって通された部屋を見回し、ウィリアムが言葉を漏らす。
「いつ見てもすごい部屋ですね……」
ライラも感嘆していた。
ここは、アメリアによって『楽園』と名付けられた部屋。
アメリアが採取する植物が多くなり自室だと手狭になった事から、ローガンが使ってない部屋の中で一番広い場所を充てがってくれたのだ。
採取した植物を区分けし保存したり、さまざまな道具を使って調合してみたりと、いわゆる研究室のような使い方をしている。
「少し見ない間に物凄い事になっているな」
ローガンはそんな感想を口にする。
「これは、植物好きとしては胸が躍る部屋ですね」
ウィリアムの言葉の通り、『楽園』は部屋全体が生命力に溢れていた。
棚には数えきれないほどの瓶が並んでおり、色とりどりの植物が保存されている。
これだけで、アメリアの植物に対する異常な愛がひしひしと感じられた。
部屋奥に設置された大きな作業机には薬草を砕いたり、混ぜたりするための調合道具が整然と置かれている。
その中には一部アメリアが実家で作ったお手製のものもあって、かなりの年季が入っていた。
自分の研究室とどこか雰囲気が似ていて、ウィリアムは妙な親近感を抱く。
植物の中にはウィリアムもあまり見ないようなものもあった。
すぐにでもまじまじと眺めたい欲求をウィリアムは抑える。
今、最も優先するべきことは、『スーラン』を使用した新薬の調合であった。
作業机に座るアメリア。
一秒でも早く薬を作らなければならないという意識が、アメリアの表情に緊張感を与えていた。
そんなアメリアに、ウィリアムは尋ねる。
「アメリア様、今更になるのですが、よろしいのですか? 私も調合を専門としているので、作業は私が行なった方が……」
「お気遣いありがとうございます。ただ、この部屋は私の使いやすいように物を配置しているので、作業は私がした方がスムーズかと……」
「……わかりました。では謹んで、見守らせていただきます」
「ありがとうございます、ウィリアムさん」
深呼吸して、アメリアは始まりの言葉を口にする。
「今から、調合を開始します」
アメリアの手が動き始める。
彼女の手は素早く、迷いがなかった。
スーラン、タコピー、そしてイルリアン。
メインとなる三つの植物と、微調整のために加えられた植物や液体。
それらを、すり鉢、すりこぎ棒、小さなスプーンなど長年愛用してきたお手製の調合器具を使って、見事な技巧で砕き、混ぜ、別の形へと変えていく。
その早さは目にも止まらぬ程で、それぞれが異なる色を放つ液体がどんどん混ざり合っていく。
次々と並べられる道具、混合していく成分、新たに現れる色。
それはまるで楽譜を読むような独特のリズムを生み出していた。
ひとつひとつの行動が無駄なく流れていく。一つの調合が終われば次の調合へ。
その行動が終われば次の行動へと、驚くべきスピードで調合は進んでいった。
「なんということでしょう……」
思わず、ウィリアムは呟いていた。
今、目の前で起こっている出来事に現実感が湧かない。
それだけ、アメリアが行なっている調合は常識外れだった。
(アメリア様がどのような工程で調合をしているのか、大まかな理解は出来ます……しかし、所々意図がわからない箇所もありますね……)
アメリアが調合する様子をじっと観察しながら、ウィリアムは考える。
大学の教授という立場である以上、調合周りの知識もウィリアムは豊富に持ち合わせている。
それを以てしてもわからない部分は言うまでもなく、アメリア自身が独自に編み出した手法だろう。
(調合の技術があるだけでも凄いことなのに、スピードが速く、正確性も高い……)
もはや言葉も出てこない。
今日一日で、どれだけアメリアに驚かされてきただろうか。
ちゃんとした教育機関で学んだ訳でもない17歳の少女が持つ、専門の教授に匹敵する知識量に、未解決だった問題の早期解決力。
さらには調合まで可能で、腕も一流となるとただただ脱帽するしかない。
(何はともあれ……私は今、歴史的な瞬間に立ち会っているのかもしれません……)
長い間、この国だけでなく、複数の国において猛威を奮っていた『紅死病』
その特効薬の一番の問題点だった、『希少性』が今、取り払われようとしている。
もしアメリアが調合した新薬の有効性が認められれば、業界に激震が走ることは間違いなかった。
そう思うと、身体がぶるりと武者震いを起こす。
同時に、思い出した。
──そんなの……絶対に、認めない!!!!
強い意志を伴って放たれたアメリアの言葉。
(あの時のアメリア様は……ライラさんのお母様を助けたいという一心で……)
打算などは一切感じられない、ただただ純粋で利他的な想いにウィリアムは感銘を受けていた。
あんなものを見せられては、自分に問いかけざるを得なくなる。
何故、自分は教授になったのか。
何故、自分は毎日植物に囲まれながら日夜、研究に明け暮れるようになったのか。
(私も……アメリア様と同じ、もっとたくさんの人を助けたいと思って……)
初心を思い出したウィリアムの拳に力が入る。
もう、居ても立ってもいられなくなった。
声をかけるのは一瞬憚られたが、アメリアに尋ねる。
「アメリア様。何か、私に手伝えることはありますか?」
ウィリアムも調合に携わり一線で活躍する研究者だ。
少しでも速さが優先される状況下においてボサっと立ちっぱなしと言うのは、もはやウィリアムの矜持が許さなかった。
メインの作業はアメリアがするにしても、何か補助的な役割くらいは担いたいとウィリアムは思っていた。
「あ、ありがとうございます! でしたら、このすり鉢に残った植物の繊維を別のカップに移してもらえますか? それから……」
アメリアの指示を受け、ウィリアムも動き出す。
指示通り、ウィリアムは植物の繊維をカップへと移した。
その指先には細やかな力加減と、確かなテクニックが感じられる。
一目で理解できるウィリアムの調合技術の高さが現れていた。
こうして、ウィリアムはアメリアの補助として調合を進めていった。
アメリアは手を動かしながら指示を出し、ウィリアムがその指示を迅速にこなしていく。
そんな二人の息のあった調合作業を、ローガンとライラは固唾を飲んで見守っていた。
それからさほど時を要さずにうちに、アメリアの手が止まる。
大きく息を吐き出し、アメリアは言った。
「これで……出来ました」
透明に近い液体の入った小瓶が、アメリアの掌の上で希望の光のように輝いていた。
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