第98話 ライラの焦燥
しばらくして。
「出来ました」
「えっ?」
耳を疑った。ウィリアムが振り向くと、テスト用紙の束をおずおずとアメリアが手にしている。
「もう出来たのですか?」
「は、はい……すみません、遅かったでしょうか?」
「いやいやいやいやいや」
思わず敬語が取れてしまう。
「早過ぎです! 量とレベルを鑑みて1時間の制限を設けましたが、まだ十分くらいしか経っていませんよ?」
「そ、そうなんですね? てっきり、もっと時間がかかったのかと……」
「もしかして、わからない問題が多くて空白が多かったとかですか?」
「あ、いえ、一応、全部埋めました」
「…………」
「…………」
「…………とりあえず、採点しましょうか」
「よ、よろしくお願いします……」
緊張した面持ちのアメリアからテスト用紙を受け取り、目を通し始めるウィリアム。
(全部埋めたとはいえ、流石にこんな短期間で正確な回答を出来るわけがないですよね……)
一枚目、二枚目、三枚目と、答案用紙をペラペラ捲っていく。
(半分取れていれば御の字、7割正解で優秀と言ったところでしょうか……むむっ……?)
物凄いスピードで回答を確認していくウィリアムの目が、徐々に大きくなっていく。
やがて最後の一枚を確認し終え、しばし天井を仰いだ後。
「……満点です」
ウィリアムの驚声が応接室に落ちる。
顔には『信じられない』と書いてあった。
「やった……」
アメリアは胸の前で拳をギュッと握って、ぱあっと笑顔を咲かせる。
シルフィが「流石です、アメリア様」と、控えめに手を叩いた。
「いやはや、これは……なんというか、想定外すぎますね……とにかく、見事としか言いようがないです」
全問正解だった時のコメントを用意していなかったであろうウィリアムは、未だ満点の事実を受け止めきれていないようだった。
「そ、そうですか? こんなこと言うと失礼かもしれませんが、問題の内容的にかなり初級? のようで、早めに解けてしまったので、逆に不安だったと言いますか……」
「……なるほどですね」
(テスト中に浮かない顔をしてたのは、簡単過ぎて不安になった……ということですか)
はは……と、ウィリアムはもはや笑いしか出ない。
腕試しの意図もかねて、応用的な問題も混ぜていた。
しかしアメリアからすると階段を一段登るくらい簡単な事だったようだ。
「昨日の時点で豊富な知識を持っていると薄々は感じていましたが、いざ実際の結果として見ると凄まじいですね……アメリア様の学問のレベルは、相当な域に達していることは間違い無いでしょう」
「本当ですか? ありがとうございます……!! 嬉しいです!」
嘘偽りのない、自分の出した成果を褒められてアメリアの胸が弾む。
「とはいえ、どうしましょうかね……」
ウィリアムが困ったように頭を掻く。
「今日は、この問題で解けなかった部分を解説していく予定でしたが……全問正解となるとやることがなくなってしまいました」
「あ……そうだったのですね……ごめんなさい、予定を狂わせてしまい……」
「いえいえいえいえ! とんでもございませんよ! むしろアメリア様にとって、想定していた結果の中では最上級でしょう」
ウィリアムの言葉の通りだった。
「この問題集のテストが満点という事は、基礎的な分野でアメリアが学ぶ事は何もありません。なので、アメリア様はいちはやく、次のステップに移れるようになったのですよ」
「な、なるほど……そう言われると、良いことですね……」
あまりピンと来ていないようだったが、とりあえずめでたい事態であることは変わりない。
そう理解して、アメリアの表情は安堵に包まれる。
凄い事をして見せたという事実に関して、アメリア本人にさほど自覚が無さそうな点も、彼女の能力の底の知れなさを表していた。
(とはいえ、これはいよいよ、教えるべき事は上級の領域になってきそうですね……)
この若さにして、大学の学生に教えている以上の知識を教えることが出来る。
そうなると、彼女の行く末はどうなるのか。
想像すると、思わず身震いしてしまいそうになる。
大学で講義をしている時とは比べ物にならない高揚感が全身を奮い立たせる。
しかしその一方で、この少女の才能を生かすも殺すも自分次第という謎のプレッシャーも感じて、ある種の畏怖のような感情が湧いてくる。
(一回、落ち着いて考えないといけませんね……)
ウィリアムが深く息を吸って考えた、その時だった。
──こんこんと、応接間にノックの音が響き渡る。
「失礼します」
シルフィが頭を下げ、応対のため足速に扉へ向かった。
「どうし……ですか。この時間……担当は私ですよ」
「ごめ……さい、シルフィ。どうし……も、お二人に聞いて……ことがあって……」
扉の方で行われているやりとりが断片的に聞こえてくる。
(どうしたんだろう……)
ちょうど会話の切れ目ということもあり、自然とアメリアは聞き耳を立てていた。
ウィリアムも怪訝そうに扉の方を見ている。
「あ、ちょっと、ライラ!?」
シルフィの焦りを含んだ声が弾ける。
入れ替わりで、ライラが走ってアメリアとウィリアムの元にやってきた。
いつもの明るく活き活きとした表情は、そこにはなかった。
黒くて重い鉛を溶かしたような顔を見て只事ではない気配を感じ取ったアメリアが、静かに尋ねる。
「ライラ、どうしたの?」
尋ねると、ライラは意を決した目で跪く。
アメリアとウィリアムがぎょっとするも束の間、ライラは頭を床に擦り付け、応接間に響き渡る声で言った。
「私の母を、助けてください……!!」
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