第96話 人たらし
「ふあ……よく寝た……」
自室のベッドの上で、アメリアは天井に向けてぐいーっと両腕を伸ばす。
窓から差し込む光が心地よく、今日一日の始まりを祝福してくれているようだ。
ちらりと視線を横に流すと、ベッド脇のテーブルに何冊もの本が積み重なっている。
昨日は日中にたっぷり寝てしまったため、書庫から自分の部屋に本を何冊か持ってきて、眠くなるまで読んでいたのだ。
そのどれもが植物関連の本。
特に昨日ウィリアムとの会話の中で出てきた、ザザユリに関する記載のある本を選んでいる。
知識にない植物の名が出てきたらソワソワして落ち着かないので、昨晩みっちりと頭に叩き込んだのだった。
「……シルフィが来るまで、少しだけ」
手を伸ばし、本を開く。
そのまましばらく、アメリアは本の世界に没頭していた。
「この本も、ザザユリについの気合いが少ないわね……でも仕方ないか、そもそも国内ではほとんど採取できない植物らしいし……」
ぶつぶつ呟いていると、ノックの音が部屋に響く。
「アメリア様、起きておられますか?」
「はーい」
シルフィは入室するなり、食い入るように本を読むアメリアを見て嘆息する。
「朝から勉強熱心なのは良いことですが、そろそろ朝食の時間ですよ」
「ちょ、ちょっと待ってね。今いいところだから、あと五分だけ……」
「その五分を許容していると五時間くらい経ってしまいそうなので、早くその本を仕舞ってください」
「うっ……何も反論ができない……」
後ろ髪を引かれるような気持ちで本を閉じ、ベッドから降りる。
(朝食を食べたら、続きを読もう……)
そんな決意をするアメリアに、シルフィは言った。
「そういえばアメリア様、本日は午後からウィリアム様がいらっしゃるようです」
「ええっ、ウィリアムさんが!?」
◇◇◇
昼下がり。
ウィリアムが来るということで、アメリアとシルフィは応接間へと向かっていた。
「わ、私一人で行ってもいいのかな? ローガン様も一緒の方が……」
「ローガン様は本日、仕事の関係で同席出来ないとのことでした。なので、ウィリアム様と一対一になるかと」
「うぅ……そうなのね……」
「良い機会じゃないですか? 今後、ウィリアム様に家庭教師をしていただくにあたって、ずっとローガン様にそばに居て貰うわけにもいけないですし」
「それは、そうなんだけど……」
シルフィやライラといった侍女がそばにいるとはいえ、年上の男性に個人指導を受けるというのは想像するだけでも緊張してしまう。
(せめておかしな子だと思われないように頑張らなきゃ……)
身体がカチコチになりそうながらも、シルフィの案内で応接間に向かう途中。
「あっ、リオ」
「こんにちは、アメリア様」
ローガンの従者、リオとすれ鉢合わせた。
リオはアメリアと目が合うなり深々と頭を下げる。
「こんにちは。それより、手の怪我は大丈夫?」
「そのことですが……」
リオが手を上げ、甲の側をアメリアに見せる。
「昨日は、ありがとうございました。おかげですぐに腫れが引いて、この通りです」
そう言ってリオは、ぷらぷらと手を揺らす。
言葉の通り腫れの痕跡はなく、綺麗な手の甲が姿を見せていた。
「あと、気付け薬? でしたっけ。あの薬もありがとうございました、おかげで心なしか、昨日は普段と比べてとても元気に過ごすことができました。」
「どちらも効いて良かったわ! でも……」
表情を笑顔から真面目に変えるアメリア。
「そんな動かしちゃダメよ。まだ治ったばかりなんだから、なるべく安静にね」
アメリアが人差し指を立てて言うと、リオは口に手を当てクスリと笑った。
「な、何……? 私、変なこと言ったかしら?」
「いえ、失礼しました。アメリア様って、超がつくほどお人好しだなと思って」
「お人好し……?」
(そんなことはないと思うけど……)
釈然としないアメリアは、こてりんと小首を横に倒す。
自分としては当たり前のことをしたつもりだったので、リオの言葉の意味をいまいち理解しきれないアメリアであった。
「なにはともあれ、ありがとうございました」
笑顔を浮かべたまま言うリオ。
その笑顔を、アメリアがじーっと見つめる。
「あの……いかがなさいました?」
「リオってやっぱり、笑顔の方が素敵ですね」
「……はい?」
予想外の言葉だったのか、リオがぱちぱちと目を瞬かせる。
アメリアとしては、何ら深い意味合いはなかった。
リオが初めて自分に笑顔を見せてくれた。
そのことに、胸の辺りがほんわりと温かくなって、率直な感想を口にしたまでだった。
笑顔を褒められたことが照れ臭かったのか、リオはわざとらしく咳払いをした後。
「それでは、自分はこれで」
一礼して、足早にリオは場を立ち去った。
一連のやりとりを傍観していたシルフィが、ぼそりと言う。
「アメリア様って、天然の人たらしですよね」
「人たらし……?」
またまた言葉の意味がよくわからず、アメリアはこてりと首を傾げるのであった。
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