第74話 アメリアの決心
──コンコンッ。
「あの、アメリアです。今大丈夫でしょうか?」
アメリアがドアに向かって尋ねるとすぐ、「入っていいぞ」と言葉が返ってきた。
「失礼します……」
控えめな足取りで部屋に入る。
ローガンはいつもの仕事机に座っていて、そばにオスカーが控えていた。
「おや、噂をすれば」
オスカーが微笑ましそうな顔をして言う。
(噂……?)
と一瞬思ったが、当初の目的を優先して口を開く。
「お仕事中にすみません、お邪魔でしたでしょうか……」
「気にするな。もう終わるところだった」
「あっ、それなら良かったです」
ホッと安堵した後、アメリアはオスカーに言葉をかける。
「腰の調子はどう?」
「良すぎるくらいです。若い頃を思い出すようですよ」
「わっ、それは良かった!」
「アメリア様には感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」
「どういたしまして」
にっこりと、アメリアは笑った。
同時に、再確認する。
(私の作った薬で……オスカーの役に立った……)
その事実によって、胸に暖かな感情が広がっていくのを。
「立ち話もなんだ、座ろう」
「あ、はい。ありがとうございます」
ローガンがソファにアメリアを誘導する。
「それで、こんな夜遅くにどうしたんだ?」
仲良くソファに並んでから、アメリアが口を開いた。
「さっきの話……決断しました」
ローガンの表情に緊張が走る。
「……早いな。もっと時間をかけてもいいんだぞ」
「いえ……」
ゆっくりとアメリアは頭を振る。
「私の中で、答えは出たので」
一旦、深く息を吸い込んで。
今一度、自分の考えを纏める。
なぜ、今まで迷っていたのか。答えは明白。
怖かったのだ。
(ローガン様は、私の能力が凄いと言ってくれた……)
けど、だからと言って自分の能力に絶対的な自信があるわけではない。
そもそもこの能力を母ソフィ以外に使ったのは、へルンベルク家に来てからが初めてだ。
故に、自分の持つスキルに対する自信は微妙と言って差し支えない。
それに植物の知識はまだしも、薬学の知識は人の命に関わる領域だ。
自分なんかが、そんな重要な役割を与えられていいのか。
失敗をしてしまうかもしれない。
周りが望むような成果が出せなくて失望されてしまうかもしれない。
そんな恐怖が根底にあって踏み出せないでいた。
ようするに、自分の自信の無さが、決断に歯止めをかけていたのだ。
(でも……それでも……)
──アメリア様には感謝してもしきれません。本当にありがとうございます
オスカーの言葉を思い出す。
──肩を痛めていたのじゃが、アメリアの薬でとても良くなった。お主のおかげでまだまだ現役を続けられそうじゃ。ありがとう、アメリア。
シャロルの言葉を思い出す。
──最近、妙に体の調子が良くてな。アメリアのくれたダージリンのおかげか。
そして、ローガンの言葉を思い出す。
皆からお礼言われた時、確かに抱いた感情があった。
『皆の役に立てて、嬉しい』という感情だ。
(私は……私自身が誰かの助けになって、その人が喜ぶことが嬉しいんだ……)
そう、アメリアは自覚しつつあった。
──将来、ここの人じゃない、アメリアのことを大事にしてくれる人が現れたら……その時は、たくさん魔法を使ってあげて。
いつか母が口にした言葉を思い出す。
母から教えられた魔法──長い時間をかけて身につけた能力を、皆のために使いたい。
失敗することもあるだろう。
うまくいかないこともあるだろう。
期待した成果が出ず周囲を失望させてしまうこともあるだろう。
(それでも……私はやりたい!)
考えは纏まっていた。
自分の中にある、はっきりとした強い思いをアメリアは感じ取った。
とりあえず、やってみよう。
何か障害が立ちはだかった時は、その時に考えよう。
覚悟を、決めた。
「もし、私の知識や能力が、たくさんの人の役に立つのでしたら……」
瞳に強い意志を灯し、ローガンの目をまっすぐ見て、アメリアは言う。
「私は、精一杯、やらせていただきたく思います」
アメリアの言葉を聞いたオスカーが柔らかく微笑む。
ローガンの返答までは、間があった。
「……そうか」
短い言葉。
しかしその双眸は優しく、口元には微かな笑みを灯している。
「アメリアの考えはよくわかった」
そう言ってから、ローガンは深々と頭を下げた。
「勇気ある決断、感謝する」
「そ、そんなっ……頭を上げてください、私は別に……」
「たくさん、思い悩んだのだろう?」
ローガンの問いに、アメリアはハッとする。
気まずそうに目を伏せ、アメリアは答える。
「……それなりには」
「やはりな」
微かに目を細めてローガンは言う。
「未知の場所に踏み出すには相当な覚悟が必要だ。それも、今後の自分の行く末を左右するような事柄に関してはな。だから、よく頑張ったと思う」
「ローガン様の後押しのおかげです……私の方こそ、ありがとう、ございます」
ローガンは、自分に役割を与えてくれた。
そのことに、両手から溢れんばかりの感謝を口にするアメリアであった。
「それで、まず手始めに……これからどうしたい?」
「そうですね……」
少し考えてから、アメリアは言う。
「可能であれば、植物や薬学の分野を専門家の方に、しっかりと教えを請いたく存じます」
「今でも充分の知識を持っていると思うが」
「とはいえ私は別に、ちゃんとした学校に通って学んだわけではなく、独学です。曖昧な知識や、もっと改良すべき知識もあるかと思うので、一からきちんと学んでみたいのです」
「なるほど……」
頷くローガンに、オスカーが口を開く。
「私の古い友人の伝で、植物を専門に研究している者がございます。その方に当たってみるのもよいかもしれませんね」
「ほう、植物専門の研究者か。良いかもしれないな」
顎に手を当て、ローガンは考える素振りをする。
「とりあえず、何人か候補を出して、その中から決めていきたいと思う。一旦、この話は俺の方で持ち帰らせてほしい」
「ありがとうございます! とても、助かります……」
深々と頭を下げるアメリアの胸中は、雲ひとつない春空のように涼やかだった。
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