第71話 能力の使い道
「アメリアが持っている調薬スキルや植物に関する知識……それらを、この国の医療に役立てる気はないか、という質問だ」
「くくく国ッ……!?」
ローガンの質問に、アメリアはギョッとする。
「わわわ私の知識なんて、そんな大層なものじゃ……」
自嘲気味に笑い、アメリアは頬を僅かに朱に染めた。
確かに人よりも植物に関する知識があって、その植物を組み合わせた薬草や薬を作る技術があるかもしれない。
だが、それを専門で学んでいる方々の足元にも及ばない。
自己肯定感の低いアメリアは心の底からそう思っていた。
「それは違う」
アメリアから視線を逸らさずローガンは言う。
「アメリアの能力について、本来であればもっと早くヒアリングするべきだった。だが、かなり俺の手に余る代物でな。落ち着いて腰を据えられるようになった、このタイミングになってしまったことを、すまないと思う」
「い、いえ、そんな……ローガン様の謝るようなことでは……」
急に空気がシリアスになって困惑するアメリアに、ローガンは話を続ける。
「結論から言うと、アメリアの知識と技術は凄まじいものだ。覚えているだろう、初めてこの屋敷に来た夜に、アメリアが腹痛を薬であっという間に治したのを」
「あ、あれは……お恥ずかしいところをお見せしました……」
もちろん、覚えている。
それまでロクなものを食べていなかったにも関わらず急にご馳走を身体に入れたものだから、胃がびっくりして悲鳴を上げた。
幸い、アメリアが持ってきた自家製の薬の中に胃の痛みを和らげるものがあったため、それそ飲んですぐに事無きを得たのも今となっては懐かしい思い出である。
あの時の羞恥を思い出し、すっかり真っ赤にしてしまったアメリアに、ローガンは語気を強めながら言葉を続ける。
「とにかく、あの時に飲んだ薬の効能は異常だった。通常は胃に効く薬は遅効性で、じわじわと効いていくもの。それを、あんな速さで……」
今思い出しても驚くべき事だと、ローガンの声に熱が篭っていた。
「それだけではない。オスカーの腰の痛み、シャロルの肩の不調……これらは全て、アメリアの作る薬のおかげで介抱に向かった。俺も薬学の知識に明るいわけではないが、少なくともあれほど強力な効能を持った薬を目にしたことは、今までに一度もない」
そんなことはないでしょう、と否定の言葉を返すことはアメリアには出来なかった。
ローガンの言葉は説得力に溢れていて、アメリアの『そんなわけない』を少しずつ打ち崩していた。
「それに、今飲んでいるこの紅茶……このダージリンですら、アメリアの知識の賜物だ。この紅茶を飲み始めてから、明らかに体の調子が良くなった。実際に作る薬にしろ、知識にしろ、アメリアの持つ能力はたくさんの人々に大きく貢献出来るものだ」
前のめりになって身を乗り出さんばかりに言うローガンに、アメリアは咄嗟に口を開くことができない。
何度も何度もローガンの説明を頭の中に反芻して、ゆっくりと受け止めてから。
「なる、ほど……」
そう返すのがやっとであった。
ローガンの真剣な言葉に、アメリアはしばらくの間、何も返せなかった。
大したことがないと自分で決めつけていた能力が、急に『多くの人々の役に立つくらい凄いもの』と言われて、すんなりと『そうなんだ』と受け入れることは難しかった。
確かに、自分のこの能力は特殊だという認識はあった。
だからこそ、母親の言いつけを守って誰にも明かさないようにしてきたが、そこまで価値のある物だとは思っていなかった。
実家で過ごした何年もの間、家族からも使用人からも無価値だと散々言われてきた。
それによって自己否定が根深く染み込んでしまっていて、それがアメリアの価値観を形成していた。
お前は無能だと言われ続けると、例えそうでなくても事実のように思えてくるのだ。
故に、自分自身に才があるなんて信じられなかった。
しかし……。
(ローガン様は、嘘をつくような人じゃない……)
一方で、アメリアの中に信じて疑わない物もあった。
ローガンへの信頼だ。
まだローガンと過ごしてきた日々は長くはないが、それでも彼の誠実さや実直さを近くで見てきた。
その信頼が、ローガンの言葉が紛れもない事実であることを如実に示していた。
自分の心の中で、二つの思考がせめぎ合う。
『私にそんな力があるはずない』という否定的な思考と、『でもローガン様は本当のことを言っているはずだ』という肯定的な思考。
そのせめぎ合いの中で、アメリアはゆっくりと口を開く。
「もし……ローガン様のお言葉の通りなのでしたら、私は一体何をすれば良いのでしょう?」
「したいようにするといい」
間髪入れず、ローガンが言う。
「もっと薬学の知識を学ぶでも、現状の知識を使って薬を作るでも、アメリアがやりたいようにすればいい。アメリアがしたいことにあたって必要な環境や資金については、俺は惜しみなく援助をしいと考えている」
「そんなっ、私なんかに……」
「アメリア」
そっ、と、アメリアの頬にローガンの指が触れる。
見えない力によって視線が上へ行く。
眉間に皺を寄せたローガンは心なしか……怒っているように見えた。
「“なんか”なんて言うな。自らを貶める言葉は、自分の価値を下げてしまう。言葉や行動に自信がなくなり、物事が上手くいかなくなる。何より俺自身も、俺が愛するアメリアが、自分を否定するような事を言うのは、悲しい……」
その言葉に、アメリアはハッとする。
「だから頼むから、自分を卑下しないでくれ。アメリアは……充分に、凄いんだから」
懇願するような声に、アメリアの胸に罪悪感が灯る。
すぐに自分を否定してしまうのは、悪い癖だ。
自覚はあった。
周囲から否定される環境においては、自分は下の存在だ、自分はダメな人間だと決めつけておけば、楽だから。
(でもここは、もう実家じゃない……)
自分を肯定してくれる人がいる。
自分を愛してくれる人がいる。
その人たちのためにも、変わっていかないといけない。
「……申し訳、ござい……いえ……」
ここで口にするべきは謝罪ではなく。
「ありがとうございます。そう仰っていただけると……嬉しいです」
本心から湧き出た感謝を言葉にする。
「ですが……申し訳ございません、私の能力をどうするかについては、まだちょっと……わからないといいますか……」
具体的に何をするべきなのか。
多分それは、考えればすぐに道筋が見えてくる。
しかしそもそも、自分の能力をローガンやその周りの人々以外のために使うべきか、という部分でいまいち一歩踏み切れない、喉に魚の骨が引っかかったかのような違和感があった。
その違和感の正体を、アメリアは掴めずにいた。
「焦らないでいい」
落ち着いた声がアメリアの鼓膜を震わせる。
「今後の人生に関わる大事なことだ。ゆっくりと、考えるといい。考えてみて、違うなと思ったらこの話は忘れてくれ。それについて咎めることは一切しない、アメリア自身がどうしたいか……自分の意思を尊重してほしい」
「……はい、ありがとうございます」
ローガンの心遣いに、アメリアはただただ感謝するしかない。
だからこそ、今この瞬間答えを出せない自分の優柔不断さをもどかしく思うアメリアであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます