第42話 お茶会のお誘い
「失礼いたします」
浮草を自室にて大事に保管したあと。
オスカーに連れられ、アメリアは執務室にやってきた。
部屋の奥で仕事着姿のローガンが、大きな机で書類を処理している。
「来たか」
顔を上げずに言うローガン。
その手元では、目にも止まらぬ速さでペンが踊っている。
「すまんな、急に呼び出して」
「とんでもございません。それで、御用とはなんでしょうか?」
ぴたりとローガンがペンを止めてから、立ち上がる。
「かけてくれ」
「は、はい」
テーブルに促され、ローガンの対面に腰掛けようとすると。
「なぜ対面に座ろうとする。隣で良いだろう」
「へっ……あっ、はい」
むすっとした表情で言われ、変な応答をしてしまった。
(そ……そうよね、私たちは夫婦だものね……)
おずおずと、ローガンの隣に腰掛ける。
ふわりと漂うシトラス系の香り。
ローガンの熱と、息遣いを感じる。
アメリアの心の芯が、徐々に温度を上げていった。
(いけない、いけない……この後に及んでドギマギしてどうするのよ)
アメリアは頭を振って、努めて平静を装うのであった。
「紅茶でいいな?」
「はい、ありがとうございます」
平静を装うのも束の間。
オスカーに二人分の紅茶を頼むローガンを見て、アメリアはひとり嬉しくなってしまう。
思わず緩みそうになる頬に自制をかけている間に、ローガンは正面を見たまま切り出した。
「近々、エドモンド公爵家の茶会がある」
「お茶会、ですか」
アメリアがローガンの方を見る。
「そうだ、エドモンド家については知っているな?」
「名前くらいは……確か、国内でも指折りの名家で、爵位は王族からの世襲ではなく先々代の功績によって授けられた、とお聞きしております」
隔離され、貴族界の知識に乏しいアメリアの知っている数少ない家の一つであった。
なぜ知っているのかというと。
(……確か、エリンが呼ばれるたびに新しいドレスを買っていたわね)
その度に自慢を聞かされ続けたからである。
「今はそれで充分だ。エドモンド家は、交流会と称して定期的に茶会を開催しているのだが、先方とは古くから長い付き合いでな。俺が婚約したと聞いて、招待状を出してきたのだろう」
「はあ、なるほど……」
「是非とも、夫人と一緒に参加して欲しい、とのことだ」
「夫人……ということは、私とですか!?」
思わず声を上げてしまうアメリアに、ローガンは頷く。
「先方も君の噂のことは把握しているだろうが、関係値的に招待をせざるを得なかった、というのが本音なところだろうな。普通、茶会は令嬢メインの場だが……俺も一緒に参加してほしいと言うあたり、念のための保険をかけたというところだろう」
貴族界でのアメリアの噂は悲惨なものだ。
傍若無人の人でなし、ロクに人と話さない無愛想な子、我が儘で自分勝手、などなど……。
その噂通りの人物なら、お茶会を台無しにしかねない。
出来れば招待したくないと考えるのが普通だろう。
しかし、へルンベルク家の現当主が婚約したとなると、両家の関係値的に招待しないわけにもいかない。
かと言ってアメリア単体を招待するのは……と様々な思惑の末に、ローガンも一緒に(夫婦ご一緒にという体で)どうぞ、という結論だったのだろうとアメリアは想像した。
「何やら、ややこしい事態にしてしまって、申し訳ございません……」
「君が謝る必要はない。悪いのは実家の連中だからな」
ローガンがそう言ってくれて、アメリアの心の荷が少しだけ軽くなった。
「それで……どうする?」
ローガンに訊かれて、アメリアは考える。
(お茶会、かあ……)
正直なところ、前向きにはなれないアメリアだった。
自然と、俯いてしまう。
自分には未だに悪い噂が付き纏っているし、何よりも……自分の身を晒したくないという思いもあった。
ロクな栄養を与えられなかったことが原因とはいえ、自分は醜穢令嬢だの骨だの言われてしまう容貌であるとアメリアは思い切っていた。
もちろん、この家に来てちゃんとした栄養を取り始めて肉付きを取り戻し、本来の容貌を取り戻しつつはあるが……そんな自覚など、アメリアにあろうはずもない。
家族に散々言われ放題されてきた故の自己肯定の低さは、アメリアの心の根に強く深く絡み付いていた。
故に、わざわざ人目につく場所に行きたくないと言うのが本音であった。
(……それに、きっと、ローガン様に恥を掻かせてしまう)
こっちの本音の方が、大きくはあったが。
思い悩んでいる様子のアメリアに、ローガンは言う。
「別に、断ってもいいと思っている」
アメリアが顔を上げる。
「君に関する悪い噂が蔓延っている現状では、行き辛さもあるだろうからな。エドモンド家夫妻とはそれなりに交遊があるから、先んじて俺の方から誤解を解くことはできるが、参加者全員にとなると流石に厳しい。ほぼほぼ確実に良い目では見られない。それに……」
しばし間を置いて、ローガンは言う。
「まだ招待客は固まってないし、どの家が来るかはわからないが……君の実家の令嬢も参加する可能性もある。心象的に辛い部分もあるだろう」
「その可能性は……ありますね」
実家にいた頃の、エリンにされてきた様々な仕打ちが脳裏に蘇ってきて、冬でもないのに背筋が強張る。
「可能性の話ではあるがな。ただどちらにせよ、君の大きな負担になるのは間違いない。だから、断ってもいい。エドモンド家とは懇意にさせて貰ってるし、一度断りを入れたくらいでどうこうなるという関係値でもないから、その点は気にしなくていい」
「お心遣い、ありがとうございます……」
(ローガン様には申し訳ないけど……出来るならそうしたい、でも……)
何故かアメリアは、心に引っかかりを覚えていた。
本当にそれで良いのかという、引っかかりだ。
うまく言葉にできないけど、確かにあった。
俯き、黙りこくるアメリアにローガンが言葉を投げかける。
「これは、俺の自分勝手な考えなのだが……」
ここからが本題だと言わんばかりの声色。
「見方を変えれば、此度の茶会は君にとって良いチャンスかもしれない、とも考えている」
その言葉に、アメリアは再びローガンの方を見るのであった。
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