第37話 久しぶりの、ふたりで食事

「何を呆けているのだ?」


 夜、夕食刻。

 今日のご飯は何かな〜るんるんと、軽い足取りで食堂のドアを開けるや否や固まった。


 いつもアメリアが座る席の隣に、腕を組んだ美丈夫がいたためだ。


「ロロロローガン様……!?」

「俺の名前はそんなリズミカルじゃない」


 相変わらずの真顔で言うローガンは、いつもの仕事着ではなく普段着だ。


「どうした、早く座れ」

「は、はい……」


 慌てて隣に腰を下ろす。

 食卓に並ぶ美味しそうな料理の匂いに混じって、仄かにシトラス系の香りが漂ってきた。


 安心する、匂いだ。


「お仕事、今日は早めに切り上がったんですね」

「ああ、ありがたいことにな。これからも、そう遅くはならないと思う」

「これからも?」


 アメリアがこてりんと小首を傾げると、ローガンは視線を逸らし頭を掻いてから言った。


「ここ数日、あまりにも顔を合わせなさすぎたからな。君との時間も取ろうと思って、仕事の量を減らしたのだ」


 きゅうっと、アメリアの胸が締まった。

 きゅん、だろうか。


 自分のためにわざわざ時間を作ってくれた事が、とにかく嬉しかった。


(優しすぎませんか、旦那様……!?)


 なんてことを思っていると。


「なんだ、俺との時間が増えることが不満か?」


 アメリアの反応がないことに、ローガンがそんな疑問を口にする。


「い、いえ! そういうわけでは……むしろ、逆です……」

「ほう?」


 口角を持ち上げるローガンに、アメリアは小さな声で「嬉しいです」と言った。


「どうした、聞こえんぞ? ん?」

「……ぅ、ぅれし……」

「ん?」

「う、嬉しいですっ」


 ぷしゅーと、アメリアの頭から湯気が立ち上る。

 ぷるぷると、ドレスを握る手は羞恥で小さく震えていた。


「うぅ……ローガン様、意地悪です……」

「すまん、すまん、あまりにも揶揄い甲斐があるものでな」


 ローガンが口に握り拳を当て控えめに笑う。

 今日はやけに上機嫌だった。


 意外と……いや、意外でもないか。

 ローガンはサドっ気とやらがあるのかもしれない。


「さて、冗談はさておき。冷めないうちにいただくとするか」

「は、はいっ」


 食前の祈りを捧げてから、夕食が始まる。

 

 今日も今日とて目前にはカロリーがしっかりめな料理がずらりと並んでいた。


 しかし、まだ慌てる時じゃないと、まずは前菜のサラダを頂く。

 

 瑞々しいレタスと大根の千切りが酸味のあるソースと絡んでとても美味しい。


 初日は飢えによる食欲が爆発してしまい、セロリを口から生やしてしまうという淑女としてあるまじき醜態を晒してしまったが、もう数日も経ってしまえば食べ方も落ち着いてきている。


 母親から学んだ食事の際のマナーが貴族界でどれほどカバーできているかはわからないが、少なくともわんぱくさはマシになったと言えよう。


 ……たまに、新メニューが美味しすぎてはしゃいでしまうことはあるけども。

 

 サラダを食べ切って。

 ローガンも食べ終えるタイミングを見計らってから、アメリアは言う。


「あの、改めてありがとうございました」

「なんの礼だ?」

「昨日の、件です」


 昨日はギャン泣きの後、泣き疲れてへとへとになったアメリアをローガンはそのまま自室に連れて行ってくれた。


 その間はずっと嗚咽を漏らしていて、ちゃんとしたお礼を言えていなかった。

 

「気にするな。君が色々と吐き出せたのなら、それでいい」


 なんでもない風に言うローガンに、アメリアの胸の内にちくりとした痛みが走る。


「重ねて、申し訳ございません……たくさんお手間を取らせてしまって、それから……」


 ぎゅっと、ドレスを握りしめ。


「……はしたないお姿をお見せして、申し訳……あてっ」

 

 ローガンに人差し指で額をつんされてしまった。

 なにするんですか、と額を抑えてローガンを見る。


「君は少々、気にし過ぎる所があるな」


 真面目な声色で、ローガンは言った。


「実家であれだけの扱いを受けてしまっては、自己肯定感が低いのは仕方がないことだが、仮にも俺の妻となるのだ。もう少し、胸を張れるようにならないとな」

「胸を、張る……」

「他人の目にビクビクするのではなく、私はこうしたい、私はこう思う、という自分の意思を持つ事が大事だ」


 確かに、と思った。

 シルフィにもオスカーにも同じようなことを言われた。


 公爵夫人としては、自分の振る舞いはおどおどしすぎと言うか、『らしくない』のだろう。


「は、はい……申し訳ありません」

「その謝り癖もな直さないとな。謝罪の安売りは自分にも跳ね返ってくる。こういう時は、一言でいい」

「はい…………えと……」


 しっかりと考えたから、頭に浮かんだ一言を紡ぐ。


「ありがとう、ございます?」

「いい子だ」


 ぽんぽんと、ローガンはアメリアの頭を撫でた。

 大きくて優しい感触。


 昨晩の夢のこともあって、アメリアの頬が一気にいちご色に染まってしまう。


 心臓がうるさい、顔が熱い。

 でも……心はなんだかほかほかしていて、心地よい。


 アメリアはぺこりと頭を下げた後、次の料理に手を伸ばした。

 自分がわかりやすく照れていることを誤魔化すように。

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