第14話 おもいで(回想)

 空がオレンジ色に染まる夕暮れ時。

 ハグル家の離れの庭園にて。


「うええぇぇん……おがぁさん……」


 幼い少女──四歳のアメリアが、べそをかきながら女性に駆け寄った。


 女性はアメリアと同じ髪の色をしていた。

 アメリアの母、ソフィだ。

 

「あらあら、転んでしまったの?」


 ソフィは膝を下り、アメリアと目線を合わす。

 こくりと、くしゃくしゃになった顔でアメリアは頷く。


 ソフィが見ると、アメリアの膝が擦りむけて血が滲み出ていた。


「あらら……これは痛いわよね」


 ソフィは柔らかい笑みを浮かべる。


「待ってて」


 ソフィは懐から小瓶を取り出し、それを膝の傷口に振りかけた。

 滴り落ちる水色の液体が、オレンジ色の陽光に反射し魔法みたくキラキラと輝いていた。


「痛いの痛いの飛んでいけー」


 ソフィが言うと、アメリアの表情がみるみるうちに明るい色に戻り始める。


「どう?」

「……痛く、ない……」

「良かった!」


 ソフィがアメリアの頭を優しく撫でる。


「すごいすごいすごーい! お母さん、どうやったの?」

「んー、魔法かな?」

「まほう! 私も使えるようになりたい!」

「そっかー」


 ソフィの瞳が細くなる。


「アメリアも魔法、使えるようになりたいのね?」


 先程とは打って変わって、勢い良く頷くアメリア。


「じゃあ、たくさん勉強しないとね」

「たくさん勉強したら、痛いの痛いの飛んでいけーが、使えるようになるの?」

「もちろん」


 にっこりと、ソフィは微笑む。


「アメリアはお花とか、草を集めるのが好きでしょう?」

「うん! 大好き!」

「実はこの魔法もね、アメリアの好きなお花とか、草をわちゃわちゃーっとしてたら出来るようになるの」

「わちゃわちゃー! ってしたらいいの?」

「そう! わちゃわちゃーって」


 ソフィがオーバーなリアクションをして見せると、アメリアはきゃっきゃと笑う。

 

「お父さんやメリサも、この魔法を使えるの?」


 メリサとは、この離れを担当する侍女のことだ。

 アメリアの言葉に、ソフィは顔を曇らせた。


「……使えない、かな?」

「どうして?」

「これは、たくさん頑張った人にしか使えない、特別な魔法なの」

「そうなんだ! お母さん、教えてあげないの?」

「ここの人たちにはダメよ」

「どうして?」


 無邪気に首を傾げるアメリアに、ソフィは言い聞かせるように言う。


「ここの人たちは……この魔法を悪用して、良くないことをするからよ」

「あくよう……」

「まだわかんないか」


 アメリアの頭をぽんぽんと撫でるソフィが、続けて言う。


「アメリアには、私の魔法を全部教えてあげる」

「ほんと!?」

「ええ、もちろん。そしたら……」


 まだ何も穢れを知らない我が子に慈愛に満ちた瞳を向けて、ソフィは言う。


「将来、ここの人じゃない、アメリアのことを大事にしてくれる人が現れたら……その時は、たくさん魔法を使ってあげて」

「うん、わかった!」


 大好きな母の言葉を、この時のアメリアは理解していなかっただろう。

 でも、それでもいい。

 いずれわかる時が来ると、ソフィは心の中で思う。


「いい子」


 満足そうに、ソフィは笑みを浮かべもう一度アメリアを撫でた。


「それじゃあ、帰ってお勉強しよっか?」

「うん!」


 ソフィに手を引かれて、アメリアは家屋へと足を向けた。

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