【書籍化・コミカライズ決定】誰にも愛されなかった醜穢令嬢が幸せになるまで〜嫁ぎ先は暴虐公爵と聞いていたのですが、実は優しく誠実なお方で気がつくと溺愛されていました〜

青季 ふゆ@『美少女とぶらり旅』1巻発売

第1話 いつもの日

 秋の到来を予感させる肌寒いある日。

 ハグル伯爵の邸宅、離れに広がる庭園にて。


「今夜はご馳走だわ」


 両手いっぱいの雑草に、アメリアは目を輝かせた。


 細い、というよりも全体的に痩せこけた体躯。

 手先は傷だらけで肌も全体的に燻(くす)んでいる。

 背中まで伸びた赤混じりの髪は後ろで括っているが、これも毛先がちれじれだ。


 極端に栄養を取らずに寝不足続きだとこうなる、を体現しているような少女──それが、アメリア・ハグルだった。

 

 全体的にボロボロなアメリアだが、その瞳には光があった。


「うふふ……今夜はどんな献立にしようかな」


 シャンポポにヨモキ、フキトウにハコペ。

 普通なら気にも留めない雑草たちも、アメリアにとっては貴重な栄養源だ。


 シャンポポやヨモキはサラダにできるし、フキトウは煮物、ハコぺはおひたしにできる。

 一日一回、侍女が届けてくれる貧相な食事と併せれば、三日は持つだろう。


 欲を言えば肉や魚とかも手に入ると良いのだが、許可なく離れの外へ移動することは固く禁じられている。

 ごくごくたまにメニューに加えられる、魚の骨や筋まみれの肉焼きを思い出して、アメリアはお腹を鳴らす。

 

「すっかり遅くなってしまったわね」

 

 お昼過ぎから食料採取に精を出して、もう夕暮れ時だ。

 西の空はすっかりオレンジ色に染まっている。

 

 涼やかな秋風が、アメリアの燻(くす)んだ赤毛を揺らす。

 土の匂いに混じって花の匂いが漂ってきて、アメリアは再びお腹を鳴らした。

 

「でも、あと少し」


 食料はもう充分。

 あとは解毒薬を調合するための薬草類を採ろう。

 ちょうど、ストックを切らしているのだ。


 花や雑草はもう何年も採取し、あらかた食べられるもの、食べられないものがわかるようになった。

 しかしごくたまに、見たこともない植物が生えることがある。


 邸宅の外から風に乗ってきた種子が、新たな草(しょくりょう)を咲かすのだ。

 ロクな食事を与えられずいつもお腹を空かせているアメリアにとっては僥倖(ぎょうこう)極まり無いことだが、危険もある。


 (雑)草食歴も長くなると、あらかた見かけや匂いで危険かどうかわかるものだが、たまに失敗して毒草を摂取してしまうのだ。

 

 そうなった時には一大事だ。

 痺れや眩暈、発熱ならまだいい方。


 下手したら呼吸困難に陥り命に関わる場合もある。


 本邸へ勝手に赴くのは禁じられているし、離れには基本アメリア一人しかいない。

 なので、庭に生えている雑草を調合してこしらえた解毒剤でどうにかするしかないのだ。


(エリンや義母さまにとっては、その辺でのたれ死んでくれた方がいいのかもしれないけど……)


 きっと、そうに違いない。

 アメリアは苦笑いした。


「よし、こんなものかな」


 木の枝で編んだ自前のバスケットいっぱいに雑草と薬草を入れて、アメリアは満足げに頷く。

 ヒョロヒョロな掌も全体的に擦り切れたドレスも泥だらけだが、今更どうってことない。


 当分、空腹には困らなさそうだ。

 胸の中はスキップしたい気持ちでいっぱいだがそんな力もない。

 かわりに、口角だけ少し持ち上げて離れ家屋に帰ろうとした時──。


「また泥んこと遊んでいるのですか、お姉様?」

 

 その声に、肩が跳ねた。

 口角が滝の速さで下がる。


「……エリン」


 振り向くと、蝶よ花よと言うにふさわしい、可憐な少女が立っていた。


 彫刻のように整った顔立ちに、透き通るような翡翠色の瞳。

 腰まで伸ばした金髪は絹のように美しく、身に纏うドレスは一眼で一級品だとわかる上等な物。

 姉妹なのにここまで容貌に差が出るものかと、アメリアは改めて思う。


 アメリアの血の繋がっていない妹──エリンは、アメリアの持つバスケットを見た途端、ニヤリと口元を歪めた。


「あら、ごめんなさい」

「あっ……」


 バスケットが、白い手によって叩かれた。

 変な音を立ててバスケットの中身が地面にぶち撒けられる。

 食料、薬草ときっちり分けていたが、ごっちゃ混ぜになってしまった。


「失礼、手が滑ってしまいましたわ」


 クスクスと意地悪く笑うエリン。

 アメリアは心の中だけでため息をついた。


 バスケットに雑草を戻そうと、跪く。

 その瞬間、視界の上から白い脚が振り下ろされグシャッと音を立てた。


「失礼失礼、足も滑ってしまいましたわ」


 清潔な白いソックスとストラップシューズに包まれた肉付きの良い脚が、長い時間かけて採取した雑草(わたしのごはん)を踏み躙る。

 すり潰され、もう食べられたものではない。


 アメリアは唇を噛み締める。

 反抗することは簡単だ。

 だが、アメリアの置かれている立場がそれを許さない。


(いつものこと……いつものこと……)


 そう自分に言い聞かせ、アメリアは立ち上がり口を開いた。


「……要件は、なんでしょうか」


 エリンの表情が止まる。

 期待していた反応じゃなかったことが、不服らしい。


 その鬱憤を晴らすかのように、エリンは地面に転がるバスケットすら踏み潰した。


 バキッと小さくない音が響いて、アメリアは思わずみを引いた。

 手作りで大した補強もしていないバスケットは、いとも簡単に壊れてしまった。


 今度は悪びれすらなかった。


 拳を小さく震わせるアメリアを満足げに一瞥した後、エリンは吐き捨てるように言った。


「お父様がお呼びです。さっさと本邸に行ってくださいまし」

(お父様が……?)


 アメリアは嫌な予感を覚えた。

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